修学旅行一日目②

 魔法検定というものは、名前の通り魔法の能力を測る、地球で言う英検のようなものだ。

 魔法検定は金さえ払えばどこの魔導士ギルドでも受けれる。検定項目は六項目で、実戦能力や魔法言語などの術式は見ず、純粋な魔法の能力だけを見る検定だ。

 ここで出た結果が、その魔法使いの地力として扱われる事が多い。


「ふふーん。私の完全勝利ね。」

「まだ魔力量はやってねえだろうが……!」


 俺とエルディナは学年の中でもずば抜けている。

 しかし俺とエルディナの能力は同等ではない。僅差どころか、大差がついている。

 それにエルディナの祝福眼を加えれば尚更だ。


「それに、展開速度と魔法緻密性は同じだ。完全敗北はしてねえよ。」

「互角だったら私の勝ちよ。」

「その理不尽ルールやめろバカ。」


 俺達は五項目を終え、残すは一項目だけになった。

 魔力制御、展開速度、同時展開数、魔法想像力、魔法緻密性をやったから、後は魔力量だけだ。

 評価は上から順にA、B、C、D、Eという風に区分される。


 俺は展開速度だけがAでそれ以外がB、エルディナは魔法緻密性だけがBでそれ以外はA。

 Aって一流魔法使いが叩き出す数値だからな。4項目Aとか、学園にいていい人間じゃねえよ。


「僕からしたら二人共凄いと思うけどね。僕なんか全部Cだし。」

「Cもあれば十分だろ。それこそアースなんてCは一つもないだろうし。」


 下手したら全部Eまである。

 成長していないわけではないが、なんせ魔力量が少な過ぎるし、センスが絶望的にない。

 あいつの場合、他に才能があるからそれでいいんだろうけどな。


「それよりエルディナ、次の魔力量は絶対に俺が勝つからな。」

「やれるものならやってみなさい。私だって魔力量には自信があるわ。」


 俺の数少ない誇れる点は魔力量だ。

 産まれた時から普通の人より多かったが、今はもっと多い。下手な賢神よりかは多いだろうし、これに関してはエルディナに勝っている自信がある。


 俺たちは魔力量の項目の所に並ぶ。

 そこそこの人が並んではいるが、回転効率が高いからか、直ぐに進んでいき俺達の番へと回ってくる。

 そういや、魔力量ってどうやって計るんだろ。


「じゃあ、僕は先に行ってくるよ。」

「なら私が二番目ね。」

「頑張って来いよ。まあ、頑張るも何もないとは思うけど。」


 ガレウが職員に検定の用紙を差し出し、目の前の水晶に手を翳すように指示された。

 ガレウがその水晶へと軽く魔力を込めると、水晶は瞬く間に緑色に染まっていった。水晶に現れる色によって魔力量を判断しているらしい。

 どういう構造の魔道具なんだろうか。


「ああ……うん。エルディナ、頑張ってね。」


 返された用紙を見たガレウの表情からなんとなく結果を察する。あの明らかに微妙そうな顔は、間違いなくCであったからであろう。

 それに入れ替わるようにしてエルディナは前に出た。紙を出して、再び指示されて水晶へ魔力を込め始めた。


「……青?」

「素晴らしいですね。Bランクです。」

「Aじゃなくて?」

「Bです。」


 そう言われてエルディナは紙を返される。

 エルディナは一度俺の顔を見て、そして一瞬不満気な顔をして、この場を離れていった。

 エルディナがBってことは、俺がAで勝ちのはずだ。


「すみません、Aランクって何色ですか?」

「赤です。なるべく良い結果が出るといいですね。」


 そう言って営業スマイル全開で職員の女性は微笑みかける。

 俺は用紙を渡し、何も言わずに水晶へと手を翳す。結果は変わらないはずなのに、何故かちょっと緊張してしまう。

 だからこそ一度息を吸い込み、ゆっくり吐いた後、水晶へ魔力を入れる。


「え?」

「え?」


 俺と職員の人の声が重なる。緑でも青でも、赤ですらない。水晶は黄金に光り輝いていた。

 職員でさえも想定外の出来事だったようで、急いで手元の紙を捲りながら、何度も紙と水晶を見返した。


「大丈夫よ、壊れてないわ。」

「ギ、ギルドマスター!?」


 突然、音も魔力もなく、ギルドマスターであるヴィリデニアが現れた。

 そして水晶を触り光を消した後、用紙を取って何かを書き込んで俺に渡した。


「アルスちゃん、これでいいわよ。ちょっとこの水晶じゃ、あなたの魔力量は計れなかっただけだから。気にする事はないわ。」


 目の前に現れるとより威圧感が増す。

 魔法使いだとは思えないほどの鍛え抜かれた体、そして2メートルにも迫る背丈に何とも言えないオーラ。

 学園長とは違う意味で不気味だ。


「ほら、戻っていいわよ。友達が待っているんでしょう?」

「あ、はい。すみません、ありがとうございます。」


 俺はそう言ってガレウとエルディナの方へと戻っていく。


「何があったんだい?急にギルドマスターか現れたように見えたけど……」

「そんなのどうでもいいわ!それより結果よ!」


 ガレウを押しのけ、エルディナは記録が書かれた紙を俺の前に突き出した。

 魔力量の所にはしっかりとBと書かれていた。そこで初めて俺も自分の紙を見る。


「……いや、ちょっと待て。」

「あら、見せたくないのかしら?」

「違う。」

「言い訳無用、さっさと見せなさい。」


 そう言って俺の手から紙を勢い良く奪い取る。


「……ねえ、Sランクってなに?」

「それが分からねえから困ってんだろうが。」


 その紙には間違いなくS、とだけ書いていた。

 ギルドマスターの口ぶりからして、悪い結果ではないはずだが。


「ホントだ、Sって書いてあるね。」

「SってAより上なの? 下なの?」

「多分上だろ。」


 そう言うとエルディナの顔は途端に嫌そうになる。

 エルディナはとことん負けず嫌いだ。才能があるが故に、負ける事が滅多にないからであろう。

 特に魔法についての拘りは強い。


「そんなよく分からないからランクで負けたって言われても、認められないわ。」

「殆ど勝ってるんだから、別にこれだけ負けてもいいだろ。」

「いーやーだ! 私は負けるのが大ッ嫌いなの!」

「俺だって負けるのは嫌だ! お前が負けを認めろ!」

「まあまあ、落ち着いて……」


 流石にここばかりは譲れん。完全敗北だけは認めてやるものか。


「何やってるの、あなた達。」

「あ、ラーナ。」


 ギャーギャーと騒いでいると、それが目立っていたのかお嬢様がやって来た。当然の如く、その隣にはティルーナがいる。


「ねえ聞いてよラーナ、アルスが負けを認めないの。」

「暴論を吐くな! お前が負けを認めねえんだろうが!」


 俺とエルディナは睨み合い、それを見てお嬢様はエルディナの首根っこを掴み、引きずり始める。

 エルディナも抵抗するが、その抵抗も虚しく、引きずられていくままだ。


「アルス、あなたは物分りが良いと思うのだけれど?」


 冷徹なその眼差しと、底冷えするような声が俺の闘志を奪う。

 お嬢様は名誉だとかそう言うのを重視する人間だ。ここで騒げばお嬢様の面子を潰すことになる。

 ここで未だに口喧嘩を続けるほど、俺は愚かではない。


「……はい。」

「分かればよろしい。行くわよ。」

「はーなーしーて!」

「あなたはもっと貴族としての自覚を持ちなさい。」


 そうやって、魔法検定は意外な終わり方を迎えた。

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