10.前へ進む者
ヘルメスが宿をとった。
部屋は合計で4部屋で、お嬢様とティルーナだけが同じ部屋だ。つまり俺は一人部屋という事。
「中々、疲れたな。」
最近師匠の修行のもと、筋トレとかもやらされているんだが、それでも疲労は貯まる。
まだ始めたばかりで、大して筋肉がついていないというのもあるのだろうが。
「だけど、魔法の練習は欠かしたくないしな……」
師匠から言われてるから簡単な筋トレもするけど、俺は元々魔法使いだ。
やっぱり魔法の練度をあげる練習はしてて損はない。
「……よし、やるか。」
俺が練習しているのは、変身魔法を更に強くする魔法。
変身魔法は魔法であればありとあらゆる全てになる事ができるが、難易度が高いのも当然ある。
特に難しいのは不定形、つまりは雷や風とかだ。
こういうのはあんまり人型から逸脱した形がしにくいし、何より細かい形が難しい。
だから、俺が今やりたいのは簡単に言えばドリルだ。
某、柱の男みたいに回転する風の拳だとか岩の拳で敵を殴る。ロケットパンチはできるんだけども、それを回転させるとなると途端に難しくなる。
「『部分岩化』」
俺は右腕だけを岩にする。土属性魔法は最硬の魔法と呼ばれるほど硬いし、ドリルパンチができれば俺に足りない部分を埋めてくれる。
俺の右腕は肘から先だけが回転を始め、少しずつその速度を増していく。この時点で普通に殴るだけでも威力は高いだろう。
しかしこの程度では、エルディナは倒せない。
勢いよく回転していく俺の右手は超高速で回転を続け、そして勢いよく
「この程度じゃなあ。」
俺は回転のせいで不規則に跳ねながら転がっていった右手を拾い、くっつける。
岩にしたら回転部分と回転していない部分の接合が甘くなって、回転数を上げ過ぎると取れるのだ。
なら風はとなるやもしれないが、単純に風を回転させたところで大した威力はないのだ。
風というのは元々、凝縮からの射出での切断を狙うのが攻撃魔法の基本だ。一点集中というのと回転させるというのが合わないわけだ。
「うーん……方向性を変えた方がいいのか?」
俺は戦術においては未だに探り探りだ。
エルディナや他の魔法使い達は元々パターンが存在する。数千年に渡り魔法使い達が積み重ねた立ち回りというのは、それに倣うだけで大体どうにかなる。
しかし俺の魔法においては誰かを真似したりだとか、参考にするというのがやり辛い。
なんせこの魔法は俺だけなのだから。
「んぁ?」
そうこうしていると、軽く硬質な音が二度響いた。ノックの音であろう。
はて、夜ご飯も食べたし、誰かと予定をしてた記憶もない。
「……誰だろ。」
俺はドアの方へ歩いていく。
この宿のドアは一応ではあるが、鍵がついている。ドアが木製である以上、心許ないというのは確かではあるが、ないよりマシというものであろう。
ドアの鍵を開けようと、ドアの三歩前程度まで近付いた所で、カチャ、という音が鳴った。
「やあ、アルス君! 遊びに来たよ!」
「ナチュラルにピッキングしてんじゃねえよ!」
入ってきたヘルメスの手には何か鉄製の小さな棒が数本あり、これで鍵を開けたのだろう。
直ぐに俺が開けるのに、何故待ちきれなかった。
「いやあ、いくらアルス君とはいえまだ十歳の子供。寂しくて泣いてるんじゃないかって思って遊びに来たってわけさ。」
「俺は今、お前が来たせいで泣きそうだよ。」
「お、やっぱり寂しかったんじゃないか。」
「その耳腐ってるから捨てた方がいいぞ。」
泣きそうだよのところしか聞いてねえじゃねえか。都合の良いとこしか聞こえねえのか。
ヘルメスはまるで自分の家かのように無遠慮に、人を嘲るような笑みを浮かべながらベッドに座った。
「それで、オリュンポスに入る気になってくれたかい?」
そして何の脈絡もなくそう聞いてきた。
そう言えば返事を先延ばしにしていたな、と思いつつ、何故今なのだろうと疑問に思う。
どちらにせよ学園に入って間はクランなんて入れないだろうに。
「俺は、冒険者をメインで活動する気はないからな。」
「別にそれでも構いやしないさ。元々はオリュンポスも冒険をするために集まったわけじゃない。何かで行き詰まって、協力しなければ生きていけないから集まっただけだ。」
「そんなクランがトップを争ってるって、他の冒険者はガッカリするんじゃないか?」
「目指されるためにやってるわけじゃないから。」
そう言ってヘルメスはポケットからトランプを出す。
「僕達は、本当に何をすればいいのか分からないから、あそこに集まったんだ。」
「お前もか?」
「ああ、そうさ。デメテルもアルテミスも、あのヘスティアでさえ色々あって、それで今は元気にやってるわけだよ。」
「……それが、俺を勧誘する理由か?」
確かにあの時は何がやりたいかも分からずに、生きる意味を探していた。
だけど、俺はもう違うのだ。
あの時と違って、しっかりと夢がある。目標がある。やる気がある。想いがある。
先に進むべき道は、既に照らされている。
「表向きはそう。だけど本心で語るなら、僕は君が気になったのさ。シルード大陸から出てきた、親を失って、片腕も失って、それでも進む君がね。」
「……例え、それが虚勢だったとしてもか?」
「それでも十歳の子供が、全てを失ったってのに前に進めるってのは凄いことさ。」
ヘルメスはトランプの箱から、普通のトランプを取り出した。
「アルス君、これは僕の持論なんだけどね。」
そのトランプの中から一枚のカードを取り出して、俺へと投げる。俺も少し驚いたが、危なげなく掴み取る。
そのトランプの絵はジョーカーだった。
「前に進む者は、何であれ美しいのさ。例えそれが間違っていようと、上手くいかなくても、それが沢山の人を苦しめる事になっても。それは美しいのさ。」
「俺は、そうは思わねえけどな。」
前に進むだけじゃ駄目だ。
しっかりと確固たる意思と決意を抱いて、それで前に進まなくちゃいけない。
じゃないと、俺やアース、フランみたいに道を見失っちまう。
「そう、これは僕の持論さ。賛同を得られる必要はない。ほら、僕って道化師だから。そんな深いストーリーや言葉は似合わないのさ。」
「そうかよ。」
俺はジョーカーのトランプを投げ返した。それはヘルメスの目の前で宙に止まり、そしてベットに落ちた。
「そうだよ。トランプでいうジョーカーみたいに、毒にも薬にもなる男だと自負している。」
ベットに落ちたトランプをヘルメスが指先でつつく。
するとトランプがポンッという音と同時に白い鳩へなり、ヘルメスの肩に止まった。
「人生ってのはどこまでも厳しくて、平等じゃなくて、大変で、苦しくて、そして何よりも醜い。」
それは間違いなく、ヘルメスの経験であろう。
そう確信した瞬間が、ヘルメスにはあったのだ。
「だけど、この世界で一番詩的で、芸術的で、劇的で美しく素晴らしいのもまた、人生なんだよ。」
ヘルメスは立ち上がり、空を仰ぐように腕を広げて天井を見る。
「前に進むだけで詩的だ、それには理由があるから。前に進むだけで芸術的だ、何かに挑戦するという事だから。前に進むだけで劇的だ、その先には困難が待ち受けているはずだから。」
だからこそ、と続けながら俺の顔をヘルメスは見る。
「前に進む者は、美しい。」
その表情はいつも通り笑っていたが、いつもの胡散臭い商人のような笑みではなく。
「だから、僕は君と冒険がしたいんだ。」
少年のような、溢れ出した笑みだった。
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