修学旅行前日

 三年生になった。

 流石に学園生活にも慣れ始め、新鮮味がなくなってきた頃であり、今が二学期の始めである事を考えると余計に作業感が増してきていた。

 だが、いくら教育機関ではいえ、ここは学園だ。イベントがないわけではない。


「アルス、修学旅行の準備は大丈夫?」


 そう、修学旅行である。

 俺とガレウは部屋の中で修学旅行の準備をしていた。だが、修学旅行といえば俺はあまり良い印象がない。

 クラス内で孤立していた俺にとって、さして仲良くない人と班行動するのは苦痛だったし、何故か物凄く惨めな気分になったのを覚えている。それと、班員が問題を起こして、ついでに怒られたのが今でもずっと覚えている。止められなかった方にも責任がある、とかでな。今考えても頭おかしいと思うけど。


 閑話休題


 そんな修学旅行に良い思い出のない俺ではあるが、今回に限っては楽しみだ。

 まず何より、あの時にはいなかった友達がいる。二つ目に行く場所が単純に行きたかった場所だからだ。


「大丈夫だ。なんせあの魔導の国に行くんだから、関係のない所で困りたくはないしな。」


 ロギア民主国家、別名魔導の国。

 世界最大の国はここ、グレゼリオン王国ではあるのだが、世界最新鋭の技術を持っているのはロギアだ。

 魔導を活かした最新設備があり、研究も活発に行われている。賢神魔導会という魔導師ギルドの最上位機関がある場所であり、名実共に魔導の国として相応しい国だ。

 ここに訪れずして魔法使いとは言えないというものだろう。


「街を見て回るだけでも面白いだろうし、絶対に良い経験になる。」

「相変わらずだね、アルスは。他のみんなはきっと息抜き程度に考えてると思うよ。」

「勿体ないだろ。折角の魔導の総本山に行くんだから、得られる知識は持って帰らねえと。」


 魔法のみで試合を行う魔導闘技場とか、数万を越える魔法書が集まる魔導図書館。それに魔導師ギルドの本部も行く価値がある。

 俺は強くなりたいのもあるが、元より魔法が大好きだ。

 最新の魔法技術に触れれるのに興奮しないわけがないし、絶対に楽しいに決まってる。


「そういうガレウはどうなんだよ。何か行きたい場所はねえのか?」

「うーん、僕はあんまりないかなあ。この学園に来たのもたまたま魔法が得意だっただけだからね。」

「それじゃあそんなに魔法は好きじゃないのか。」

「まあ、便利だとは思うけど、アルスほど興味はないよ。」


 この世界の住民は日常に慣れしたんだものだからか、そこまで魔法に関心を持たない。

 俺達が科学に興味がない人間が大多数なのと同じだ。

 人間はいつだって非日常が好きで、日常的なものを研究するとなれば、興味がある人間の方が少ないはずだ。


「僕はどっちかっていうとロギアよりかはホルト皇国がいいなあ。」

「ホルトって事は、竜の国か。確か武術の方はホルトなんだっけか?」


 修学旅行は名義上は学ぶための校外学習だ。当然の事ながら教育に関係のある場所にいくわけで、そうなると魔法と武術の部門は行く場所が異なる。

 だから俺達魔導部門は魔導の国ロギア、武術部門は竜の国ホルトとなったわけだ。


「そうそう。ホルトは竜がいる国だから、行ってみたいなあって。」

「俺は怖いから逆に行きたくないな。ドラゴンには良い思い出がない。」


 思い出すのは二年前のダンジョンの一件だ。

 俺はあれで死にかけたのだ。ドラゴンとかそういう相手には苦手意識がどうしてもあるのだ。


「だけどほら、魔物の竜と種族的な竜は違うだろう?」

「ん? ドラゴンはドラゴンだろ。」

「え?」

「え?」


 なんだろう致命的な齟齬が俺とガレウの中で生じている気がする。


「……ああ、えーと。それを話したのが僕でよかったけど、普通に差別発言だよ。」

「マジでぇ?」


 最近は割と常識力もついてきたと思っていただけあって、なんかちょっとショックだ。


「そもそも魔物っていうのは体内に魔石を持つ生物の事を指して、魔石を持っている竜は魔物の竜なんだよ。逆に魔石を持っていない竜は、竜族っていう確立された別の種族なんだ。」

「そうだったのか……」

「魔物って神代の頃には他の種族の特徴を模倣する力があったらしくて、その名残で竜もいるらしいね。」


 確かにこれは差別発言だ。

 言い方からして竜族には知性があるのだろうし、魔物と一緒にされたら怒るに決まっている。

 差別っていうのは、いざその時になって知らなかったじゃ許されないからな。


「……今度から気をつけるよ。ありがとな、ガレウ。」

「いやいや、別に感謝される事じゃない……いや感謝される事かもしれないね。竜族にそれを言ったら殴り殺されるって聞いたし。」

「マジで危ねえな!?」


 もしかしたらそれで死ぬ可能性もあったのかよ。

 今度から特にタブーな言葉を中心に調べよう。何を言ったりやったら駄目かが分かれば、殺される事はないはずだ。

 将来、色んな国や街を回る上で、そういう常識は必要不可欠だ。


「アルスならそう簡単に殺されはしないだろうけどね。」

「いや、そうかもしれないけどよ……」


 問題はそこではないだろう。

 実際、竜族がどれくらい強いかは知らないがな。


「んじゃ、そろそろ寝ようぜ。修学旅行は明日だからな。」


 もう既に日が沈んでかなり経つ。修学旅行もあるとなればそろそろ寝た方がいい。


「……ああ、そうだガレウ。一つ聞きたい事があったんだ。」


 部屋の明かりを消し、ベッドに入ろうとする前に、そう聞いた。

 ずっと前から聞きたかったのだが、聞く機会がないし、さして重要な事でもなかったから先延ばしにしていた。

 丁度頭によぎったし、忘れないうちに聞いておきたい。


「学園を出たら、ガレウは何がしたいんだ?」


 本当にどうでもいい事だ。単純に気になるだけのこと。

 お嬢様なら貴族の責務を果たすため、アースなら王になるため、フランなら最強の剣士になるためと皆には学園に通う理由と目標がある。

 ガレウにも何か夢があるんじゃないかと、ふとそう思ったのだ。


「僕は……特にはないね。それを見つけるために学園に入ったみたいなものだから。」


 それは概ね予想していた答えだった。

 誰だって十数歳、中学生の頃からしっかりとした夢がある方が珍しい。


「ああ、だけど、強いて言うとするなら――」


 だが、意外にもガレウの言葉は続き、俺は耳を傾ける。


「僕は正しい人間になりたいんだよ。」

「正しい人間?」


 あまりにも想像すらしていない答えだったから、少しびっくりした。

 もっと未来や希望に満ちた答えを予想していたのだが、蓋を開けてみれば、どこまでも人間らしい答えであった。


「僕は、僕の正しいを信じてるんだよ。だからこそ僕が正しい人間に近付けば、きっと自分でも満足できる。」

「あんまりガレウっぽくはないな。」

「はは、確かにそうだろうね。自分でもそう思うよ。だけど、誰だってそうだろ? 自分が正しいと思いたいのはね。」


 意外な答えではあったが、特段気にするようなものでもない。

 今日はもう寝なくてはならないし、俺はベッドに寝転がって瞼を閉じる。


「そうだな。ありがとよ、おやすみ。」

「ああ、おやすみ。」


 今日も一日が終わる。

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