一年生の二学期

「何であなたは目を離すと死にたがるの?」

「いえ、望んでそうなったわけじゃあ……」


 俺は用事を終えて帰ってきたお嬢様に問い詰められている。

 新学期が始まって初日の出来事であり、割と想像できていた事だ。今回に関しては俺は悪くないと思いながらも、怖くて意図的に会わないようにしていたのだが、流石に学園に来ないわけにはいかない。

 明らかに不機嫌そうなお嬢様の顔を正座をしながら伺いみる。


「私だって新学期早々、それも教室でこんなことをしたかったわけじゃありません。だけど明らかにあなたが私を避けていたのだから、こういう事をしているのよ。」

「いやあ、まあ、報告が遅れたのはすみませんけど、俺にも事情があってですね。」

「問答無用。如何にあなたに大層な大義名分があろうとも、仮にも私の騎士が私を避けるだけでなくみっともない言い訳をするなどありえないわ。」


 百パーセント正論だ。子供だから許されるという甘い考えが裏目に出たか。

 俺は無意識に教室にいる二人の友人に目を向ける。

 金髪の王子は意地汚く、ニヤニヤとこちらを馬鹿にする表情を浮かべるだけで助けは期待できそうにない。唯一の良心は乾いた笑いをしながら首を横に振った。


「名も無き組織の幹部と遭遇してそこまで元気なのは良かったのだけど……一度礼儀を骨の髄まで叩き込む必要がありそうね。」


 その目は底が見えない深淵のようで、身体中が鳥肌が立つ。

 実力においては間違いなく俺の方が強いにも関わらず、俺の体が警笛を発している。

 しかしガレウとアースは助けてくれない。万事休すとはこの事か。


「フィルラーナ様。こいつも悪気があったわけではないので、そこまで責めなくともよいのではないでしょうか。」

「あら、あなたが庇い立てするのね。」


 意外な所から助け舟が出る。

 ティルーナがお嬢様の隣から様子を伺うようにしてそう言い、お嬢様は愉快げに口角をあげる。


「庇うわけではありません! ただ、そう思っただけです。」

「……随分と仲良くなったのね。」

「仲良くはありません!」


 ティルーナは心底嫌そうにそう叫ぶ。

 俺はそんな中、何も言わずにただただ座って言葉を待っていた。気分は判決を言い渡される前の犯罪者だよ。


「ふふふ、ティルーナに免じて今回は許すわアルス。その代わり次からは直ぐに報告しなさい。」

「何で笑ってるんですか、フィルラーナ様!」


 やっと許されたようなので俺は立ち上がる。

 制服についた汚れを軽く手で払い、嬉しそうに笑っているお嬢様の近くに寄った。


「すみませんでした。今度から気を付けます。」

「分かればよろしい。それなら殿下、こっちに来なさい。」

「いつからお前は俺様より偉くなったんだ。来るならお前が来い。」


 机の上に行儀悪く座りながらアースはそう言い放った。

 しかしお嬢様はひるむことなく、その紅い目がアースを鋭く貫き、逆にアースが気おされてしまった。

 ため息を吐きながらアースもこっちに来る。


「えーと、僕はもう帰っていいかな。用事があるんだ。」

「ああごめんなさい、帰りづらかったわね。別に帰っても大丈夫よ。」

「それじゃあお言葉に甘えさせてもらうよ。また明日ね。」


 そう言ってガレウは教室を出ていった。


「それじゃあ、色々と話し合うわよ。実際に遭遇したからにはアルス、あなたにも伝えなきゃいけないから。」


 色々と話す、というのは恐らく組織についての事であろう。俺自身も気になっていた事であり、耳を傾ける。


「あなたとティルーナを襲った組織、国は『名も無き組織』と呼んでいる組織の事よ。」

「ケラケルウスを狙っていた組織ですね。」

「そうね。七大騎士については実在するか分からないから触れないけど、その組織で間違いないわ。」


 ケラケルウスは既にここを去った。他の七大騎士を探しに行ったらしい。

 ケラケルウスは一人で行ったし、会っていないのだからそれを信じる事もできまい。

 学園長が証言できるだろうが、やはり確証はないからな。


「俺様は是非会いたかったんだがな。歴史の教科書に載っているような人物なんて会いたくて会えるもんじゃねーぜ。」

「実際会ってみたら幻滅しそうな気がするわよ。歴史って美化されるものだから。」

「夢のないことを言うんじゃねーよ。」


 確かにお嬢様の言う通り、ケラケルウスは人々が想像するような英雄像とは違うだろう。人によっては幻滅してもおかしくはない。

 少なくとも俺にとっては人間らしくて、より英雄らしいと思ったがな。


「話は戻すけど、その名も無き組織の幹部の一人が、アルスとティルーナが遭遇したカリティよ。」


 俺とティルーナは表情を陰らせる。

 完全に同じ感情を抱いているわけではないが、俺もティルーナも強烈な嫌悪をカリティへと感じているのは確かだ。

 しかしそれを見た上でお嬢様は会話を続ける。


「名も無き組織は幹部と総帥、そしてその直下の精鋭部隊が中枢となっている。百人にも満たない人間しか組織の根幹に関われない事を考えれば、幹部の役割は相当大きいでしょうね。」

「んで、その幹部は七つの欲望と言って、自分を欲望に擬えて呼ぶ。」


 お嬢様の言葉にアースが付け加える。

 あの時は必死だったから特に意識もしていなかったが、確かにカリティもそんな事を言っていたような気もする。

 あんな野郎が言ってた事なんて一々覚えてないがな。


「名も無き組織の幹部は現在は三人だけが確認されている。七つの、ってつくぐらいだからあと四人はいるんだろーけど、そこはまだ見つかってねーな。」

「幹部はそもそも出現するのが稀だし、見つかって生き残る事の方が珍しいからそうなるのよ。」


 この世界は個人で大局が簡単に覆る。だからこそ強さというのは大きなパラメータの一つだ。

 そして幹部として七人が並んでいる以上、カリティと同格のが七人いると思っていいだろう。そりゃあ捕まえるのも難しいわけだ。


「一人はダンジョンで遭遇した『生存欲』のカリティ。もう一人は殿下を襲った『承認欲』のクリムゾン。最後の一人は『性欲』のニレアね。特に承認欲は活動が活発だからよく見るわね。」

「あの男もやっぱり幹部なんですね。」

「そうね。そもそも、学園に単身で潜入なんて幹部クラスじゃないとできないわ。」


 学園というのは下手な要塞より安全な場所だ。

 学園長である世界最強の魔女、オーディン・ウァクラートによる最高峰の結界と監視。危険人物が入る事そもそもが困難であり、潜入できても学園長に瞬殺される。

 ハッキリ言って無理ゲーだ。


「正直に言って私としては積極的に関わりたくないないのだけれど……」


 お嬢様は俺を一瞬チラッと見て、露骨に大きくため息を吐く。


「アルスが勝手に関わりを持とうとするから、話さないわけにはいかないのよね。」

「これって俺が悪いんですか?」

「いや、ただあなたが呪われてるってだけよ。」

「否定はしませんね。」


 師匠もお守りくれたし、これ以上は大丈夫と信じたいんだがね。


「とりあえず、名も無き組織には注意しなさい。例えどんな状況でも戦闘はできる限り回避すること。特にアルス、あなたは気をつけなさい。」

「分かりましたよ。俺も死にたくないですからね。」


 そんな事を言いながらも、俺は人を守るためなら迷いなく戦おうとするのだろうと、どこか他人事のようにそう思った。

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