8.ダンジョン変動

「さーて! それじゃあ早速、ダンジョンに行こうか!」


 お嬢様達と合流を終えた後、軽く自己紹介をした後にヘルメスがそう言った。


「今日行くのは回廊でいいんだよね、リラーティナ嬢?」

「ええ、迷宮回廊で間違いありません。」


 迷宮回廊はここのギルドから一番近いダンジョンだ。

 名前の通り地下に続く回廊のダンジョンで、地図を持たずに行ったら迷うほど入り組んだダンジョンでもある。

 その構造的にも初心者には推奨されないダンジョンだ。


「なら、ここだ。」


 そう言ってヘルメスは足を止めた。

 そこには地下へと続く巨大な階段があった。ダンジョンというのは形式上、地下にできる場合が多い。だからこそ入り口が階段なのはよく見る。

 何人もの武器を持った人達が出入りしており、知らなくてもダンジョンという事は分かるだろう。


「回廊は巨大なダンジョンでね。入り口はここだけじゃない。現在発見されている限りでは三つの出入り口がある。」

「という事は、分散されててこの人の量なのか。」

「このダンジョンはファルクラムの中でも有名なダンジョンだからね。入り口がギルドに近いから人が多いってのはあるけど。」


 階段の周りには簡単な仕切りのようなものがあり、簡単には入れないようになっている。

 受付場の所で冒険者カードを出して通っている事から、冒険者以外が入れないようにしているのだろう。

 よくよく見てみれば結界も張ってある。


「リラーティナ嬢とアラヴティナ嬢は冒険者カードを持ってないけど、僕の付き添いで入れるように許可証を発行しているよ。」


 そう言ってヘルメスはポケットから二枚の紙を出した。


「アルス君は自分のカードを持ってるだろ?」

「そりゃ、持って来ない理由がないからな。」


 本来なら、十五歳になるまで冒険者にはなれない。それがギルドのルールだ。

 だけど俺はヘルメスが推薦してくれたという事で冒険者カードを持っている。

 想像以上に使いはしなかったが、シルード大陸出身の俺からしたら身分を証明できるものがあるだけで嬉しいというものだ。


「デメテルもアルス君も、ちょっとカード貸して。僕がまとめて受付を済ませるから。」


 俺もデメテルさんもカードを渡し、先陣を突っ切って受付の前にヘルメスが立つ。

 許可証とカードを持ちながら覗き込むように受付の女性の顔を覗き込む。


「君、可愛いね。ちょっと今は依頼中だから無理だけど、これが終わったら一緒に何か食べに行かない?」


 そう言った瞬間に手に握る許可証とカードをデメテルさんが奪い取り、ヘルメスの首を右手で締める。


「すみません、久しぶりに会ったものでこいつが馬鹿なのを忘れていました。通ってもよろしいでしょうか?」

「は、はい。カードの提示をお願いします。」


 デメテルさんは首が締められたヘルメスをダンジョンの方へ突き飛ばし、先へ行くように手でサインを出す。

 俺達はその言葉に従って、一足先に中へ入った。


「ケホッ! ケホッ! ……あいつ、相変わらず容赦ないなあ。」

「今のは全部お前が悪いだろ。」

「よく考えてみなよアルス君。世界中には数え切れない美女や美少女がいる。」


 ヘルメスはどこか芝居がかったような仕草で、腕を広げながらそう言った。


「なら! それを言葉で表さないのはもはや失礼だとも! 美しいものを美しいと言って何が悪い! これは僕に課せられた義務だ! なあアルス君!」

「……」

「俺を巻き込むんじゃねえヘルメス! ティルーナの俺を見る目がどんどん腐って来てんだよ!」


 ティルーナの冷ややかな目線が俺に刺さる。

 何をどう間違えてもヘルメスと同類に見られたくはない。確かに俺はクズだが、常識やルールは弁えた大人だ。


「なんだよアルス君、僕は知ってるぞ。僕だけは君の理解者だ。」

「むしろ、もう少しだけでも俺の事を理解して欲しかったよ……!」


 頭が痛い。アースやらエルディナやら頭のおかしい奴はいたが、ここまでは厄介じゃなかった。


「……ダンジョンの前ではお静かに。自分で患者は増やしたくはありませんので。」


 凛としたデメテルさんの声が響き、俺もヘルメスも動きを止める。

 その威圧感からは問答無用で従わねばならないような凄みがあり、俺達は言い合いを止める。

 そして俺達が話を止めたのを見て、デメテルさんが歩き始めた。


「無駄話をしていないで行くわよ、アルス。」

「……これ、俺が悪いんですか?」

「喧嘩両成敗よ。」


 解せぬ。






 ダンジョンの中をヘルメスの先導で進んでいく。

 万能の冒険者と呼ばれるだけあって、ヘルメスは一切迷わず、それこそまるで近所の道を通るようにダンジョンを進んでいく。

 そして道中にいる敵はというと。


「まあ、これぐらいなら相手にもならないわね。」

「ですね。」


 俺とお嬢様で片付けている。ティルーナは強化魔法やら結界とかでの支援が主だ。

 低階層だし、オリュンポスの二人は手を出さない。俺達でダンジョンを攻略して、その安全を確保するために二人がついて来てるわけだからな。


「ここは九階層だからね。リラーティナ嬢とアラヴティナ嬢の適正は11とか12ぐらい。特にアルス君は単身で20ぐらいまでなら潜れるだろうし、簡単さ。」

「と言っても油断はしないように。ダンジョンというのは魔物だけが危険性ではありません。」


 ヘルメスの言葉にデメテルさんがそう付け足した。

 ダンジョンは勿論、魔物が最大の脅威だ。深層に行けば行くほど魔力が濃くなり、それにしたがって強大な魔物が出てくるようになる。

 しかしそれだけを注意してれば良いかと言われれば、違うと言わざるをえない。


 例えばここ、いわゆる迷宮型と言われるダンジョンは単純に遭難する可能性が高い。異様に道が入り組んでおり、規則性はないため地図を持っていなければ間違いなく迷うからだ。

 後は凶悪なトラップや、時たまに起きるダンジョンの変動やら脅威は腐るほどある。

 これを本業にする冒険者は常に死と隣合わせにいるが、それ故に上位の冒険者は一般人では一生稼げないような大金を一日で稼ぐ事ができる。

 これが冒険者が減らない理由なわけだ。


「まあそうだねえ。トラップは僕がいるから安心していいけど、突発的なダンジョンの変動は僕でもどうしようもない。」

「すみません、ダンジョンの変動とはなんでしょうか?」

「おっとこれは失敬。冒険者じゃなければあんまり知らない事だったか。それじゃあ僭越ながら説明させて頂こう。」


 ティルーナの質問にそう言ってヘルメスは足を止める。

 そして縦に長い長方形を魔力で宙に描き、そして一番下の方に小さな丸を書く。


「この長方形をダンジョンだと思ってくれ。そして一番下にある丸っこいのがダンジョンコア。このコアがいわゆるダンジョンの心臓だと言っていい。」


 ダンジョンコアはダンジョンの心臓であり、それが壊れた瞬間にダンジョンは崩壊する、とされている。

 何故あやふやなのかと言うと、それを壊した奴がもう数千年いないからだ。

 それに最下層に普通はコアがあるから、壊しに行くことさえも一苦労。そもそもダンジョンは貴重な資源だから冒険者が壊す理由なんてない。


「このダンジョンコアは魔物を生み出したり、ダンジョンを拡張したりと色々なことをやってるんだけど、その内の一つがダンジョン変動だ。」


 宙に浮く長方形をヘルメスがぐちゃぐちゃにする。

 そしてぐちゃぐちゃになったそれは再び長方形となって元に戻った。


「こんな感じでダンジョンを崩した後に再形成するのがダンジョン変動。これのせいでダンジョンの構造が変化してしまうっていうのと、意図せず深層へ進んでしまうのが問題なんだ。」


 ダンジョン変動中はダンジョンが問答無用で再形成してるわけだから、土に埋まってそのまま事故死なんていうのもある。

 ダンジョン側も色々とノーリスクではできないのか、滅多に起きることはないが、それでも危険であることに変わりはない。


「ダンジョン変動時の生存率は0.01パーセント以下だ。もちろん僕たちが一緒にいれば生存率は高いだろうけど、死ぬ可能性は大いにある。」

「起こらない事を祈っていてください。ダンジョン変動は私も経験がありますが、流石に人を守りながらの生存は自信がありませんので。」


 デメテルさんの言葉は暗に足手まといと言っているようなものだ。

 しかし、恐らくはそれは事実だろう。だが、いつかはそれぐらいのピンチは乗り越えられるぐらいには強くならなくちゃならない。

 じゃないと、エルディナには勝てない。


「ま、本当に稀にしか起きないし。気にしなくていいさ。」


 そう言ってヘルメスは再び歩き始める。

 数歩進んだ辺りで手に持っていた地図をしまい、代わりに懐から短剣を抜く。


「それより今は、目の前のことだ。」


 俺たちは鉄の扉の前で、立ち止まった。

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