13.異変

 俺とヘルメス、ティルーナは硬質な壁や床に囲まれた道を進んでいく。ダンジョンの壁には時折、松明が設置されていてそれで道が照らされている。

 ティルーナは魔力で作った炭で白紙の地図に道を書き込んでいき、マッピングを進めていく。それに対し俺は、魔法によっての索敵を行なっている。

 基本的には俺が索敵と戦闘、ティルーナが全般的な支援といった立ち回りだ。ヘルメスは基本は引率が仕事だから、アドバイス以外は何もしない。


「今日は魔物が少ないな。」


 俺は一言そう呟いた。

 ダンジョンに入ってから約2時間経過しているにも関わらず、魔物とは全く遭遇しない。

 今回は魔物の魔石が目当てではないから困りはしないが、少し不気味だ。


「他のパーティが根こそぎ倒していってるって考えるのが妥当だけれども、確かに妙だね。」

「ヘルメス、お前から見てもやっぱりおかしいのか?」

「ダンジョンが何故重宝されるか、それは多過ぎて困るほどの魔物が出現するからだ。」


 魔物の心臓代わりである魔石は重要なエネルギー資源だ。

 魔物が多過ぎると言うのは危険ではあるが、それ以上のメリットが大いにある。原子力発電みたいなもんだ。


「増え過ぎた魔物が溢れ出すせば、それは迷宮的暴走スタンピートとなる。」


 それを聞いて、俺は学園へ行くために寄った街での出来事を思い出す。

 街を一つ飲み込まんばかりの進軍。偶然あそこにヘルメスとアルテミスさんがいたからなんとかなったものの、いなかったらあの街は滅んでいたかもしれない。

 それほどまでに魔物はダンジョンの中で生まれてくるのだ。


「ギルドが全力でそれを起こらないように冒険者を割り振ってはいるものの、やっぱり起きる時は起きる。十年に数回はね。」

「という事は、魔物が見当たらないというのはやはりおかしいのでしょうか?」

「そういう事だよ、アラヴティナ嬢。ちょっと契約違反になるけど、早めに出た方がいいだろうね。」


 そう言ってヘルメスは懐から二つの石を取り出して、それをそれぞれ俺とティルーナに渡した。

 黄色い半透明な石だ。魔力が感じるし、形状的にも恐らくは魔石だろう。


「予定変更だ。今日の探索は。」

「いや、ヘルメス。まだ危険かもしれないって程度だろ。それならもう少し探索してもいいんじゃねえか?」

「それ、死んだ後に同じことを言えるのかい?」


 そう言われて俺も言葉に詰まる。

 確かに、だ。この判断一つ一つに俺達の命がかかっているのだから、安全策を取るのが当然だろう。


「ダンジョンは生き物だ。少しでもいつもと違ってたら、いくら生活が苦しくても、調子が良くても、ボス部屋の前でも、前人未踏の領域の一歩手前に来ても引き返さなくちゃならない。」

「悪い、認識が甘かった。」

「いや大丈夫さ。聞いて分かるなら見込みはあるとも。」


 冒険者というのはロマンがある仕事であると同時に、世界で一番命が軽い仕事だ。

 保証なんてなく、安全な戦いなんて一つもなく、ダンジョンの様子によってはいかにベテランでも死にかねない。

 だからこそ、違和感をそのままにするのは許されないのだろう。


「それじゃあ、さっき渡したこの石は何だ?」

「君たちの身を守る道具だよ。お守りだと思って大切に持っておいてくれ。」


 俺達の身を守る、か。

 何かはわからないが、きっと役に立つものだろう。ヘルメスはそういう点においては信頼できる。


「よし、それじゃあさっさとダンジョンから出てしまおうか。僕が最短ルートで進むから、ちゃんとついてきてくれよ。」

「はい、お願いします。」

「一応、俺も索敵は張っとく。」

「頼むよ、アルス君。僕も警戒はしておくけど、こういうのは二重にチェックした方がいいからね。」


 そう言ってヘルメスは来た道を戻って行く。ポケットから地図を出して、迷いなく道を進んでいく。

 その道中も魔物が一切出てこなかった事が、俺の違和感をさらに加速させ、喉奥からなんとも言えない不快感が走った。


「……気味が悪い。」

「同感ですね。」


 俺の言葉にティルーナが同調する。

 昨日までは腐るほどいた魔物達が、まるで元からそうだったかのように影すら見せないのだ。

 今日の魔物との遭遇はたった3回ほど。探索時間からしたら異常であろう。


「まあ、安心しなよ二人とも。仮に深層の魔物が出てこようが、危険度8までなら僕がなんとか対処できる。

「それは頼もしいけどよ……」


 いくら安全、と言われても怖いものは怖い。

 特に何が起こるか分からない状況というのは恐ろしい。対処を考える間も無く死ぬ可能性があるからだ。


「……二人とも、端に寄ってしゃがんでて。」


 ヘルメスは突然立ち止まり、そして懐から短剣を取り出した。

 不可解に思いつつも緊急事態なので俺とティルーナはすぐに壁に寄ってしゃがむ。

 ヘルメスに理由を聞こうとした瞬間、俺の全身の毛が逆立つのを感じた。


 魔法使いが魔力を制御するのはその濃密な魔力が周辺の人を殺しかねないからであり、魔力が無駄だと判断して抑えている。

 それに対し魔物は魔力が制御できない。それに足る知能を持っていないからだ。

 だからこそ魔法使いと違い、魔力を溢れ出させている。つまりは、強い魔物というのはそこに存在するだけで人を殺しかねないほど恐ろしい存在。

 相当距離が離れていてもその魔力は否が応でも感じてしまう。


「あと、数秒くらいかな。アラヴティナ嬢、結界を張るのをお勧めするよ。」

「は、はいっ!『二重結界ダブル・セイント』」


 ティルーナは焦りながらも俺とティルーナを守るように結界を張った。俺もそれに加えて『五重結界クインティプル・セイント』を張る。

 強度に違いはあるが、計七枚の結界だ。簡単に破る事はできないだろう。


「――来るよ。」


 空を切る音が聞こえる。地を蹴る音が聞こえる。その音は小さな音から一瞬にしてはっきり聞こえるほどの音になり、それの速度が相当なものであるのが分かる。

 それと同時に周辺の魔力の密度が異様に高まっていく。結界がなければ、俺はともかくティルーナは耐えきれず倒れてしまっていただろう。

 そして、死が形を持ってやってくる。


「マンティコアかッ!」


 鋭き死が、ヘルメスへ襲いかかる。

 どこか人間に似たようでありながら、魔物に相応しき恐ろしい相貌。地を這うその山吹色の体と前腕にある先端の鉤爪を見れば途端にこの結界が頼りないように思えてくる。

 全長は俺が知っているライオンを二回り大きくしたものであり、かなり広いはずの回廊の通路が狭く感じるほどだ。よくよく見てみれば後ろに尾があり、まるで鎧のように硬質で黒く、1メートルほどの長さがあるその尾はもう一つの生命かのように蠢いていた。


「『爆破付与エンチャント・エクスプロード』」


 ヘルメスは放たれる右の前足を紙一重でかわし、そして胴体に軽く触れながらマンティコアの後ろに回る。

 そしてヘルメスが右手で指を鳴らした瞬間、マンティコアは胴体を中心として大きく爆発した。

 しかし爆発が起きてもマンティコアは倒れすらせず、その胴体は少し焦げるのみで大きな損傷はないように感じた。


「ほら、来いよ。」


 腹を焦がされた怒りか、それとも本能的に挑発されているのを理解したのか。

 ともかくマンティコアはヘルメスの方へ向き直り、再び接近する。

 走りながらもマンティコアは尾の先端から連続で無数の針を射出する。しかしヘルメスはその全てをかわしながら、逆にマンティコアへ近付いて行った。


「『暴風付与エンチャント・テンペスト』『神の祝福ゴッドグロリア』」


 ヘルメスの手元の短剣を起点として嵐が吹き荒れ、更にヘルメスは加速する。

 急な加速にマンティコアはついてこれずヘルメスを逃し、ヘルメスはマンティコアの胴体の下に勢いよく滑り込み、そして下から短剣がその尾を切り裂いた。


「『爆破付与エンチャント・エクスプロード』」


 そしてその尾を空中でマンティコアへと蹴り出した。マンティコアの体にその尾がぶつかった瞬間、再び大きな爆発が起きてマンティコアを飲み込む。


「『転送アポート』」


 そう一言言った瞬間、その爆発の頭上からあり得ないほどの武具が登場し、そしてマンティコアを貫いた。


「……よし。」


 土埃が消えると、そこには数多の武具に刺されているマンティコアがおり、すぐに魔力となって消えていった。

 武具もヘルメスが指をもう一度弾くと同時に消えていった。


「それじゃはや――く?」


 ヘルメスが俺達に駆け寄るより早く、地面が、ダンジョンが揺れ始めた。


「マジ、かよ。」


 俺は思わずそう呟いた。ダンジョンの床が、壁が、天井が歪み始めていたのだ。

 こんな事は普通はあり得ない。ダンジョンの壁や床は、壊せないからこそ階層としての機能を発揮するのだ。


「二人とも、僕の側に寄れっ! ダンジョン変動だッ!」


 最悪の事態が、重なって起きていた。

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