3.眠る街

『決着!』


 実況の拡声器により結果が高らかに宣言される。


『準決勝の勝者はアルス・ウァクラートです! 準決勝でさえも、その圧倒的な実力を見せつけました!』


 拍手や歓声の声はいつもの試合より逆に少ない。実力に差があり過ぎるのだ。

 もはや勝負ですらない。相手が一方的にやられていく様を見て、それを戦いと呼べる奴はいないだろう。


「……次が決勝か。」


 俺は会場から出ながらそう言う。

 エルディナとは山が違ったから、決勝で当たる事となる。正直な話、ここからが本番なのだ。

 未だエルディナの準決勝は終わってないが、結果は見えている。

 準備は完璧にしてきたが、それでも不安は拭えない。だが、乗り越えるしかないのだ。


「ちょっと、外の空気を吸いに行くか。」


 何の練習にしても、今やるにしては遅すぎる。

 練習のせいで実力を発揮できなかった、なんてのは許されない。直前に軽くウォーミングアップをするぐらいだ。

 だから精神を落ち着ける為にも、俺は闘技場の外へと向かった。


「アルスじゃない。どこへ行くの?」


 その途中で、お嬢様に呼び止められる。

 お嬢様も予選こそ勝ち抜いたが、途中でエルディナに負けていたはずだ。

 決勝戦が始まる前に、俺と同じように外の空気を吸いに来たか、それとも何か用事があったのかだろう。


「ちょっと決勝前に空気を吸いにですよ。」

「緊張してるのね。」

「……まあ、そうですね。」


 お嬢様と初めて会った日から既に四年以上経っている。相変わらず俺に対する態度は軟化しないが。

 お嬢様も数年で一気に大人びていった。

 四年前もまるで人形のような美しさはあったが、可愛いから、美人の方へと寄ってきている。


「……なら、ついでに頼み事があるのだけど、頼んでもいいかしら。」

「決勝までに終わる用事なら何でもやりますよ。」


 用事か。お嬢様が俺に何かを任せるなんて珍しい。

 大体は自分で解決してしまうし、いつもついてくるティルーナに任せる事が多いのだ。

 もしかしたらその用事の為に、出歩いているのかもしれない。


「ここから西の方に居住区があるのだけど、そこにある『有楽亭』っていう酒場を見てきてほしいの。」

「構いませんが……何故?」

「大した理由じゃないわ。別に中に入る必要もないの。そこにあるかないか、それだけでも見てきて。」


 元よりこの程度なら断るつもりはなかったが、どこか違和感が残る。

 酒場の存在だけを確認するって事は、決勝が終わったらそこで打ち上げするつもりなのか。

 それともその酒場に何か大切な意味があるのか。

 お嬢様の考えは高レベル過ぎて、ぶっちゃけ殆ど理解できない。アースなら対等に話せるんだろうが。


「感覚に近いのだけど、その方が良い気がしたのよ。」

「……ああ、運命神の加護の力ですか?」


 ティルーナがかつて言っていた。お嬢様は運命神の加護により、人生で3度のみの予言を可能とする、と。

 そして、これは後でお嬢様から聞いたんだが、どうやらたまにこうした方が良いと、直観的に思う事があるらしい。

 話の流れからして、大体は合致する。


「多分、そうよ。どちらにせよ酒場に行くだけだから、ちょっと行ってきてくれないかしら。」

「分かりました、有楽亭ですね。」


 なら、さっさと行ってくるか。

 店の名前さえ分かれば、大体店情報が商業ギルドで管理されてるから直ぐに分かるだろう。


「決勝までに見つからなかったら、それでいいわ。遅れないように戻ってきなさい。」

「言われなくてもそうします。」


 お嬢様が俺に任せるような案件だから、きっと大した用ではないはず。

 だったら、他に用事があるなら多少すっぽかしても許されるはずだろう。最悪、終わったあとに探せばいいし。


「俺はこの決勝の為に、四年間を捧げたんですよ。だからお嬢様が命令しても、俺は決勝に出ます。」

「当たり前よ。私の騎士が勝負を前に逃げ出すなんてありえないわ。」

「それは手厳しい。」


 お嬢様は貴族として、誇りを何よりも大切にしている。

 だからこそアースとは違い、優秀なのにも関わらず妬まれないし、むしろ人に慕われているのだ。

 正に理想の貴族像そのものと言えるだろう。


「じゃあ、行ってきます。」


 俺はそう言って、闘技場の外へ出て行った。






 商業ギルドに行って、なんとなく店の場所は分かったので、その方へ向かっていた。

 有楽亭とは街の中にある酒場で、周辺住民、特に男に根強い人気がある酒場だそうだ。だから適当に道行く人から話を聞けば、直ぐに見つかるだろうと思っていた。


「……何かあったのか?」


 しかし、何故かとある場所を過ぎた辺りで、人が見当たらなくなる。更に言えば道端に寝転がっている奴もいた。

 こんな真昼間だってのに活気が無さすぎる。

 家の中から魔力が感じるから人はいるらしいが、こうも人が出てこないものなのだろうか。


「戻ったらアルドール先生に相談するか。」


 取り合えずは有楽亭の存在だけ確認して、さっさと戻ろうと思った時にちょうどそれが目に入った。

 有楽亭という看板だ。木で作られた必要最低限の看板であり、武骨だが味があるという風な印象を受けた。

 高級さは感じられないが手入れが行き届いており、人気があるのも納得できる。


「一応、あるな。」


 酒場だからこんな昼間には開いてはいない。しかしそれとは別に、妙な違和感が湧き出る。

 一つ目は魔力が一切感じないこと。中から人らしい魔力を欠片も感じられない。この時間帯とはいえ、店に人がいないものなのだろうか。

 二つ目に変な臭いがすること。何かに形容できる臭いではない。ただただ気持ち悪く、吐き気が湧き出てくるような臭いが、近付く度に強くなっていく。


「……よし。」


 俺は少し悩んだ後、意を決して酒場のドアの、取っ手の部分に手をかけた。

 お嬢様の命令通りであれば、中を確認する必要はない。しかし、一体ここで何が起きたのか、その答えの全てがこの扉の先にある気がしたのだ。

 そうして、小さな好奇心は瞬く間に膨らみ、それは警戒心を上回るほどのものとなった。


「開けるぞ。」


 自分に言い聞かせながら、ゆっくり、ゆっくりと酒場のドアを開けた。

 ドアを開けると更に臭いが酷くなり、そして真上に上がる太陽が、無情にも店内を照らした。


「うっ、ぁ、が……」


 ドアの先には、血があった。死体があった。それを喰らう無数の虫があった。

 死んでからかなりの時間がたったのか、血はかなり乾いているが、ありえないほどの激臭と、視覚的な嫌悪感が俺を襲う。

 直ぐに目を逸らし、ドアを閉めて、なんとか嘔吐を抑える。


「アレは……なんだ……」


 人が、まるでボロ雑巾のように捻じ曲げられ、転がっていた。

 あんな殺し方、人ができるのか。できたとして、何故わざわざそんな殺し方をした。それに何で、この酒場の人間だけ死んでいる。

 一体ここで、何が起きている。


「あなたは、寝ないの?」


 俺は直ぐに声がした方向を向く。

 そこには少女がいた。白い髪と、白いゴスロリの服を身にまとう少女だった。手には黒い不出来な人形が握られており、眠たげにそこに立っていた。

 この異様な街の中で、あまりにその少女は奇麗すぎて、俺が警戒するのには十分だった。


「答えろ! お前がこれをやったのか!」

「……どうしたの?」

「いいから質問に答えやがれ! てめえは! どこの誰だ!」


 容赦は必要ない。躊躇は必要ない。幼くとも、女性であろうとも、それを許されるほどの異質さがこの少女にはあったのだ。

 俺は直ぐに魔法を使えるように魔力を練る。

 危険だと思ったら、即座に威嚇射撃をして逃げる。幸い直ぐそこには、世界最強の魔女がいる。


「……私は、名もなき組織の幹部。」

「ッ!」


 その言葉を聞いた瞬間に俺は炎の球を放つ。直径十センチほどの大きな炎の球だ。

 しかし、その炎は少女に近付くにつれ、その威力が減衰していき、少女の目の前で完全に消えてなくなる。

 消え方が明らかに不自然だ。防がれたわけでもなく、相殺されたわけでもない。


「『睡眠欲』の、スエ。」


 俺の四年の努力を嘲笑うようにして、その少女は現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る