12.少数幸福
お嬢様から一般常識を教えてもらった後、暇だから校庭に出てみればアースが襲われていた。
咄嗟に魔法を放ってアースを襲っていた男を吹き飛ばしたが、どうも仕留め切れた気がしない。
「……助かったぞ。」
「そういうのは完全に助かった後に言いな。」
俺は吹き飛んで地面に寝転んだままの男とアースの間に立つ。魔力は既に練り上げており、いつでも魔法が使える状況だ。
男は手を使わずに、足の力だけで立ち上がり俺を睨み付ける。その顔は嬉しそうに歪んでいた。
「いいねえ、いいぜ。殺すだけじゃつまらねえって思ってたんだ。」
その青い目が俺を射貫く。そしてだらんと脱力して姿勢を低く構えた。
「アルス、そいつは殺し屋だ。殺しても構わん。」
「おいおいアース、無茶言うなよ。」
俺は体の震えを抑えるようにして魔法を発現させる。
「精々足掻けよ。十秒は死期が遠ざかるかもよ。」
「そんな余裕ねえよ!」
爆発するように地面を蹴り、俺の目の前に男が飛んでくる。俺はそれを結界で防いだ。が、脆い。直ぐに壊れる。
それにこの余裕な表情。手加減してやがるな。
「アース、絶対に離れるなよ。お前が一人になったら殺される。」
「……分かった。」
俺とアースは同時に後退する。
そして今度は俺の体に魔力を通していく。
アルテミスさん曰く、俺の体は特殊体質らしい。魔力が生まれつき異常に多いせいか、魔力と体の親和性が高いせいか。兎も角、俺は自分の体を魔力に転じて魔法を使える。
だからこそ本来体に大きなダメージを与える『
「最初から、全力でいくぜ。」
体そのものを魔力に転じれば普通は魂が天に昇るが、俺は魔力そのものと魂がくっついている。
一種の魔力生命体に近い。そしてそれは、俺だけの魔法を可能とする。
「『
俺の体は砂に代わり、校庭の砂を巻き込みながら男の体を縛り付ける。
「ああ、分かるぜ。これは、面白い魔法だな。普通の人間にはできねえ魔法だ。賢神クラスの魔力量と精霊や悪魔みたいに魔力と結合できて使える魔法。」
砂の量はどんどんと増えていき、男を覆い尽くしていく。
「確かに人間では見たことがねえが、生憎とその魔法を使う奴なら殺したことがある。」
体をねじり砂を無理矢理吹き飛ばして、男は右手に魔力を集める。
「『
男が発現させた上りゆく風は俺ごと砂を吹き飛ばしていく。
それを見て俺は体を更に変える。相手が風を出すなら、それに影響されないようにすればいい。
「『雷化』」
体は雷に転じる。雷の速度となれば動体視力が追いつかない以上、そこまでのスピードは出せないが、それでも接近戦に十分な速さ。
そして何より――
「逃げるぜ、アース。」
俺はアースを抱え、そのまま逃げていく。
あいつと正面戦闘するにはまだ実力が足らな過ぎる。土でアースを包みこんで、俺は全力で駆けた。
「ああ、分かるぜ。その魔法、弱点がある。」
男の姿が消え、俺たちの目の前に現れる。
速い、今の俺よりも更に。
「魔法使いっていう体を使わないはずのポジションに、近接戦闘を強制させる。矛盾してるよなあ。」
剣ではなく、その拳で俺を殴り付けた。
いくら体を魔法に変えても魔法を剣で斬れたりするからこそ、決して俺は無敵ではないのだ。
「ガッ!!」
地面に叩きつけられ、魔法が解ける。
ヤバい、魔力が乱れた。魔法の発動ができない。
「それじゃあ、ゲームオーバーだ。お疲れさん。」
そう言って男はアースへと剣を振るった。
その瞬間。鉄と鉄がぶつかった音がした。
「なるほど。」
真正面から男の剣を防いだ、俺たちと同じぐらいの背丈の少年。黒き髪をたなびかせ、無骨な剣を握る。
俺はこの少年を知っていた。入学試験の日、俺に名を聞いた男。
「厄介な手合いだな。」
「フラン!」
フラン・アルクスであった。剣を両手で構え、男に向ける。
「アルス、こいつは敵でいいのだな?」
「……ああ。」
俺は痛みをこらえつつ体を起こし、そう頷く。ならばと、フランは更に体に力を込めた。
「殺しても、構わんな。」
「ヒ、ヒハハ。ああ、分かるぜ! お前強いな!」
男とフランは相対する。男が先に地面を蹴って剣を振るうが、フランは一切の動揺もなくその剣を受け流した。
男は幾度も攻撃をするがその悉くを受け流し、フランは冷静にその剣を弾く。
「どうした、反撃はしねえのか!」
「……なら、しようか。」
一瞬のタイミングを突いてフランの剣は男の手首を斬る。
手首からは血がどくどくと流れ出て、それを無感動に見ながらフランは再び構える。
「ああ、分かるぜ。これはすげえ剣術だ。なるほど、小賢しい技もこの域までくれば十分に厄介なわけだ。」
「……そうか。」
するとそう言って男は構えを解く。手首の傷からは煙が出て、徐々に治っている。
やはりこの男、普通じゃあない。
「このまま存分に楽しみたいところだが、目的はもう果たした。今度は全力でやろうぜ。」
目的はもう果たした?
アースを殺すことじゃないのか。アースを殺しに来る行為そのものに意味があるってことなのか。
「……待て。」
「おいおいどうしたよ。流石にこれ以上長引けば世界最強の魔女がやってきちまう。それとも、ここで殺されたいか?」
「なぜ、お前は人を殺す。今までにも、何人も殺してきたんだろ。」
単純な疑問だった。人を殺すという行為への疑問。俺はこれをこの男に聞かずにはいられなかった。
「んん、楽しいからだろ。」
「そんな、理由で? そんな理由で人を殺すのかよ。お前のせいで本来あるはずの幸せを奪われた人間もいるはずだ。」
「……ん、ああ。そういう話をしたいのか。」
男はため息を吐く。心底うんざりするような感じで俺に話し始める。
「ああ、分かるぜ。俺は何人も人を殺してきた。何人もの人間の幸福を奪っただろうよ。」
「じゃあ何で、お前らはそんな簡単に人を殺すんだよ。」
俺のお母さんを殺したみたいに、こいつらは人を殺すのだ。人の幸福をなんとも思わず、こいつらは人を殺すのだ。
それを許していいはずがない。
「それが、俺の幸せだからだ。」
「――」
「俺は人を殺すことが幸福だ。俺が人を殺さなくちゃあ俺が幸せになれない。どちらにせよ片方しか幸せになれないのなら、俺の幸福を追求するだけだ。」
どこまでも独善的で、あまりにも酷い暴論。しかし俺は反論できなかった。
「違うなんて言わせねえぜ。人が幸せになるために大多数の意見で、俺みたいな少数の幸福を奪う。結局どれだけ取り繕っても、お前らは誰かの幸せを奪って分配しているだけだ。」
口から言葉が出ない。俺の根幹が揺らぐ。
俺の人を幸せにするという夢が、揺らぐ。
「もう満足か? じゃあ、また会おうぜ。今度こそ、殺してやる。」
そう言って男は去った。
唖然として動けないままでいる俺を見て、アースが動き始める。
「……取り敢えず、寮に戻るぞ。フランと言ったか。貴様もだ。」
「ああ。俺も、なにが起きたかは知りたい。」
月はどこまでも世界を照らし、そこまでも残酷に時は流れていく。
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