12.令嬢離脱
さて、色々と説明を端折っていたので今更ながら説明させて頂こう。
今回のダンジョンは4泊5日のそこそこ長い滞在であり、オリュンポスの護衛や指導の元、冒険者体験のようなものをしようというものだった。
元々お嬢様が俺とティルーナの仲を改善しようとしてた事だから、一緒に冒険をして親交を深めようという意味合いが強い。
初日は十層に行くため、最終日は地上に戻るために使うから実際に冒険ができるのは3日だ。
そして現在は3日目の早朝。
今日と明日に潜って、明後日の5日目に帰る。
昨日は11層とかをメインに探索したから、今日は恐らく12層に行くのだろう。
「と、思ってたんだがね……」
それも怪しそうだ。
俺達は泊まっている街の宿屋の前にいた。朝も早く、未だに誰も朝食すら食べていない。
何故朝食も食べずにここにいるのか、と聞かれたら見送るためとしか言いようがない。
「それじゃあ、私は一足先に戻らせてもらうわ。」
お嬢様はどうやら連絡を取る魔道具のようなものがあり、リラーティナ公爵、つまりは父親に呼び出されたらしい。
そんなわけでお嬢様だけが早めに帰る事となった。と言っても、護衛にデメテルさんを連れて行くのだが。
「お気をつけて、お嬢様。」
「ええ、あなたこそね。」
今、この場に勿論ティルーナもいる。
いつもなら大騒ぎしそうなものだが、今はそうでもない。というのも、既に一回騒いでお嬢様に怒られた後だからだ。
ティルーナは唇を噛みながら、苦悶の表情を浮かべてお嬢様を見ていた。
「ヘルメスさん、ティルーナを頼みますね。」
「任せてくれよ、リラーティナ嬢。なんせ僕は万能の冒険者なんだから。」
「人間性は信用できませんが、腕は確かですから安心していいかと。」
「何でそんな事言うかなあ、デメテル。」
ヘルメスの人間性が悪いのはずっと前から知っているからいい。
だけど、ヘルメスは本当に有能なのは事実だ。
斥候、戦闘、支援も一通り全てこなせる上、ポケットに入っている道具でありとあらゆる状況に対応できる。
冒険者の本分がダンジョンの探索と考えるなら、ヘルメス以上にそれに適した奴はいないだろう。
「行きましょう、デメテルさん。」
「はい、それでは幸運を。」
「ああ、幸運を。」
デメテルとヘルメスが最後にそう一言ずつ交わして、そのまま二人は去っていった。
ティルーナはと言うと、心ここに在らずという風に立ち尽くしていた。顔は蒼白で、今にも倒れそうな気さえしてくる。
「……何故、私を連れて行ってはくれなかったのてしょう。」
「言ってたろ。お家の事情だから連れて行く意味がないって。」
「お嬢様のいない状況で私がダンジョンに潜るメリットなんてありません!」
「極端過ぎるわ。」
そもそも、この依頼もしっかりお金を出してやっている。
だから依頼の途中キャンセルは申し訳ないし、このまま俺とティルーナを残して続行させているというわけだ。
元々の目的が俺とティルーナの関係改善だから、そもそもお嬢様がいる必要はないしな。
「ほら、準備するよ。今日もダンジョンに潜るからね。」
「一人死にかけなんだが、大丈夫なのか?」
「……そうだねえ。確かにあのままじゃ危ないかもしれない。」
ダンジョンと簡単に言うが、ここは命をかけて金を稼ぐ場所だ。油断や、気の迷いによって足を掬われ、そのまま死に直結する。
「やあやあアラヴティナ嬢! 愛しのリラーティナ嬢がいなくて放心状態かもしれないが、今は気持ちをあげていこうぜ!」
「……あ、はい。大丈夫、です。」
俺と初めて会った時もそうだったけど、お嬢様から離れたり、離れそうになるとティルーナは途端に弱くなる。
正に借りてきた猫のようだ。
だが、よくよく考えてみれば違和感はあった。
何故髪で片目を隠しているのか、何故ずっと敬語で話し続けているのか。それら全てがアースのように、自分を守るためのものだとしたら。
ティルーナは本来の自分を押さえ込んででも、お嬢様を守りたかったのではないだろうか。
「ティルーナ。」
「……何ですか?」
「お嬢様のためだ。」
ならば少々卑怯だが、その心理を利用する他ない。
その言葉でティルーナはハッとし、目に生気が少し戻る。
「そう、そうですよね。ここで経験を積めば、よりフィルラーナ様の役に立てるかもしれない。」
「その意気だ。準備するぞ、ティルーナ。」
思い立ったが吉日、というようにティルーナは直ぐに走って宿の方へと戻って行った。
「この僕より口車に乗せるのが上手いとは、君ってば相当の女たらしになるんじゃない?」
「その口は最低な事しか言えない呪いにでもかかってんのか?」
「安心しなよ。呪いにかかってもうちにはデメテルがいるから。」
皮肉だと分かった上でヘルメスはそれを悠々とかわす。
口から生まれてきたと言われても違和感がないぐらいに口が回るな。
「……それに、俺は不本意にあいつを知ってしまっただけだよ。」
お嬢様の過去と、ティルーナの決意。それを俺が知っていたから、俺はああいう風に言えた。
不本意とつけたのはそれを対立する形で知ってしまったからだ。
ティルーナが俺と仲良くなれない最大の理由がそこにあり、それは普通なら友人として知っておきたい事柄だったのだ。
「ともかく僕たちも準備して、朝飯食べて、ダンジョンに潜ろうぜ。」
「了解。一階の食事処で集合でいいか?」
「それでいいよ。毎度のことだけども僕は準備に時間がかかるから、先に食べといてくれ。」
俺たちはそう言いながら宿に入っていき、それぞれ自分の部屋に入る。
女の子のティルーナや、万能者と言われるほど様々な道具を使い分けるヘルメスに比べて、俺の準備は比較的早く終わる。
俺の変身魔法は一応、服も魔法にできる。だが、服を魔法に変える事は普通はない。
肉体の方は魂が形を記憶していて気を緩めれば勝手に戻るんだが、服はそうもいかない。
だから実は服とかはとあるものに仕舞っているのだ。これがあるから、俺の荷物は基本的にはゼロに近い。
「……お母さんは魔法の本って言ってたけど、絶対そんなんじゃないよな。」
俺は机の上に置いてある本を見る。
これは俺が五年前からずっと使っている、お母さんからもらった魔法の教科書のようなものだ。親父が書いたらしい。
ようなもの、と言ったのは最近違う役割を持っている気がしたからだ。
事の発端は変身魔法の存在に俺が気付いた時、使ったら真っ裸になるもんだから困っていた時だ。
この本が光り始めて、ものを仕舞う機能が突然使えるようになったのだ。しかもこいつ自身も空間魔法かなんかでなくなるから持ち運ぶ必要がない。
考えられる可能性としては親父が何かを仕込んだと考えるのが当然だが、どこにもそんな痕跡がないのが余計に不気味だ。
「俺が知らないだけで、隠された機能があるのか?」
だとしたらそれも含めてちゃんと説明書きをして欲しかったんだがな。
「今度、師匠に聞いてみるか。」
今まで危険性もないし後回しにしていたが、本格的に調べてもらった方がいいかもしれない。
魔法関連のことなら、分からないことはないだろう。師匠は一応、最強の魔法使いだからな。
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