13.拘束
あまりにも根本的過ぎて考えすらしなかった。体に影響されていたのか、あまりにも幼稚な発想だった。
人を幸せにしたいと言っておいて、俺はその意味をちゃんと理解していなかったのだ。
この世に絶対普遍の正義など存在しない。あるとしたらそれは大多数側の正義に他ならない。
この世は少数を切り捨てて多数を幸せにさせるようにできている。
ならば、俺の思う幸福とは正しいものなのだろうか。
少数側を俺の勝手な正義で裁き、そして俺が思うだけの幸福を実現させる。
それで、俺は胸を張って人を幸せにするような魔法使いと名乗れるのだろうか。
結局俺が成すのは自分勝手な正義だけで、その過程で多くの人間を苦しめるのではないのか。
誰だって誰かを殺したいという欲求は大なり小なり持っている。それを抑えられる奴もいれば、抑えられない奴もいる。
そうなれば殺人者と一般人は何が違う。
たまたま殺人の欲求が強かっただけの人間は、幸せになる権利がないというのか。
そもそもどの基準を持って俺達の正義が、それ程の正しさがあると言えるのか。
人を幸せにするために人を苦しめるというのは、本当に人を幸せにしているのか。
これがどこまでも分からない。
戦争だってそうだ。自分の国民を幸せにさせるために他国の人間を幸せじゃなくする。
それで俺はいいのか。
自分の知ってる幸福を守るために、自分の知らない幸福を踏みにじる。
それが許されていいのか。
もしかしたら、俺が逆の立場だったらそっちの味方についていたんじゃないのだろうか。
そう考えれば考えるほど、俺の目指していた幸福というものが一体なんなのか分からなくなる。
立場が変われば行動も変わるのが、本当の正しいことなのか。
絶対不変のルールのもと行動しなければ、それはあまりにも甘い覚悟と言わざるを得ないのではないか。
「……わっかんねえよ。」
俺は部屋でそう呟く。
この世界は日本と共通点が多く見られる。一週間が七日で、一年が三百六十五日だし、曜日感覚も異常なまでに一緒だ。
前にも言ったけど、やはり俺以外にも日本から転生してきたやつがいたんだろう。
兎も角、重要なのは今日が土曜日という事だ。
ガレウは部屋におらず、俺はただ昨日の男の言葉がずっと耳に残っていた。
「そういや、結局あいつは何だったんだろうな。」
だから、取り敢えず考えるのはやめだ。これはまだ、答えは出せない。
目の前の問題から考えるとしよう。
アースはあの後、騎士と一緒に何処かに行った。フランもそのまま帰ったし、あの男が何をしに来たのか分からない。
「折角だからフランに会いに行くか。」
昨日は色々と唖然としててあんまり話聞けてなかったんだよな。
俺はさっさと着替えて部屋を出る。
魔導部門でも武術部門でも寮は共用だ。一年生は寮の一階だからフランも一階にいるはずだろう。
「あ、フラン。」
「ぬ、アルスか。」
たまたまドアを開けたらそこにフランがいた。手には木刀があり、滝のように汗を流している。
今が昼頃だし、鍛錬をしてちょうど休憩するところだったのだろうか。
「何か用があるか?」
「いや、まあ用はある。昨日の事とかで話したいことがあってな。」
「そうか。」
フランは悩むような仕草を見せ、そして木刀の切っ先で軽く床を叩いた。
「折角だ。風呂に行こう。長話になるだろうしな。」
寮には共有浴場がある。
もちろん今は昼で人が少ないが、掃除する時以外は常に湯がはってある。
俺とフランはほとんど人のいない風呂に入っていた。
「それで、昨日のことだったな。」
「ああ、うん。そうだ。」
「俺も詳しいわけではない。大筋の流れはあの王子に聞いてはいるが。」
「んじゃあ、それでいいから教えてくれよ。」
流石に割と命がけで戦ったのに蚊帳の外は気持ちのいいものではない。
少しでもいいから情報を得たいし。
「いわく、何らかの団体に貴族が依頼したものらしい。元より弟を王子にという声が大きかったそうだ。」
「なるほど、兄を殺して弟を繰り上げようとしたのか。それで上手く弟に取り込めば地位が上がるかも、って感じか?」
「おおよそ、そうだろう。」
馬鹿なことだと思うけどな。貴族として失脚するというデメリットとメリットが釣り合っていない。
欲望に忠実なのは人間らしいと言えると思うが。
「そしてその依頼先は、裏組織の何でも屋らしい。」
「何でも屋?」
「合法、非合法含めて金さえもらえればなんでもやる。そういう奴らは特定の行動をしないから足を追えない。」
貴族が依頼する以上、大きな組織か。国でも簡単に潰せないぐらいには。
「そしてここからは俺の憶測だ。」
そう前置いて、フランは話し始める。
「弟は幼い。恐らくは関与していないだろう。」
「じゃあ貴族の暴走ってことか?」
「しかし、よくも考えてみろ。別にあの王子は馬鹿ではない。そこまでして嫌われる理由も、危険な行為をする理由もない。」
一理ある。だから単に襲った奴はもの凄く馬鹿なんだと思っていたが。
「単に馬鹿ならいい。ただ、そうでないなら組織の方から焚きつけてきた可能性もある。」
「……? 結局何が言いたいんだ?」
「その裏組織が、政治に関与したがっているという証左になるだろう。」
ああ、そうか。わざわざ危険を顧みず貴族に商談をもちかけたとなると、貴族でしかできないことをその組織が求めている可能性が高いのか。
「どちらにせよ、浅い問題ではなさそうだぞ。」
「……そんな気をかけられるほど仲良かったっけ。」
「ふむ、俺のは単に親切だと思うが。お前の方が異常だと思うぞ。」
異常? 俺のどこが異常だというのだ。
自分で言うのもなんだが、平凡を絵にかいた人間だと思っているけど。
「あの王子と知り合って、まだそんなに長くないだろう。だというのに命がけで戦っていた。」
「お前もそうだろうよ。」
「俺は違う。実力があったから出たのだ。」
いやまあ、そうだろうけど。俺が何でアースを助けたか、ねえ。
「それが俺の生き方なんだよ。人を幸せにする、いわゆる英雄みたいなのになりたいのさ。」
「……理解できないな。勝てない敵に挑んで無駄死にしてまで大切にする夢があるのか?」
「事実、お前が来たじゃねえか。」
「結果論だ。」
「いいんだよ、それで。やって後悔するのと、やらないで後悔するの。俺はやって後悔したいだけだ。」
肝心な何をやればいいのかっていうのが、今は揺らいでるわけだけども。
「そうか。」
「おうよ、というかそろそろ出ようぜ。のぼせてきた。」
「まだ入ったばかりだぞ。」
「うるせえ、のぼせやすい体質なんだ。」
王城、アースの自室。起きたことの報告のためにアースは王都の王城に戻り、自室で紅茶を飲んでくつろいでいた。
だが、一つだけ異常なことが一つ。
「……なんのマネだ、リードル侯爵。」
「殿下、申し訳ない。こちらとしてもこのような態度は取りたくなかったのだが。」
アースを武装した兵士が取り囲んでいた。
そしてその後ろに小太りの男性が一人。貴族の位の中でも上から二番、最高位である公爵が固定である以上、実質の貴族の頂点。
リードル侯爵家の現当主であった。
「あなたには今、弟君であるスカイ・フォン・グレゼリオン殿下の殺人容疑がかかっている。」
「なっ! どこにそんな証拠が!」
「スカイ殿下を襲った暗殺者が自白したのだ。私自身信じたくはなかった。王族同士で争うなどあり得てはならないのだから。」
もちろんアースは弟へと暗殺者を出してなどいない。
しかしそれを反論するには現当主であるリードル侯爵とまだ王子に過ぎないアースでは発言力に差がある。
「ならば、俺を襲ったあの殺し屋をどうやって説明する!」
「どうせ自分を被害者に装ったのだろう。怪我も自らでつけたものに違いない。証言ができるのはたった二人の平民のみ。金でいくらでも抱き込める。」
アースができるような反論なら既に侯爵も対策している。
この場の問答にもはや意味をなさない。この状況に辿り着いた時点でアースは詰んでいたのだ。
「さあ、大人しくついてきてもらおう。」
アースはこの時に、全てを諦めた。
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