15.面会

 俺は体を光にする事ができる。だが光速を出せるかといったら話は別だ。

 そこまでスピードを出したら動体視力が追いつくはずがないし、光属性魔法の練度が足りないから元々そんなにスピードは出せない。だから速いことに変わりはないが、俺の力の追いつく範囲に過ぎない。

 それに、変身魔法は決して通常より強力な威力の魔法の行使はできない。あくまで体を魔法に変え、相手に攻撃しずらくさせるのと、高速戦闘を可能にさせる程度の力しかないのだ。

 いや、あるだけマシなのだが。


「アース殿下への面会を要求する。」

「……何を言っているんだ、君は。さっさと親御さんのところに帰りなさい。」


 王城の前の門で、門番を務める騎士にそう言われる。

 俺の年齢は未だ幼い。そう言われるのも無理はないだろう。

 しかし今は時間が惜しい。押し問答をする余裕などないし、あまりここでエネルギーを使いたくない。


「私はアルス・ウァクラート。あのリラーティナ公爵家の御息女であられるフィルラーナ様の副騎士である。」


 俺はそう言いながら一つの紋章を突き出す。

 俺の身分は正確には騎士見習い、正式な騎士ではない。だが騎士への内定は決まっている。

 そういうのを副騎士というのを俺はお嬢様から聞いていた。


「そ、それは!」

「これ以上の問答は必要か?我が主は王子が捕まったということを聞き、その簡易的な聞き取り調査を私へと依頼なされた。」


 俺が突き出したのはリラーティナ家の家紋がつけられたブローチ。

 これもお嬢様から貰っていたものだ。


「案内してもらうぞ。」

「し、しかしこのような子供が……」

「公爵家に喧嘩を売るつもりか。いくら王国直属の騎士であってもそれがただで済まないことはしっておろう。」

「ッ!!分かりました!直ぐに案内の者を呼んで参ります!少しお待ちください!」


 やっとその騎士が俺を公爵家の名代だと認識したのか王城の向こうにいき、誰かを呼びにいく。

 俺はそれを何も言わずに待つ。

 俺がここにいるのは、半ばなんとなくだ。なんとなく、アイツと話さなければならない気がした。

 後でどれだけの罪が課せられようとも、アースが理不尽に罰せられるという事実の重さに比べればあまりにも軽い。

 理不尽は否定されるべきだ。お母さんが殺されたような、理不尽は。


。」


 は、という言葉が出てきそうになるのを寸前で引っ込める。

 現れたのは騎士ではなく、おしとやかなメイドであった。その年は五十ほどであろう。恐らくはメイドとして上位の地位にいるのではないだろうか。それほどにその立ち振る舞いは洗練されていた。

 オリュンポスのクランにもメイドはいたが、あの時とはまた違う。

 あそこのメイドは完璧な所作をしていたが、この人は更に上。優雅さを兼ね備えたような立ち振る舞いをしていた。


「既にフィルラーナ様から要件は承っております。あまりにも早いご到着でしたので、対応が遅れてしまい申し訳ございません。殿下の部屋へとご案内します。」


 そう言って振り向き、そのメイドは歩き始める。俺は何も言わずに付いていく。

 アースは王族だ。捕まっているという情報さえ一般には知らされていない。ならば自室で軟禁されている辺りが妥当だろうと思っていたが、当たりだったようだ。


「アルス様も、第二学園の生徒でしたね。」


 少し歩いてからメイドの女性が突然話し始める。俺はビックリして一瞬返事に困ったが、冷静を装い直ぐに返事を返す。


「はい、殿下とは懇意にさせて頂いておりました。」

「……そうですか。」


 少し、ほんの少し。あまりにも一瞬だけ間があり、返事が返った。

 その顔には影を差していたような気もした。


「殿下の母親は幼少期に亡くなっておられます。そして今、陛下は外交のため数日は帰ってきません。」


 急にメイドは話し始める。

 どちらも初めて知った情報だ。特にアースの母親が死んでいることについて聞こうとしたが、その真剣な雰囲気を感じ取り、俺は聞くのをやめた。


「国内の貴族は元より弟君であるスカイ殿下を次の国王にするという意見が増えており、進んでアース殿下の味方をする者はおりません。」

「一体、何を……」


 メイドは立ち止まり、俺へと振り返る。

 その顔は至って真剣だが、どこか懇願するような顔をしているような気もした。


「ここが、アース殿下の自室で御座います。」


 部屋の前には騎士すらいない。逃げだしたらどうするのだろうと思ったが、恐らく魔道具が設置されているのだろう。

 更に言うならアース自身が拘束されている可能性が高い。


「どうか、殿下のことをよろしくお願い致します。」

「あなたは……」

「よろしくお願い致します。」


 深く深く、そのメイドは頭を下げる。その思いは間違いなく、親愛の情であった。まるで自分の子供を人に託すような思いの籠った言葉。しかし俺はその深い思いに返すほどの強い思いはなかった。

 その結果、俺は何も返すことができずにアースの部屋に入った。


「……よく来たな、アルス。」


 アースは手に本を待ちながら椅子に座っていた。

 王子の部屋というのにこの部屋は簡素だ。広さこそはあるが、それを活かせていると全く思えないほど家具が少なかった。


「俺様に……いやもういいか。」


 雰囲気が変わっていた。今までは自分を何かで塗り固め、仮面を作っていたような風だった。

 しかし今はその仮面は外れ、


「俺に何の用よ。」

「それが、お前の素か。」

「ああ、そーよ。俺ってば自分を偉そうに着飾る事でしか自信を持てなかったんだよ。」


 今までとは打って変わり、急に軽薄そうな雰囲気を強く感じるようなしゃべり方。そして着飾る必要がなくなるような状況になったと暗に言っている。まるですべてを諦めたかのような。


「もう、いーんだよ。頑張るのはやーめ。最初から何の意味もなかったんだ。後はもう、糞みたいな余生を過ごすだけ……いや、それも無理か。」

「お前……」


 話を聞きたくはなかった。だが、俺は聞かねばならなかった。何があったのか。一体、何を諦めたのか。


「さあ、話そーか。きっとこれで会うのは最後だ。一週間の付き合いとはいえ、俺は少しだけ救われたからな、お前に。」

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