24.ティルーナの想い

 意識が朧気だ。

 考える事はできる。しかしそれが頭の中でまとまらず、どうしようも無い感覚だけが自分の中に残る。


 ふと腕を見ると、右腕が白い。右腕だけじゃなくて、俺の胴の殆どが白い。

 そんな俺の様子を見て、誰かがケタケタと笑っているような気がする。馬鹿にするように、蔑むように。

 だけど不思議と怒りは沸かず、それどころかなんとも思わず、ただただ朧気なままだ。


 どこからか、白い手が伸びてくる。一つじゃない。数え切れないほどの数の手だ。

 白い手は俺の腕を、足を、体を掴んでいき俺を動けなくしていく。そしてその中で一際大きい白い手が、俺の正面から来る。

 その白い手は何故か俺に触れる事なく、体を透過して俺の体の中に入る。


 そしてその手は心臓を掴んで――






 目が覚める。

 俺は体を直ぐに起こした。汗はびっしょりで、喉が異様に乾く。どうにかして水分を取りたいとまで頭が巡った辺りで、ここがベッドだという事に気付く。

 白の大理石で作られた部屋であり、清潔感のある部屋だ。部屋の中には俺が寝ていたベッド以外にもベッドがいくつか置いてあるが、そこには誰も寝ていない。


「教会、か?」


 この世界には嘘か真か、神が実在すると言われている。

 そんな世界で教会の力が弱いはずがなく、全世界のほぼ全ての国から支援を受け、医療活動を行なっている。

 いわゆる地球での病院の役割をこの世界では教会が担っているのだ。


「……ティルーナは、どうなったんだ?」


 俺がドラゴンにやられて、気を失った後、何が起きたんだ。

 いくらヘルメスでも気を失った状態の俺を連れてダンジョンの外に出れるはずがない。

 ましてや、ティルーナは……


「あ、起きたんですね。」

「え?」


 そのタイミングで病室のドアを開けてティルーナが入ってくる。

 ティルーナがもう連れて行かれたのではないかと考えていたのもあり、頭が真っ白になって唖然としてティルーナを見た。


「……無事、だったのか。」


 そして、やっと力が抜ける。

 何が起きたかは分からないが、助かったらしい。ティルーナも俺も無事で。


「いや、待て。ヘルメスはどうした?」

「とっくに退院しましたよ。手紙を受け取っているので、後で渡します。」

「ああ、なら良かった。」


 だが、それならば尚更どうやってあのクソ野郎から逃れたのかが分からない。

 カリティを倒した、ってのは非現実的だろう。

 というかティルーナを連れ出すだけでも無理に近い。


「……どうやって助かったか気になる、という風ですね。」


 ティルーナは手に持っていた袋をベッドの隣の机に置き、そして近くの椅子に座った。


「説明ができないわけではありませんが、取り敢えずは後にさせてください。」

「……まあ、構いやしねえが。」


 知りたいが、それは急務ではない。

 後で説明してくれるならわざわざ食い下がる必要もないだろうしな。


「私は、あなたに言いたいことがあるんです。」


 真剣な顔で、その紅い目で俺を見る。

 その様子を見て俺も少し気を引き締めてティルーナの言葉を待つ。


「私はフィルラーナ様を生涯を賭けて支え、お守りする。その覚悟は変わってはいません。ですが、もう一つやりたい事ができたんです。」


 その目はいつもと違った。

 覚悟ができたようだった。他者に依存したものではなく、自分自身の中での譲れない何かが、ティルーナの中でできたのだ。


「私が何故、回復魔法を学ぼうと決めたか、知っていますか?天性の才能があった武術でなく、フィルラーナ様と同じ攻撃魔法でもなく、回復魔法なのか。」


 それは今まで俺が考えすらしなかったことだった。

 よく考えれば分かること。お嬢様を支える手段などいくらでもある。武術に才能があると分かっていたなら尚更だ。

 その中で、お嬢様が傷つかなければ使えない回復魔法を選んだ理由があるはずなのだ。


「私は前にも言った通り、2型魔力制御障害でした。それを治したのがデメテル様なんです。」

「ああ、だから……」


 いくら同じ癒し手だからと言って、デメテルさんへの反応がやけにオーバーだとは思った。

 ティルーナはお嬢様以外への反応は限りなく薄い。いくら世界最高の癒し手とはいえど、いつもならそこそこの反応で済ませただろう。


「私は無意識ながら憧れたんです。自分の命を救った回復魔法という叡智に、神秘に。だからこそ私は回復魔法でフィルラーナ様を支えると決めた。」


 子供の頃の経験というのは、自分の想像よりその人間の人格を変える。

 日本においても自分の命を医者に助けてもらって、それを目指すなんてよく聞いた話だ。

 そうやってティルーナもフランのように、癒し手に憧れたのだ。


「ですが、もうそれだけじゃないんです。私はフィルラーナ様を支える。そして、仲間を助けられるような女になりたいんです。私のために命をかける人がいるのに、泣いて助けを請うような人間には、もう二度とならない。」


 その覚悟の解は、既に見た。恐怖を抱えながらも、あの時にティルーナは立ち向かってみせたのだ。

 ティルーナの覚悟が嘘じゃないことはよく分かっている。


「もはやあなたを疑う理由も、信じない理由もありません。私はフィルラーナ様を、あなたを支えられる人間になります。」

「俺を、か?」

「そうです。だからあなたは、フィルラーナ様を守ってください。」


 ああ、そういう事か。そんな事言われなくても分かってるっての。


「当たり前だ。なんたって俺はお嬢様の騎士であり、いつか世界中の人間を幸せにする魔法使いだ。」


 俺はあの時、ティルーナもヘルメスも守れなかった。

 だからこそそんな事は、もう二度と起こさせない。俺の全てを捧げても。


「俺はもう、二度と負けない。だから安心してお嬢様の側にいてやれよ。」


 今は、遠い。だがいつか何年も先に、俺はそこに辿り着いてみせる。

 賢神になって冠位ロードの座も手に入れて、文字通り最強で幸福の魔法使いになってやる。


「……それを聞いて安心しました。」


 ティルーナは立ち上がり、そしてベッドに一枚の手紙を置く。


「あなたに会いたい人が何人もいますから、取り敢えず会ってあげてください。私もちょっと会いたい人がいるので。」


 そう言ってティルーナは病室から去った。俺が置かれた手紙を見ると、ヘルメスから、と簡潔に書かれていた。

 取り敢えず何が起きたのか、確認させてもらおうか。






 教会の外、暗い夜の中。

 一人の白衣の女性と、片目を髪で隠した少女が一人。


「デメテル様!」

「……なんでしょうか?」


 デメテルはフィルラーナを送り終えた後、ファルクラム領に戻っていたのだ。

 そしてヘルメスとアルスの治療を行なったのも、他ならぬデメテルである。


「私はまだ未熟です。経験も浅く、力も無く、度胸もないし、何もかもが足りません。」


 ティルーナは言葉を続ける。


「それでも! 私には他の誰にも負けない想いがあります!」


 少年よ大志を抱け、という言葉がある。かのクラーク博士が残したとされる言葉だ。

 様々な捉え方があるだろうが、ここでは一つの捉え方を提示しよう。


「だからいつか、私に回復魔法を教えてください! 全てを揃えて絶対に会いにいきます!」


 大願のみが成就する、と。

 小さな夢ほど叶わず、大きな志を持って挑んだ大願のみが成就する。

 事実、そんな馬鹿みたいな事に挑んだ奴が腐るほどいたからこそ、人間はここまで発展したのだ。


「……五年後、五年後です。あなたが学園を卒業した時、その時に私があなたに教えてあげましょう。」


 ティルーナは顔を輝かせる。


「それではいずれ来るその時まで、幸運を。」


 そして、一人の少女が物語を紡ぎ始める。

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