修学旅行三日目
修学旅行はあっという間に進んでいき、三日目を迎えた。
「へえ、そんな奴に会ったのね。」
俺は宿泊している宿の一階で、お嬢様に昨日会った男について話していた。
話していた事については少しぼかしたが、名も無き組織と関わりがある可能性がある以上、何があったかだけは話しておかねばならない。
「十分怪しいけれど……名も無き組織がわざわざ監禁なんてするわけがないし、恐らくは無関係でしょうね。」
「ま、そうですよねえ。」
ここまで足取りが全く追えないぐらいには、名も無き組織は徹底的な秘密工作を行っている。
となれば重要な情報を持っている奴を殺しこそすれど、監禁なんて遠回りな手段を取りはしないだろう。
「なら、それとは違う組織ですね。」
「そうでしょうね。一応、少し調べてみる価値はありそうってところかしら。」
不気味な男だった。
あいつはまるで、俺の事を知っているようだった。俺の全てを見透しているような風だったのだ。
だからこそ、もう一度会ってみたいのだがな。
「取り敢えずは今日のことですよ。」
「そうね。あなたも八時半には支度を済ませなさいよ。」
「俺は大丈夫ですよ。」
「あなた、寝起きはいいものね。」
今は大体七時の少し前ってところだ。俺は昼寝をすることはあっても、絶対に寝坊することはない。
俺は前世から起きたいと思ったタイミングで目覚めることができる。結構羨ましがられるから、俺の密かな自慢でもある。
「それよりアースです。あいつ寝起きが悪いですから。」
「いつも朝は不機嫌そうよね。昔からずっと変わらないわ。」
更に言うならあいつは王族だからか一人部屋だし、誰も起こさないからたまに遅刻する。それに加えて偉そうだから、本当に王族でもなけりゃいじめられていたのではないだろうか。
死ぬほど頭はいいから、路頭に迷うなんてことはないだろうけどな。
「ああ、そうそう。あなた宛てに伝言を預かっているわ。」
「伝言ですか?」
伝言とは何だろう。というかそれにわざわざお嬢様を介するのか。
少なくとも同学年のやつではない。お嬢様に話しかけるより、俺に話しかける方がハードルは低いだろう。
「ギルドマスター、ヴィリデニア卿からよ。暇なタイミングでできれば自分を訪ねてほしいらしいわ。何か話したいことがあるんじゃないかしら。」
「……俺は話したいことはありませんよ。」
偉い人と話す分には構わん。だが、強い人と話すの嫌だ。
前にも言ったかもしれないが、未だ信用できない強い人は本当に恐ろしい。だってそいつはその気になったら、すぐに俺を殺せるのだ。
拳銃を持っている人を怖がるな、という方が無理があるだろう?
「とりあえず行っておきなさい。賢神、それも冠位と話せる機会なんて滅多にないわ。」
「曾祖母と師匠が冠位なんで、別にいいです。」
「屁理屈は言うんじゃありません。」
……仕方ないか。気は進まないが、行くしかない。
俺にとって有益な話かもしれないし、ここで行かない方が印象が悪くなる。
「分かりましたよ。朝食食べたら行ってきます。」
「分かればよろしい。」
俺は朝っぱらから憂鬱な溜息を吐いた。
魔導士ギルドへと行くと、受付の人にすぐにギルドマスターの部屋へ案内された。
随分と質の良い木製の、両開きの扉が目の前にある。この先にきっとギルドマスターがいるのであろう。
俺は4回だけ木製の扉をノックし、中から声が返ってくるのを待つ。
数秒経つと、中から「どうぞ。」という声が聞こえた。
「失礼します。」
そう言った後に扉を開け、中に入った後にしっかりと扉を閉める。
前を向くと当然ではあるが、ギルドマスター、ヴィリデニア・ガトーツィアがいた。
「適当な所に腰掛けてちょうだい。別にギルドマスターとして用があるわけじゃないから、そんなにかしこまらなくてもいいわ。」
そう言われて一言断りを入れた後に、ギルドマスターが座る木製の机と椅子の反対側に腰掛ける。
相も変わらず、その紫の髪はひとつ結びで長く伸び、顔には薄いメイクがあるように見える。
男とは思えないほどの白い肌に、男としか思えないほどの強靭な肉体。服の上からでも分かるその圧は、戦士と言われても信じてしまうほどだ。
「いわゆる職権乱用ってやつよ。アタシの個人的な用事の為に、ギルドマスターの権限を利用したの。」
そう言ってニコッと笑う。その顔に悪びれる様子は一切ない。事実、この程度なら職権乱用とは呼ばないだろう。
「あなたの事はオーディンちゃん、つまりあなたのひいおばあちゃんから少しは聞いているわ。」
「……あんまり話したりはしませんがね。」
「それでも、あなたがどういう人生を送ってきたかは分かるじゃない。それに人の内面を、本人がいない場所では探らないわよ。」
このオネエ、想像より人ができているな。
いや、ギルドマスターやってるぐらいだから良いだろうとは想像できるのだけれど、なんせ本人のキャラが濃すぎる。
無意識化にまともじゃないというイメージを抱いても致し方ないというものだろう。
「だから、今、アタシは本人からあなたがどういう人間なのかを、それだけが知りたいのよ。」
「私は見た目以上の人間じゃありません。」
「そんなことを言うから余計探りたくなっちゃうじゃない。」
だが、本当にその通りだ。
俺は見た目の通り普通の人間だとも。幸福を愛し、自由を愛し、人を愛し、人を信じたくて、夢に憧れるだけのただのガキだ。
ただ、ちょっとばかし取り巻く環境が厄介なだけのな。
「あのレイさんの弟子で、オーディンちゃんの曾孫、そして稀代の大天才ラウロちゃんの息子となれば興味が湧かないわけがないわ。」
「……別に、だからといって俺が凄いとは限らないと思いますけどね。」
確かにさっき挙げた名だたる賢神たちの名前は、どれも偉大なる魔法使いとして歴史に残るだろう人物かもしれない。
しかし、いくら環境が良かったとしても俺が優秀とは限らない。
更に言ってしまえば、才能はエルディナの方がある。肩書き以外は、今はまだ、エルディナの方が上だ。
「確かにそうね。ラウロちゃんの息子で、オーディンちゃんの曾孫で、それまでならアタシも興味はなかったわ。だけど、レイさんの弟子となれば、話は別よ。」
ギルドマスターの顔に変化はない。今もまだ、笑顔のままだ。
だが、少し、ほんの少しだけ、その笑顔に底知れぬ重みと緊迫感を感じた。
「あなたはレイさんをあまりにも舐めすぎているわ。あの人が弟子を取るという事が、どれだけ異常な出来事なのか理解していない。」
俺は言葉を返せない。ギルドマスターから笑顔は消えず、態度も姿勢も何一つ変わっていない。だというのに、俺が言葉を発せないほどの『何か』がそこにあったのだ。
「数百年前に発足した賢神魔導会。その冠位の座はたった一つを除いて、常に入れ替わり続けているわ。」
そう言って1本の指を立てる。
「だけど逆に言えば、数百年間、一つだけは冠位が変わっていない。それこそがレイさんが管理する魔導化学科よ。」
「……いえ、ちょっと待ってください。師匠だけでなく、学園長もずっといるはずでは?」
他の賢神の事はよく知らないが、確か賢神魔導会は学園長が創立した組織。であれば学園長もずっと冠位の座についていてもおかしくないはずだ。
「確かにオーディンちゃんもずっと賢神としているわ。だけど、オーディンちゃんは基本的に事務作業に従事しているからその強さは停滞しているし、むしろ劣化している。本人が長らく魔法の練習なんてしていないもの。」
「なら、師匠は?」
「あの人は、あの人だけは話が別よ。今までの数百年の歴史で生まれてきた偉大なる魔法使い達、その誰もがレイさんから第一席の座も冠位の座も、何も奪えなかった。」
魔法とは修練と研究の積み重ねだ。魔法使いは肉体の劣化と反比例するように、年老いるたびに強さを増す。
そして師匠の言葉が正しければ邪神戦争が起きた数百年前から生きている。
もし、その間も常に魔法が進化し続けていたとするなら。その力を蓄え続けてきたとするならば。
「『術式王』ハデス、『冥王』ファズア、『天覇』ラウロ。誰もがレイさんに挑み、そして傷一つさえもつけれずに敗北した。現れることさえ稀だから有名ではないけれど、あの人の強さは賢神十冠でさえも別格。」
ゾワリ、と全身の毛が逆立つ。
確かに舐めていたかもしれない。いくら強いとはいえ、常識の範囲であると無意識化に考えていたのかもしれない。
言われてみれば、俺は師匠がまともに戦っているのを見たことがない。
「世界最強にして歴代最強。並ぶとしたら十大英雄の一人である『魔術王』しかいない。そんな人が弟子を作るなんて、気にならずにはいられないでしょう?」
いつか言っていた。あれっきり、一度も話題にすらしていなかったが。
邪神と人類が存続を賭けて戦った邪神戦争、その戦争で活躍した七星と呼ばれる英雄達。その隠された八人目こそが自分であると、師匠は言っていた。
そこまでの圧倒的な強さは、七星の一人であったからだろうか。
「……私は、どうやら最悪な運命の中にいるらしいです。師匠曰く、ですが。」
その師匠の弟子に、俺が何故選ばれたのか。
俺は師匠じゃないから、深い理由はわからない。だけど、見当がつかないわけじゃないのだ。
「私自身は、別に大して特別じゃない。だけどいつか、想像を絶する程の運命の奔流が私を襲うそうです。」
「それが?数奇な運命を辿った人間なら腐るほど見てきたわ。」
「なら、その何倍もの運命を私は辿るのかもしれません。私には想像できませんが。」
色んな事があった。色んな嬉しい事があって、色んな悲しい事があって、色んな風に成長して、そして今、俺はここで生きている。
だが、俺もなんとなく感じるのだ。
いつか、俺の全てを壊すような、全てを失うような時がいつか来るのだと。
「師匠が私を選んだのは、恐らくですが、それが理由ですよ。」
その為に、俺は強くならねばならない。
エルディナを越えるのも、親父を越えるのも、結局は通過点に過ぎないのだ。
「……なんか、釈然としないわねえ。まあ仕方のない事だけど。やっぱりレイさんに直接聞くしかないのかしら。」
「それが確実だとは、私も思いますよ。」
「そうね、ありがと。もう戻っていいわよ。」
そう言われて部屋から出ようと思ったが、それより先に、聞かなくてはならない事があったのを思い出した。
俺は椅子から立ち上がり、ギルドマスターをよく見る。
「すみません、私も一つ聞きたい事があります。」
「あら、そうなの?いいわよ。何でも聞いてちょうだい。時間取らせたんだから、それぐらいはしなくちゃダメよね。」
「親父は、ラウロ・ウァクラートはどんな人でしたか?」
これだけは聞かないといけない。
一度も会ったことのない、永遠に会うことのないだろう人。だが、その人が他ならぬ父親であるのなら、知りたい、いや知らなければならないのだ。
「ラウロちゃんの事ねえ……アタシはあんまり関わりがない方だったから、あんまり詳しくないけれど、それでも聞く?」
「聞かせてください。」
この人は間違いなく親父と同時期に賢神十冠であったはずだ。
今までとは別の視点から何か聞けるのではないかと、俺自身もそう期待してしまう。
「ラウロちゃんはいつも人の中心にいたわ。ファズアちゃん、アルドールちゃん、デメテルちゃん、オーディンちゃん、それにラウロちゃんの師匠であるハデスおじいちゃんもね。席次こそ三席だったけど、第一席は滅多に来ないし、第二席も無干渉気味だったから、実質ラウロちゃんが賢神魔道会のリーダーだったわ。」
「それで、親父の事をどう思ってたんですか。」
「簡単に言うなら可愛い後輩よ。ラウロちゃんの世代は優秀な子が多くて、最初に来たときは全員倒して鼻柱を折ってやったわ。自信過剰な子はあんまり好きじゃないもの。」
最初はギルドマスターの方が強かったのか。いや、そりゃ親父だって最初から強いわけじゃなかっただろうけど、そんな時代があったなんて少し驚きだ。
「本当に優秀な魔法使いだったわ。あと数年生きていれば第二席、もう数十年生きていればもしかしたらレイさんにも並びうるほどの逸材だった。本当に、死ぬには惜しかった子よ。」
概ね、想像できていた内容だ。そんな風なことを言うのだろうと、想像できていた。
だからこそ、疑念が確信に変わっていく。
「……ありがとうございました、失礼します。」
親父の死には、普通じゃない何かがあった。そう考えた方が、自然だろう。
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