修学旅行二日目
あっという間に時は流れ、二日目がやってきた。
二日目は自由活動であり、人によっては宿に籠って何もしないという人もいるぐらいだ。
そんな中で俺は何をしているか、と聞かれるならば、まあお察しの通りだ。
「おいアルス、こっちに来てみろ。すげーぜ、これ。」
「ほんとだ、何これ。こんなんが普通の店に売ってんのか。」
今いるのは魔道具屋だ。
魔道具は魔法を宿したもの全般を指す言葉であり、武器から日用品まで幅広く存在する。
そんな中でもここはどちらかというと、危険性の低いものが売ってる普通の魔道具屋なわけだ。
「本当に、二人ともそういうの好きだよね。」
「魔法はできねーけど、魔道具は使えるからな。好きならないはずがねえ。」
「それに、普通に楽しいだろ。」
俺とアース、ガレウの三人で魔道具を漁っている。ガレウは基本、見ているだけだが。
「……あ、すまん。」
「ん、何がだ?」
「財布さっき昼飯食べた店に忘れたっぽい。」
「おいおい、盗まれても知らねーぜ。」
「いや、銀貨数枚ぐらいしか入ってないから最悪盗まれてもいいけど、一応取ってくる。」
俺はそう言って魔道具を漁るのを止め、店の外の方へと出ていく。
「じゃあ、戻ってくるまでこの店で待ってるよ。」
「ああ、すまんなガレウ。」
やや小走りで、街の中を駆けていく。
幸いな事に昼飯を食べた場所はそう遠くはない。遅くとも十分と少しで戻れるだろう。
「……こっちの方が近いか?」
そこでふと、建物と建物の間、いわゆる路地裏が目に止まる。恐らくここを通れば近道になるだろう。
別にこの国は大して治安も悪くはない。それに、驕っているわけじゃないが、俺も弱くはない。
直ぐに決心を決めて、俺は路地裏を駆けて行った。勿論の事だが、魔法でなんとなくの構造を理解しながらだが。
「その調子だったら数分で戻れるか。」
ポツリとそう呟き、より足を早める。少し闘気を体に纏っているので、かなり速いスピードだ。
しかし、どうやら人もいなさそうだし、事故の危険性も低いだろう。
少し走った辺りで、違和感に気がつく。
静か過ぎる。確かに路地裏には普通、人がいないものだ。しかし表通りの声や、人の話し声すらも全く聞こえないとなると話が異なる。
まるで何者かが、ここに人を寄せ付けていないような。
「動くな。」
その一言と同時に首元へナイフが押し付けられる。
闘気を込めているのである程度は大丈夫だろうが、相手が熟練の戦士であるならばそんなの関係あるまい。
即座に魔法を練り、逃げる準備だけする。
「新手か?いつからだ?名前は何だ?能力は?」
「……話が読めない。説明をしろ。」
「恍けるなよ、俺を追って来たんだろ。」
「何で見ず知らずの人間を俺が追う必要がある。」
ナイフが押し当てられているのは後ろから。顔や服装などは分からない。
闘気や魔力の類は一切感じないが、完全に隠していると考えた方が妥当だろう。
「いいから、言え。」
「名前はアルス・ウァクラート、ただの魔法使いだよ。」
そして埒が明かなそうだから、俺の体を蔦にして拘束を逃れる。そして蔦は相手の右足を縛り、瞬く間に逆さ吊りにした。
「んで、一体何なんだ? 説明してくれ。」
「……本当に、関係ないのか。」
相手はボロボロなローブを一枚だけ着ており、深くフードを被っていて顔は見えない。
だけど、声からして恐らくは男だろう。
声色からして心底驚いたようで、更に言うなら安心したようだ。
「ごめん、見間違えた。俺を殺そうとしてる奴かと思った。」
男の手からナイフが落ちる。
「どういう状況だよ。」
「いや、別に悪い事はしてない。監禁されてたから逃げただけさ。」
「……助けは必要か?」
「いいや、いらない。俺なんかの為に追手を出す組織じゃないから。だから君を見て焦っちゃった。」
追手を出さないだろうに、俺を見て追手だと思ったのか。
という事は俺が監禁してた連中の仲間だと思う理由があるはずだろう。
「何で俺が追手だと思った。」
「……ああ、うん。そんな馬鹿みたいな魔力なら警戒してしかるべきだろう?」
む、魔力が少し漏れていたのか。それはよくないな。鍛錬不足だ。
「そうか。なら、もう気になる事はねえよ。」
蔦を操り、衝撃を与えないようにゆっくりと男を着地させる。
男は疲れているようで、適当な壁にもたれかかってそのまま立ち上がらない。
「じゃ、俺急いでるから。気をつけろよ。」
「ごめん、待ってくれ。」
直ぐにこの場を去ろうとしたが、男に呼び止められる。
「確か、アルス・ウァクラートと言ったよね。」
「ああ。」
「一つ、質問があるんだ。」
別に質問を断る理由もなく、男の方へ向き直った。
表情は見えない。だが、どこか緊迫した空気が伝わってくる。
「何故、そこまで優しくあれるんだ?」
「おいおい、騎士に突き出さなかっただけで善人扱いかよ。二流小説だけにしとけ、んなもん。」
「いや、違うさ。君は今まで、相当に苦難な人生を送ってきたはずだ。」
そう言われて少し身構える。
何を見て、そう思ったんだ。根拠のない勘にしては、あまりにも確信が籠もった言い方だ。
こいつは俺の、何を知っている。
「……占いかなんかか?」
「いや……まあ、それに近しいかな。それよりも答えてくれ、君は何で、自分の不幸を前に、そんなに優しくあれるんだ?」
気になる。気にならないわけがない。俺ですら知らない自分自身について、こいつは何か知っているのかもしれないのだ。
だからこそ、俺はこいつの質問について答えねばならない。
「俺はさあ、生まれながらに親もいないし、こうやって監禁もされる不幸な人生をおくってきた。」
それは自嘲気味なようで、答えを欲しがる子供のような声でもあった。
フードを深くかぶっており、相変わらず顔は見えない。だけどその目が、間違いなく、俺を見ているのが分かった。
「俺は、世界が嫌いだ。人が嫌いだ。人が幸せそうにしているのが嫌いだ。だけど君はそうじゃない。人の醜さを知っても、そうやって人の為にどこまでも甘くあれる。」
言っている事は、大きくは外れていないから口出しはしない。
俺という人間には、そう見えてしまう側面があるのは間違いない事実だ。
「俺と君の、何が違うんだ?」
「……そういう話か。」
くだらない上に、見知らない他人がズカズカと踏み込んでくるものだ。
ああいや、俺も前に似たような事をしたことがあるな。俺も似たようなものか。
「そんな深い理由なんてねえよ。俺が俺であるから、俺がそうありたいと願ったからこうなっただけだ。それに、お前が思うほど俺はいい奴じゃねえ。」
それに普通の事であろう。
人の不幸を自分のように悲しみ、人の幸福を自分のことのように喜ぶ。誰かしらにそう言われて人は育つものだ。
「質問には答えたな。それなら俺も聞きたい事がある。」
「……そうか、はは、そういう事か。」
「おい、聞いてんのか?」
そこでやっと男は立ち上がり、そしてフードを取る。
紫色の髪が最初に目に入るが、次に目の色が左右で違う事に気がつく。右目は紫で、左目は緑色だった。
「ありがとう。なら、俺も、俺らしく、どこまでも自分らしく生きてみるさ。俺の名に恥じないように。」
「おい、ちょっと待て。話はまだ――」
「またね。いつか、君の前にまた現れてみせるよ。」
そう言って表通りへと男は駆けて行った。
「待て!」
俺も直ぐに追いかけるが、通りに出た頃には既に視界の中に男はおらず、ついぞ見つける事は叶わなかった。
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