16.必要はない
俺とアースは椅子に座って、しっかりと目を合わせ、アースがその口を開く。
「さて、どこから話そうか。俺がなぜ捕まったか、何故俺が抵抗をしないのか。アルス、お前はどこまで知っている?」
「大体は知ってる。弟殺しで捕まって、この部屋で軟禁されているって程度の事だがな。」
だが俺は納得がいかない。きっとアースが抵抗しないのも、何らかの方法で行動を制限されているからであろう。
俺はそう思ったからここに来たのだ。
「俺はお前が理不尽な目にあうのが納得がいかない。できればお前を助けたいとも思っている。」
これは本心だ。王子であるからこそ極刑にはならなくとも、相当重い罰がくだされるだろう。であるのなら、俺が黙っていられるはずがない。
「俺の母親は理不尽で死んだ。俺はもう二度とそんなのは見たくない。」
「……そうか。」
俺は決めたのだ。人々が幸せでいられるような、そんな魔法使いになるって。
いくら俺の正義が揺らいだところで、やるべきことだけは見失わない。
「なら、そんな事は気にしなくていいぜ。」
「あ?」
「俺は望むべくして終わるんだ。」
俺は頭が真っ白になった。
何を言っているのだ、こいつは。
「元々、俺は王の器じゃない。才能もなく、ただただ小賢しいだけ。それなら弟に王位を譲った方がいい。そのほうが国益に繋がる。」
「そんな理由で、冤罪を認めるのか?」
「ああ、そうさ。今回のは丁度良かった。今まで俺のくだらないプライドで踏ん切りがつかなかったけど、これで終わりだ。」
椅子にアースがもたれかかり、大きく息を吐く。
これから弟殺しでどんな刑罰がくだるかも分からない。もしかしたらこれから先、地獄のような人生を送るかもしれないというのに。
「じゃあ! お前の人生はどうなるんだよ! 国の幸せの為に、お前はどうなっても良いって言うのかよ!」
「最大幸福の為に、全体幸福を切り捨てる。いや、諦める。昨日も言われたろ。全員が幸せになる方法なんて存在しないんだ。結局は互いの幸福と幸福が衝突し、誰かが苦しみ、争いが起きる。俺一人の命でそれが免れるなら安いとは思わないか?」
確かにそれは正しいのかもしれない。
だけど、そんな事っていいのかよ。許していいのかよ。そんな風に考える俺は間違ってるのかよ。
「もしかしたら、もしかしたらあるかもしれないだろ。お前も助かって、それで弟に王位を譲って、みんなが幸せになれる方法がよ。」
「あのなあ、アルス。それは無理な話だぜ。俺が王位なんて望んでなくとも、勝手に話は進む。もしかしたら逆に弟が殺されるかもしれない。そんな下らない事を、どっちかが王になるまで続けるつもりか?」
なら、それを認めて、アースが苦しむ様をただ見ていろと。
糞食らえ。
そんなもん、認めてやるものか。
「まだ分かんねえだろ。やってもねえのに諦めんのかよ。」
「その諦めなかった行為の為に、何人が犠牲になる。何人を救える大金が動く。俺たちは王族だ。そんな希薄な可能性なんて追えねーよ。」
ああ、分かっているのだ。俺の言っていることに既に正当性はない。子供の癇癪のようなもの。
しかしそれでも、俺は――
「それに、だ。俺はもう疲れたんだ。休ませてくれ。それが俺の唯一の幸福だ。」
「こうふ、く?」
「ああ。お前が人を幸せにする魔法使いになりたいなら、俺の幸福を守ってくれよ。もう懲り懲りなんだ。ずっと他人を疑って生きるのも。期待だけして裏切られるのも。会ったこともない奴に暴言吐かれるのも。」
歯を強く噛む。手を握り締める。どっちも血が滝のように流れ出るんじゃないかってぐらい。目は飛び出すぐらいに強く、アースを睨みつけて。
何かで気を間際らさなければ、狂って死んでしまいそうな気がして。
「ふざ、ふざけるなよ。じゃあ、俺は、なんの――」
「さよならだぜ、アルス。中々楽しかった。たった一週間だったが、いやたった一日か。それでも学園生活は楽しかった。」
今すぐアースに飛びかかって首をしめて、アースが泣いて許しを乞うまで殴りたい。
それぐらい俺は頭が苦しかった。
俺は何をしたらいいのか、俺は何をするのが正しいのか、俺は、何故こんなにも弱いのか。その全てが許せなくて、分からなくて、クソ、駄目だ。
もう考えが落ち着かねえ。
「俺はもう幸せだ。だからお前はもう、何もしなくていい。」
ただ、一つ言えたのは。アースの言葉に、死ぬほど納得がいかなかったというだけ。
「お前が幸せって言うのなら!!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声で、俺は叫ぶ。
もはやこの言葉に論理はない。俺の積み立ててきた人生経験や自制心、道徳。その全てを捨てて。
それでも叫ぶ。
「何でお前は一度も笑わねえんだよ!!」
「……」
「楽しいならよ、幸せならよ、心の底から笑ってみろよ!!」
アースは助けを求めていない。それは心の底からだ。
自分の幸福と、クソみたいな色々な事を全部一纏めにして天秤に何度ものせて。それで、やっと、本心で諦めた。
だからこそ、俺が喋る事は一つもアースに響かない。
「ふざけんなよ! 俺にあの無力感を二度味わえと!? 冗談も大概にしろ!!」
ああ、確かにアースは死なないかもしれない。お母さんほどは仲も良くはない。
だが、それでも、俺はこいつと仲良くなっちまったんだ。ほんの一瞬だけでも、分かり合ってしまったんだ。
無理だ。こいつをそのまま見捨て、忘れろだなんて。
「……お願い、だよ。」
「……」
「戦って、くれよ。そしたら、俺も、迷いなくお前を助ける為に、命を賭けられる。」
歪んでるのかもしれない。
たった一週間の縁だ。ただ、俺にとってその縁は何より大切なんだ。友達になるのに、時間も理由もいらないだろ。
「……勝手にしろ。勝手に命でもいくらでも賭けてろ。ただ、それは俺にとって意味のない事でしかない。俺が苦しむだけだ。」
ああ、クソ。そうだよな、そう答えるに決まってる。
分かってた。分かってたけど、言わずにはいられなかった。俺の精神も体に引っ張られて、随分とガキになってしまったのかもしれない。
「帰れ、アルス。もう二度と会うことはない。お前は、お前の人生を生きろ。」
だけど、俺は――
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