年が明けて

 人は時に追われている。それは人間の生が有限であるからだ。

 終わりがあるからこそ、それまでの間にやりたい事を終わらせる必要があるし、みんなが時間を気にして生きる。


 子供の頃はみな、明日に憧れていたはずだ。明日には何かあるのだろう、成長したら何ができるのだろう。そんな夢を見て眠れたはずだ。

 いつからであろうか。

 明日にやらなくてはならない事を考え、明日の恐ろしい事だけが思い浮かび、明日が怖くなっていった。


 この事を語っているのだから、俺もその一人なわけで、時間に追われ続けて生きている。


「……さむ。」


 俺は少し体を震わせながら、図書館で一人本を読む。

 いつもならアースと一緒にいる事が多いのだが、流石に王族は年末年始は王城へ戻らなくてはならない。

 他のみんなも同じ感じだ。ティルーナにお嬢様、エルディナは言わずもがな、ガレウも故郷に戻って、フランは剣の師匠の所へ行った。

 とどのつまり、俺は一人なわけだ。


「そりゃそうだよなあ……俺は帰るとこなんてねえし。」


 みんなは育ってきた家と、家族がいる。

 フランも生まれた時にもう親はいなかったらしいが、師匠が親代わりと言っていた。

 俺にもベルセルクはいるが、とてもじゃないが冬休みで往復できる距離じゃない。学園長や師匠も、賢神魔導会という所で会議があるらしくていない。

 だからこうやって、一人魔法の練習をするしかないのだ。


「もう、大晦日だよな。」


 今日はちょうど十二月三十一日。いつもは騒がしい往来も今日ばかりは静かに新年を待っている。

 この手のイベントは過去に転生者か転移者が広げたのか、日本にあったものだけが異様にある。クリスマスやらハロウィンやら、明らかに日本人が文化を植え付けているとしか思えない。

 俺としては馴染みやすいからいいんだが、外国人が来たらきっと混乱するだろう。


「ベルセルクは元気にやってんのかな。まあ、心配されんのは俺の方だろうけど。」


 いくらシルード大陸とはいえ、俺ほど何度も臨死体験はしていないだろう。

 ベルセルクの村は辺り一帯でも強い村だ。よほどの事がない限り苦戦もしないし、挑んでくる奴もいない。


「……親がいねえのは、前世からのはずなんだけどな。」


 誰もいないと思っているからか、目の端から一滴の涙が零れ落ち、本に落ちる前に右手で拭う。

 親がいないのは前世からだ。山で俺を拾った育ての親はいたが、ほとんど会話なんかしてなかったし、感謝はしていたけれども家族ではなかった。

 そんな環境で四十年は過ごしたし、その環境を嫌だとも思っていなかった。


 だけど今の俺は、家族がいない今がたまらなく嫌だ。

 一度でも母親の温かみを知れば、それが欲しくなる。そしてもういないのだと思うと、途端にどこまでも悲しくなる。

 得てから初めてその大切さを知り、失ってよりその大切さを知る。

 人間とは厄介な生き物だ。


「ああ、クソ。随分と精神が幼くなったもんだな。」


 やはり体に引っ張られて精神が弱くなっている。いや、お母さんの死が俺をそうさせたのだろうか。

 よく泣くし、冷静さを欠くし、どうも落ち着いていられない。


「終わった事はどうしようもねえんだから、次の事を考えないと。」


 俺は自分に言い聞かせるようにしてそう言った。

 きっとお母さんだって前に進むことを望んでいるだろう。

 エルディナに勝つためには一瞬一秒すらも無駄にできない。


 俺はページをめくる。

 この数ヶ月で師匠の訓練とアルドール先生の指導も相まって、俺の魔法は進化を続けている。

 特別な何かができるようになったわけじゃない。

 より早く、より強く、より効率的に、より美しい魔法を形作っているのだ。これが強くなっていないはずがない。


「……そういや、そろそろ年明けか?」


 俺は何となくそう思って図書館にかかる時計を見てみる。

 ちょうど時計は日付が変わる少し前を指しており、俺は本を畳む。流石に新年を寝ながら迎えるのは嫌だな、と思って今日は長めに図書館で勉強していたのだ。

 流石に年越し蕎麦の文化はこの国にはないから、手には何も持たず、図書館から校庭の方へと出た。


「外の方が一段と寒いな。」


 せめてもの思いで風を魔法で操って、風が届かないようにする。

 ふと空を眺めると、そこには満天の星空が広がっていた。相変わらず空は綺麗だ。お母さんが死んだ日も、友と笑い合う日も、命を懸けて戦った日も、変わらず空は綺麗だ。

 世界はどんな時でも、誰にとってもその美しさを変える事はなく、常に照り輝いている。

 こういうものを見るときだけ、俺達人間は時間に追われる生活から、一瞬だけでも逃れられるのではないだろうか。


「みんなも、もしかしたらお母さんも、この星空を見ているんだろうか。」


 もしそうなのであれば、場所は遠くても俺は一人じゃない。

 仲間がこの空の続く先で、俺と同じように夢を懐き、前に進み続ける限り、俺は一人になれない。

 だから俺は、自信を持って一歩を踏み出せる。


「見ててくれよ、お母さん。絶対にお母さんの誇りになってみせるから。」


 俺は星空の下で、そんな誓いを立てた。

 一年は終わりを迎え、再び新しい一年が始まる。きっとそれは、俺にとって代え難い一年になるはずだ。

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