修学旅行一日目①
国立第二グレゼリオン学園には、三年次に二泊三日の修学旅行を行う。
武術部門はホルト皇国で、魔導部門はロギア民主国家と行く場所は異なる。しかしどちらも目標は同じであり、最先端を知ることにより、更なる向上心の増加というのが名目だ。
名目、と最後につけたのは、誰もそうとは思っていないのだ。要は建前ってわけで。
実際は、日々の授業や試験で心をすり減らしている学生のリフレッシュとして扱われている。三年生まで頑張った学生へのご褒美って感じだな。
「ここが、魔導の国か。」
俺はロギアの街並みを見てそう言った。
今いるのが魔導士ギルドの本部で、どちらかというと高地なので割と街が見える。その見える風景はここが首都であることを踏まえても、凄いという言葉が一番最初に出てくる。
学園があったファルクラム領は正に異世界という感じだったが、こっちはファンタジーという言葉がピッタリな都市だ。
高度な魔道具が街の至る所にあるのもそうだが、何より一番目につくのは塔だ。
街の中央にある真っ白な塔。天に突き刺さるようなほどの圧倒的な高さであり、どこか構造も歪だ。これがダンジョンではなく、人工的な建物というのだから驚きだ。
そしてもう一つ、俺達日本人には馴染み深いものがある。
「凄いよアルス!あれが魔導列車だって!」
ガレウがそう言って指を指す先には、線路の上を走る列車があった。見た目こそ現代の電車には数段劣るが、性能は蒸気機関に勝るとも劣らないぐらいにはある。
これが魔導技術の最先端、魔力だけで駆動する列車。ロギアだけに存在する最高レベルの魔道具だ。
「やっぱり、世界最高峰の魔道都市はレベルが違うな。」
「そうだね!流石にここまで凄いとは思ってなかったよ!」
興奮気味の口調でガレウはそう言う。
俺も興奮自体はしているが、ガレウほど表面上には出ない。子供の時は誰だってガレウみたいに喜ぶと思うのだが、俺とかは喜び方が変わってきた。
声量ではなく口数が増えて、にやけが止まらなくなる。多分俺みたいな人は多いと思う。
「はいはーい!第二学園のみんな、街が気になるのは分かるけど、一度アタシの話を聞いてくれるかしら!」
皆が初めて見る街に驚き、釘付けになっていた時に、そんな少し高い声が響く。
ここは魔導士ギルドの敷地内にある、魔法の訓練場のような屋外施設である。そこの百人以上の生徒が集まっており、その視線は一か所に集まっていく。
ギルドがある方向に、少し大きめな台に乗った男がいた。紫色の髪は一つ結びで長く伸び、顔のメイクは整っているはずの顔への印象を大きく変えさせた。
「あらやだ、みんな急に静かになっちゃった。」
つまりはオネエである。
髭などは一切なく、清潔感があるためか不快感はないが、その代わりに俺の中へ深い異物感が潜り込む。
誰だあいつは、何だアレは、俺がおかしいのか。思考が駆け巡るだけで完結しない。
「そりゃあ、お主に初めて会って驚かんやつはおらんじゃろ。」
「それはオーディンちゃんも当てはまると思うわよ、アタシ。」
「わしは威厳があるからいいのじゃ。それに、ちゃん付けをするな。年上じゃぞ、わしは。」
「私って誰にも屈しないの。よく知ってるでしょ?」
よくよく見てみれば隣には台に座る学園長がいた。
のじゃロリとオネエってどんな組み合わせだそれは。今、異世界に来て一番意味が分からんぞ。
「……ほれ、自己紹介せい。困っとるじゃろ。」
「あら、確かにそうね。ならちゃちゃっと自己紹介は済ませちゃうわ。」
唖然とした生徒達の前で、わざとらしく咳払いをし、そして俺達全員を見渡す。
そして、口を開いた。
「初めまして、国立第二グレぜリオン学園の生徒達。アタシはここ、魔導士ギルドの管理を務めてる人。要はギルドマスターってやつね。」
あれが、全魔導士が所属する魔導士ギルドの最高責任者、ギルドマスター。
流石に予想外が過ぎる。誰かギルドマスターなんていう大役をあんなのがやってるなんて思うんだ。
やっぱり優秀な魔法使いって頭がおかしいんだろうか。
「そして魔導の頂点、賢神十冠が一人。
ギルドマスターなんていう大役を、一介の魔法使いがこなせるわけがない。
ならばその座に相応しいのは、賢神十冠の他にはいない。
「ヴィリデニア・ガトーツィアって言うわ、今日はよろしく頼むわね。」
そう言ってにこやかに笑うが、正直に言って誰も動けないし、誰も何も言葉を発せなかった。
その様子を見て、学園長はため息を吐いて立ち上がる。
「ま、事前に言った通りじゃが、一日目は全員同じ事をやる。」
二泊三日の修学旅行だが、一日目と三日目は活動が決まっている。
まあ地球でも大半はやる事が決まってるし、それが普通だ。問題は内容、つまり何をやるかであろう。
「とどのつまり、魔法検定じゃな。魔導士ギルドならどこでも実施はできるが、やはり本部の方が精度が良い。一度自分の実力を正確に把握するためにも、真剣に取り組んでおくのじゃな。」
そう言って学園長は台から下りて、魔導士ギルドの方へと戻っていった。
「それじゃあオーディンちゃんの言った通り、魔法検定を始めるわよ。魔法検定は6つの項目に分けて行うんだけど、今回は時間短縮のために同時並行で行うわ。」
その声は何故か距離がかなり離れているのに耳にすんなり入ってくる。
恐らくは風属性で耳まで音を届かせているのだろう。
「それぞれ場所を分けるから、行きたいところに行ってちょうだい。6つ終わったら魔導士ギルドへ戻って、誰でもいいから職員に報告してくれればいいわ。宿へ案内するから。」
周りを見れば、ちょうど職員が色々な設備を整えている所だった。
「それじゃあもう始めていいわよ。気になることがあればアタシの所へ来てくれればいいわ。」
そう言うと彼?は台に座った。
もうそれぞれ好きな検定項目へ向かっていいのだろうが、全体的に行動しているのはごく僅かだ。
だがこの場合の僅かというのは、例外なく普通の人間でないのは確かであり、そして普通の人間でなければ、俺の友人にいないはずがないのだ。
なんせ、俺の周りには普通じゃない人が集まる。
「アルス、一緒に行きましょう!」
後ろから底抜けに明るい声と共に、腕が引っ張られる。
二年前にはそのまま引きずられるぐらいは筋力に差があったが、今の俺であればむしろ全く動かない。
「いきなり腕を引っ張るな。」
「あうっ!」
俺は引っ張られた腕の逆で、エルディナの額へデコピンを打つ。
痛そうに額を抑えて座り込むが、生憎ながらこいつに同情の余地はない。何百回このやりとりをやったか、覚えられないぐらいにはあったからな。
ガレウが心配そうに駆けよるが、それも気にせずに俺は口を開く。
「おいエルディナ、もうやるなって言っただろうが。コミュニケーションの取り方がそれしかないのか?」
「うう……だって、こうしないとアルス逃げるじゃない。」
「思い込みだ。そういう言葉は一度でもまともな誘い方をした後に言え。」
エルディナは良くも悪くも世間知らずだ。
人間関係を構築する上での常識が欠如している。人が話している間に急に違う話題を出してくるぐらい空気が読めないのだ。
「それに、女の子同士お嬢様と回ればいいだろ。」
「ラーナはね、嫌がるアースを連れて行ったの。」
「……そうか。」
確かにアースは嫌がっていた。
どうせ碌な答えが帰っていないと決まってるものに行きたくない、とかでな。
それをお嬢様が連れて行ったとなれば、ティルーナも一緒だろう。
「それなら他に友達いるだろ。そいつと回れ。」
「友達はいるけど、アルスより仲は良くないから大丈夫!」
「それ絶対本人の前で言うなよ。」
こいつは天然というか、なんというか、無意識に人の心を抉るような事を言う時がある。悪気がないのは分かるのだかな。
貴族として色々大丈夫かとか気になるのだが、それは俺が考えても仕方のない事だろう。
「アルス、一緒に回ろうよ。別に断る理由もないでしょ?」
「いや、そうだけどよ……」
「なら決まりね! 行くわよ!」
そう言ってエルディナは意気揚々と先陣を切って進んでいった。
エルディナがあんなに根拠のない自信に満ち溢れているのは、やはり天才だからなのだろうか。
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