23.ドラゴン殺し

 師匠は言っていた。闘気とは生命力の発露である、と。

 そしてこうも言っていた。生命の危機を感じれば、知覚に至れる可能性があるとも。


『まだ先が長い話かもしれないけど、闘気の使い方を一応説明しておこう。君は数奇な運命あるから、知識はあるだけお得だ。』


 師匠の言葉を思い出す。

 今、ここで必要な知識を全て引き出すように。


『闘気の扱い方は魔力と大体は一緒。だけど魔力と違う点も確かにある。』


 この短期間で、俺は幾度もの生命の危機を味わった。それはティルーナに言った通り、俺の力には成りはしない。

 しかし、俺の進む先の手助けをしてくれる。死線を越えた分だけ、一つずつヒントをくれる。

 ただ、最終的に答えを出すのは俺自身なのだ。


『魔力は思考する事により動く。だけど、闘気の動かし方はそんな簡単じゃない。』


 生命のエネルギーを感じる。

 自分の身体中に流れる生命力の余分なエネルギー。本来なら放出されて消えるだけのエネルギー。

 これだ。これを使うのだ。


『生命力こそが闘気。ならば少なからず闘気は君の動きとリンクする。慣れ親しめば魔力と同じように動かせるけれど、その域に達するまでは体と一緒に動かす感覚でやるといいさ。』


 流れる闘気を色濃く感じる。

 失敗は許されない。妥協は許されない。後悔は許されない。許されるのは成功のみ。


『片足を前に、自然に走れるように全身から力を抜いて。』


 だらんと俺は体から力を抜き、軽く右足を前に出す。


「行くぞ、ヘルメス。」

「ああ、分かった!」

『一歩ずつ、大地をしっかりと踏みしめろ。』


 俺はそのタイミングでやっと、目を開ける。

 ヘルメスの傷はこの短期間で更に増えており、激しい戦いだったのだと容易に想像ができる。

 それを労うには、俺がこの全力の一撃を完璧に成功させる事だけ。


「『雷化』」

『狙うは急所。』


 雷となった足が、高速で地面を蹴り俺を前に押し出す。

 闘気が込められたその足は、いつもより遥かに軽い。

 だが一歩ずつをおざなりにする事はなく、しっかりと大地を踏みしめて。


「『部分岩化』」

『イメージするのは大砲がいい。体の全てが砲塔で君の右手が砲丸だ。』


 俺の右腕が岩になると同時に、ドラゴンと目を合わせる。

 急所とは鱗がないところだ。体の構造上、必ず鱗がない部分が存在するはずだ。

 なら、その中でどこが一番いいか。


「全身全霊を!」

『体のエネルギーの全てを右手に集約しろ。』


 俺が辿り着いた答えは、首だ。

 この世の生物のほとんどは首が弱点だ。首が弱点じゃない奴は早々いない。

 それは体と脳を繋げる重要な器官でありながら、可動させなくてはいけないが故に脆いからだ。

 下からの一撃で、一発で決める。


「『爆破付与エンチャント・エクスプロード』『神の祝福ゴッドグロリア』『三重結界トリプル・セイント』『強化の魔眼』」


 ヘルメスの声と同時に俺の体に力が宿り、俺の体は急加速する。

 物体が速度をいきなり変えれば、それに対応できる奴は魔物にはいない。


『そして思いっ切りぶん殴れ!』

「この一撃にッ!」


 今までで一番強く、ドラゴンの真下の地面を踏む。

 強力な一撃は踏み込みとリンクする。踏み込みが強ければ強いほど、威力は増す。


「『最後の一撃ラスト・カノン』」


 俺の全てを賭けた一撃が、真下からドラゴンの首を殴り飛ばす。

 最後の一撃、ラスト・カノン。文字通り俺が撃つ最後の一撃であり、だからこそ最強の一撃になる。

 着地の事に思考を割く余裕はなく、俺はそのまま自由落下する。


「は、死に晒せ。」


 俺は親指を下にして、力なくそう笑った。

 俺の殴った場所を起点として、一瞬にして魔法陣が広がり、轟音と共に大きく弾ける。


「アルス君!」


 しかしこの至近距離で爆風を受ければ、俺も無事というわけじゃない。

 俺の体は吹き飛び、勢い良く地面を転がった。


 痛い。身体中が、地獄にいるかのように痛い。

 だけど、だからと言って、俺はここで倒れるわけにはいかない。ティルーナを連れて行かせるわけにはいかないのだ。


「早く逃げなきゃ巻き込まれるって分かってただろうに……」


 ヘルメスは俺の元へ駆け寄ってそう言う。

 全身ボロボロで、目からは血が流れた跡がある。いつもは軽薄だが、本当にこういう時は頼りになる。


「そんな余裕なかったんだよ。お前みたいに器用じゃないんだ。」


 俺はそう言いながら立ち上がる。

 土煙が舞うドラゴンの奥、そこにカリティはいる。ここまでが前座、ここからが本番だ。


「……いけるかい?」

「無理でも、やってみせるさ。ここが命の張り時だっての。」


 それに、ヘルメスだって傷だらけなんだ。俺がここで倒れるわけにはいかない。


「まだ君にかけた強化は残っているし、先に行っておいてくれ。僕も直ぐに後から追いつく。」

「わかった。」


 俺は体を雷に変えて、地面を駆ける。

 まだ、カリティの魔力は感知できている。全力で行けば余裕で追いつける。



 俺がそう思った時と、目の前にが見えたのは、ほぼ同時だった。



 頭がなくなり、四足と尾だけの不恰好な姿になりながらも、ドラゴンは大地を踏み、動いていたのだ。

 それに対応するには、俺はあまりにも油断し過ぎていた。


「――」


 ドラゴンの巨体が車のように俺を吹き飛ばし、俺の肺から空気が完全に抜け出る。

 魔力が大きく減ったのと、極度の疲労とダメージ。俺は意識を留める事ができなかった。

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