11.暗殺

 遥か昔、神の支配の時が終わり神代が明け、新たな時代が始まった時。世界で最初の国が生まれた。

 それこそがグレゼリオン王国である。世界最古の国家として残り続け、現代にわたって三千年以上、世界最大の国家として名を残している。


 しかし、現代の教育を受けている人なら分かるはずだ。このような貴族制度が長続きするわけがないと。それは他ならぬ歴史が証明している。

 それでもグレゼリオン王国は現代に残り続けている。もはや呪いというほどの王国への忠誠を誓い続ける五つの家があるからだ。

 それこそが四大公爵家と王家である。


 最北の都市を管理するヴェルザード公爵家。

 最南の都市を管理するリラーティナ公爵家。

 最東の都市を管理するファルクラム公爵家。

 最西の都市を管理するアグラードル公爵家。


 この四大公爵家は代々王家に忠誠を誓い、決して裏切ることなく王国を守り続けてきた。

 だが、それよりも常軌を逸していたのはグレゼリオン王家であった。

 黄金の髪と目を持つ一族は常に王国のために行動をし、常に最善を探し続けてきた。まるで呪われたように狂気的に私欲よりも王国の利益のみを追求した。

 ある王は言った。『王国とは我が肉体である。』と。

 どこまでも自分のことのように完全な王国を追求してきた。ただ一度の例外もなく。



 ――故に、無能は忌み嫌われる。



 王族は優秀な人間が普通。そんな中で特に優秀な王を父に、才能がある弟を持った男が第一王子になれば特にその特徴は顕著に表れる。

 アース・フォン・グレゼリオンはそんな理由から、特に無能と蔑められた。

 騎士に、貴族に、平民に。あんなに父親は優秀なのに、弟は才能に溢れているのにと。


 生まれつきの魔力欠乏症はアースから魔法を奪い、魔力不足による身体能力の低下は健常な生活から遠ざけた。

 だからこそ、残る知恵のみをアースは磨き続けた。

 その結果アースは十歳にして王として活動するのに支障がないほどの知恵と能力を身に着けた。だが、頭が良いだけでは貴族は認めてくれない。人は認めてくれない。


 第一王子はカリスマが足りない。人を付き従える人格が足りない。

 第一王子は才覚が足りない。余裕がなく、謙虚になれない自己顕示欲が人をよせつけない。

 第一王子は、足りない。王としての力が。


 王子は自分を否定され、努力を否定され、そして自分を見失った。

 偉そうな言葉で自分を守り、俺様と自分を呼んで自身を鼓舞する。自分は愚かで無能だという意識が根底に根付き、優れた自分になりたいという自己矛盾の狭間で揺れ動く。

 無駄な知恵が余計に王子を苦しめ、深く、深く、アースを沈めていく。

 それは自分で気づいても、もう止められないぐらいに。


「……くそ。」


 アースは校舎の屋上で一人呟いた。

 生まれてから幾度も馬鹿にされて、期待されてこなかった。そんなアースでも勿論、ずっと味方がいないわけではなかった。

 子供の頃から一緒にいた侍従に、その努力を見た騎士に、才能溢れる弟に。きっとこれからだと、決して無能ではないと、自分なんかより凄いと。


 だが、誰も言ってはくれなかった。

 頑張れとも、諦めるなとも、才能があるとも言ってくれなかった。

 


 アルスもそうだった。自分に期待などせずに、自分を見下すように助けてあげるといった。

 アースにとってそれは屈辱に他ならない。


「やはり、友を作るのは無理か。」


 月を見ながら、アースはそう呟いた。

 アースの学園に来た理由。それは友人を作るためである。

 貴族や商人などが集まる第一学園ではなく、武闘派が集まり、身分を気にしない人が多い第二学園は貴族が信頼できる友人を作る場所とも言われている。

 生まれてから、一度も対等に見られた事がないアースにとってそれは僅かな希望だったのだ。

 だがこの一週間でそれがほぼ不可能だという事が既に分かっていた。生徒達はアースに近付きすらしない。

 それどころか、その目のほとんどは哀れみと侮蔑だった。友人など作れるはずがない。


「一学期で出ていくとするか。」


 元より淡い希望を抱いて入った学園、見限りをつけるのも当然早い。ただ疲れるだけの学園にアースが価値を感じなかっただけ。

 幸い、それが許されるぐらいの権力を持っていた。


「出るなら、早いほうがいいんじゃねーの?」


 宵闇の中に声が響く。若い男の声だ。

 アースはその顔を屋上への入り口に向けた。そこには一人の若い男がいた。真っ青な無造作に長く伸びた髪と、手に持つ簡素な剣。


「ああ、分かるぜ。力の持たねえお前は生きる価値はない。大いに分かる。だから俺が殺してやるよ。このつまらない人生から脱出させてやるから。」


 そう言って一歩ずつ男は近付いてくる。月光に照らされたそれは、アースにとって死神に見えていた。


「殺し屋かっ!」

「おいおい人聞き悪いな。こっちは嫌々やってるだけだぜ。」


 男は屋上へと繋がる唯一の出入り口を背にしてやってくる。つまり通常の逃走は不可能。

 ましてやアースが戦えるほどの弱い男が、暗殺者としてくるはずがない。八方塞がりとは正にこのことであろう。


「……仕方ないか。」

「あ?」


 アースは意を決したようにして背中から飛び降りる。

 校舎は三階建て。屋上から飛び降りれば生き残るかは賭け。しかしアースほどの貧弱な肉体ならば生き残れれば奇跡というレベル。


「普通ならな……!」


 王族ともなれば、その命は重要だ。もちろんだが護衛用の魔道具ぐらいもっている。

 アースは懐から一つの小型のナイフを取り出し、自分の指を軽く切る。するとそのナイフは輝き、アースを覆う程度の結界を展開する。


「チィッ!」


 結界はアースの体を守り、地面に叩きつけられる衝撃はなくなって無事に着地した。

 アースは大きく舌打ちをしながらナイフを捨てる。もうナイフに魔力は籠っておらず、さっきの結界は使えないからだ。


「ハハハハハ! ああ、分かるぜ。勇気がある奴はいい。そういう奴ほど殺したら気持ちがいいからな!」


 男は迷わず屋上から飛び降りる。アースもそれを見て走り始めた。

 その行動は一種の本能であった。どう考えても生身で屋上から飛び降りる奴から、体が弱いアースが逃げ切れるはずもないというのに。

 それでも本能が逃走を選択したのだ。


「だけどよ、すまねえな。」

「ッ!?」


 アースの足に剣が刺さる。

 槍とは違い、剣の投擲は大して刺さりはしない。刀身が太い上に、そういう事を想定して作ってはいないからだ。

 しかしこの男はいとも容易く投げた剣でアースの足を貫いてみせた。


「あんまり時間がねえんだ。長居するわけにはいかねえ。この魔道具も長持ちしねえからな。」


 そう言いながら男は胸元から石がぶら下げるネックレスを取り出した。

 この学園は賢神の第二席が管理している。策なしに入れば直ぐに見つかって殺されるだけ。そうなっていないということは、その魔道具がなんらかの方法でそれを阻害していることに他ならない。


「ああ、分かるぜ。死ぬのは怖いよな。だが安心しろよ。俺は物凄く楽しいからよ。」


 男はアースの口を押さえつけ、足から剣を引き抜き持ち上げて逆手で持つ。

 狙う場所は頭。刺されば間違いなく死に至るだろう。アースも勿論抵抗するが、振りほどけない。

 当然だ。体が弱いのもあるが、その身は未だ未成熟。成人した男を振りほどくことなどできはしない。


「じゃあ、死ね。」


 その刀身は真っ直ぐ振り下ろされ、アースの頭を貫く瞬間――


「『雷撃砲サンダーレーザー』」


 雷が男を飲み込む。そして二人以外にもう一人。真っ白な髪を持つ男。


「一体、どういうことだ?」


 アルス・ウァクラートが、ここにいた。

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