9.小ボス
俺達の目の前には巨大な鉄の扉がある。
高さは大体三メートル、横幅は身長と比較できないから分かりずらいけど、まあ一メートルぐらいか。両開きのドアで閂みたいのはない。
「このダンジョン、十階層は安全地帯でね。魔物が一切出ない上に人の手が入って、ダンジョンの中に小さな街があるんだ。」
そんなものがあるのか。
ダンジョンの中に街って、いくら安全地帯だとしても危険な気がするけどな。
「ダンジョンは魔力を吸って成長する。餌を用意して僕たちを呼び寄せいてるのさ。逆に安全地帯を潰せば、以前ほどは人は寄り付かない。」
「なので安全地帯はダンジョンからも守られているのですね。」
「その通りさ、リラーティナ嬢。」
そう言いながらヘルメスは扉に手をかける。
「だから今日はそこに宿泊する。この先にいる小ボスを倒した後にね。」
なんとんくそんな気はしていたが、この扉の先にはボスがいるらしい。
ダンジョンの中のボスっていうのは、本来その階層にいないはずの魔物の事を指す。その大体が、こんな感じで門番として立ちふさがっているパターンが多い。
「他のパーティが倒した後だったら戦う必要もなかったんだけど、残念な事に再出現してしまってるみたいだ。」
扉の先からは魔力を感じる。それこそさっきまでいた魔物とは比べ物にならないぐらいのだ。
「さあ、行くよ。あんまり時間もないから。」
ヘルメスは俺が心の準備を終えるより早く、扉を開け放った。
扉の先には一匹の魔物がいた。この前見たものに比べれば機能性は低いだろうが、大きさだけなら倍以上。人の形を模した岩の巨人。
「岩石の巨兵、危険度は4寄りの3ぐらいかな。」
即ち、ゴーレムタイプの魔物。
10段階に区分された危険度の内、3という数値は大した事はないように見えるかもしれない。
しかし、危険度1の魔物が相手と武器を持った素人が同格と考えるなら、一般人目線で考えるなら明らかな強敵。
「アルス君、いけるね?」
「……当然。」
しかし、俺なら倒せる程度の敵だ。
「リラーティナ嬢とアラヴティナ嬢は下がってくれ。アルス君一人でやるから。」
「何故です。私達が足手まといだと?」
「残酷な話だが、その通りだよアラヴティナ嬢。」
俺は扉の前に体を出す。
そして俺の体は、溶けるように形を変え始める。
「アラヴティナ嬢の能力は正面戦闘に向いてない。リラーティナ嬢の魔法じゃ火力が足りない。」
「それでも強化魔法ぐらいなら……!」
「必要ないね、そんなもの誤差だ。」
師匠は言っていた。俺の独自の魔法は変身魔法であり、その真骨頂は超高速の近接戦闘だと。
未だ闘気を習得していなくとも、師匠から教わった自己流格闘術は間違いなく役に立つ。
「それにね、アラヴティナ嬢。君じゃあアルス君についていけない。」
「ッ!」
「……ティルーナ、今は大人しく見ていなさい。」
俺の体は雷となりて、空を駆ける。岩石の巨兵が動くより早く、俺はその速度のまま体の足を岩へと変える。
「喰ら、えッ!」
それは即ち、高速で飛来する岩石そのもの。
巨兵の頭の部分を俺の足が勢いよく蹴り抜き、バランスを崩した巨兵は片手を突いて倒れる。
だが、勿論その程度で攻撃が終わらない。
「凍れ。」
地面に突いている手と足を、体を氷に変えながら固まらせた。
これで少しの間は動きを封じる事ができる。そしてその少しの隙は、俺が勝つのには十分過ぎる隙。
俺は動かないゴーレムの上から背中に右腕を差し込み、それを取り外して大きく距離を取る。
「いくら頑丈とはいえ、体内から爆発したらひとたまりもないだろ。」
その差し込まれた岩の腕は、赤き光を発した瞬間に大きく爆発した。
土煙が舞い、巨兵の姿が隠れる。俺はその間に右腕を元に戻して、安心せずにその土煙を風で直ぐに晴らした。
「まだ耐えんのか。かったいな。」
しかし巨兵は背中に大きく損傷があるものの、立ち上がり、俺の方を向いた。だが、もう虫の息だ。簡単な魔法で倒せるだろう。
追撃を加えようと次の魔法を使おうとした瞬間、後ろから飛来した短剣が巨兵の頭へと突き刺さる。その短剣は異様な速度で突き刺さり、巨兵を退け反らせた。
「よっしゃ、今日も僕の投擲は冴え渡ってるね。」
「……お前がトドメ刺すの?」
巨兵は短剣が刺さった部分から凍り、そのままバランスを崩して倒れてバラバラになってしまった。
自分も戦う気があるなら最初からヘルメスが全部やってくれれば良かったのに。
恐らくは俺の実力の確認をしたかったのと、わざわざ出した短剣が無駄になるのを嫌ったからだろうけど。
「いやあ、もう十分かなって。君だけ女の子の前でかっこつけてるのはズルいじゃん。」
「お前が戦えって言ったんだろうが。」
「それはそれ、これはこれ。」
落ちている短剣をヘルメスが拾い、そして懐にしまった。
遅れてデメテルさん達もこっちに来る。
「それじゃあボスも倒したし、お待ちかねの安全地帯だよ!」
そう言ってヘルメスはいつも通り、無駄にうるさく前に進んで行く。
ヘルメスを先頭に、その後ろをティルーナとお嬢様が歩き、その更に後ろを俺とデメテルさんが歩いて行った。
ボス部屋の先には入り口と似たような扉があり、それをヘルメスが開けると、その先には階段があった。
「……デメテルさん。」
「何でしょう。」
「あの扉、勝手に閉まってるよな?」
そう言って俺は入り口の方を指差す。
誰も閉じた感じはなかったのに、既にその扉は閉じられていた。
「ええ、いわゆる自動ドアですね。ダンジョンの扉は一定の時間が過ぎると勝手に閉じます。」
「ちなみに、理由とかあったりするの?」
「単純に、ボス戦で逃さないようにするためです。」
まあそうか。素通りされるんじゃなくて、殺されてくれないとダンジョン側からしたら困るものな。
「ダンジョンは商売に近いのです。より膨大な魔力を得るために人を誘うための餌を用意し、ほどよい難易度で苦しませ、あわよくば殺す。」
「殺し過ぎちゃ、人は寄り付かないからな。」
「その通り。ですが、それが例外となるのが深層です。」
最深層はダンジョンの心臓部、ダンジョンコアが存在する。
ダンジョンに意思があるのなら、自分の心臓を触らせるはずがない。
「絶対に進ませないために、『理不尽』をひたすら追求する。明らかに通らせる気のないトラップに、倒させる気のない魔物の質と量。いつか行くのならご注意を。」
「今のところ行くつもりはないけど……というか、そんなに近寄らせたくないなら道を塞げばいいだろ。」
ダンジョンコアと繋がる階段を無くしてしまえば、誰もそこには来れない。
これ以上に安全な事はないはずだ。
「そういうわけにもいかないのです。道を塞げば、塞いだ道の先に魔物は出ませんし、そこはダンジョンの一部ではなくなってしまいます。」
「それじゃあ、一応道を繋げる必要があると?」
「そうです。しかしアルスさんが言った通り、ダンジョンは下への階段を巧妙に隠すものですので、それが深層が恐ろしい理由でもあります。」
魔物を倒して、トラップを避けて、そして深層へ繋がる道も見つけなきゃいけない。
確かにそれは大変だ。
だけど、下に行けば行くほど強力な魔物が出るのは確かだからな。高純度な魔石が落ちるからみんな深層を目指すのだろう。
「相変わらず、冒険者らしいゴミみたいな街だねえ。」
階段を降りきった辺りで、ヘルメスがそう言った。
「別にそんな事はないと思いますけど……」
「いやいや、そんな言葉を選ばなくていいぜ、リラーティナ嬢。どうみてもクソだ。」
「いや、流石にそれは言い過ぎでは?」
ヘルメスとお嬢様の話に、ティルーナが軽く疑問を呈す。
俺もクソとまでは言わないまでも、結構酷いとは思う。
街らしく建物がいくつもあるが、冒険者が行きかっているせいか騒々しく、建物は少し薄汚れた印象を受ける。
「こんな所でも慣れてしまえば、恋しくなっちゃうのが悲しい冒険者の性だけどもね。」
そう言いながらヘルメスは懐から財布を取り出した。
「それじゃ、ここで宿をとって一泊するよ。今日はお疲れ様ってことで。」
こうして、初日の冒険は終わりを迎えた。
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