10.常識

 学園生活5日目。ある程度この生活にも慣れてきた。

 毎日、座学と魔法の練習をして知識と技術を身につけていく。この数日ではあるが、俺はこの学園に来て良かったと思えている。

 今までは本でしか学べなかった知識が人の口から、的確に学べるというのだから値千金と言えよう。

 長い社会人生活を経た今だからこそ、そのありがたみはより色濃く映る。


「はぁ。」


 俺は授業を終えた教室で大きくため息を吐いた。

 この問題はさっきのと別部分にある。単純にアースとあの話をしてから気まずい、というかアースが俺を避けているような気もする。


「気が乗らなそうだね、アルス。」

「んあ、ガレウか。」

「どうせ殿下のことだろうけどね。」


 いとも簡単にガレウに俺の思考は読み取られた。

 そんなに分かりやすかっただろうか。


「何かしたのかい?」

「……別に何かしたわけじゃねえさ。」


 そう、悪いことはしてない。そのはずだ。

 ただ困ってるんじゃないかって思って、俺を頼ってくれって言っただけ。だというのに妙に気まずい。


「想像はつくけどね。妙にアルスって面倒見がいい感じがするし、殿下に励ましの言葉をかけたんでしょ?」

「よく分かってんじゃねえか。実は見てたんじゃないだろうな。」

「あ、当たってたんだ。確信はなかったんだけどね。」


 俺は机に体を大きく倒す。

 精神的な疲労もあるが、やはり人付き合いは楽じゃないってことだ。

 よく小説とかで見る主人公ってのは、妙に聞き触りのことを言ったら急に全振りの信頼を置かれてたりするもんだが、現実ってのはうまくいかない。

 そもそも正解があるのかも分かりはしないのが、人の心だ。


「僕だっていきなり知り合った人に、頼ってくれなんて言われたら腹が立つだろうね。だって君はアース殿下の苦しみなんて分かりやしないだろ。」

「じゃあ、間違ってたってのかよ。」


 俺も微かにそう思ってはいた。あまりにも知り合って間もないのにデリケートな問題に踏み込み過ぎたと。

 話しているときはそうは思わなかったが、今はそう思う。


「いいや、僕はそうは思わない。」


しかしそんな思考を、他ならぬガレウが否定した。


「君は自分の信念に従った正しいことをした。だけど殿下も間違ったことはしていない。正しさとは人によって変わるものだからね。時にはぶつかることもある。」


 妙にその言葉には重みがあり、俺は納得してしまった。

 価値観や考え方は人によって異なるものだ。それを加味して行動をしなければならない。そういう意味では、やっぱり俺の考え方が甘かったのかもしれないけど。


「まあ、参考になったよ。ありがとな、ガレウ。」

「いやいや、僕は思ったことを言っただけだよ。感謝されるようなことはしてないさ。」


 とりあえずこの妙な居心地の悪さをどうにかしなくちゃな。アースの方が俺を避けている以上、どちらにせよなにかしらの話は必要だし。


「話は終わったかしら?」


 そうやってこれからの方針が決まりかけた時、お嬢様が機を見計らったようにして俺の机の所に来る。


「あ、すみません。待たせましたか?」

「ええ、待ったわ。さっさと行くわよアルス。」


 俺は直ぐに立って、そのまま教室から出ていくお嬢様についていく。


「じゃあガレウ、また後でな。」


 そう言ってそのまま教室を出る。

 それにしても、はて。何か今日やらなくてはいけない事があっただろうか。

 というか最近ずっとお嬢様にべったりだったティルーナ様がいない。何があったんだろう。


「貴方には常識が足りないわ。」

「うぐ……否定はしません。」


 授業でもよく感じるのだ。俺の知らないものをまさか知らないはずがないだろう、という風に授業が進んでいくのを。

 歴史とかだと特にその傾向が強い。


「だから毎週金曜日の放課後、一般常識を私が教える。いいわね?」

「……そりゃあ、構いませんけどティルーナ様がそんな事を許さないのでは?」


 ティルーナ様は絶対に俺を近付かせようとしない。だというのにマンツーマンで教えてもらうなんて許すとは思えない。


「だから、金曜日の放課後なのよ。あの子はこの時間帯、教会に行って回復魔法を教わっているの。」

「なるほど。まあ確かに回復魔法は学園でも練習できますけど、教会の方が効率がいいですからね。」


 教会では怪我人の手当てやらでお金を稼ぐのが普通だ。本職が沢山いるのもあるが、回復魔法を実際に試せる場というのはそれだけで貴重だろう。


「図書館で勉強するんですか?」

「そうよ。あそこは資料が沢山あるし、人にものを教えるのに都合がいいわ。」


 歩いてる方向が図書館だと気付いて聞いたら、やはり正しかったらしい。

 となると、アースがいる可能性が高い。アースは本が好きだからな。会いたいような、会いたくないような。


「……あれ、アースがいない。」

「本当ね。だけど、いてもいなくても変わらないでしょう。そこに座りなさい。」


 そう言ってお嬢様は適当な机の近くの椅子を指差す。俺は疑問に思いながら椅子に座る。

 アースは本の虫だ。教室でも本を読んでいる事が多いし、なにかとこの短期間で図書館に行くアースをよく見る。

 だから、いるかと思ったのだが。


「それじゃあ、本当に基本的な常識から教えるわよ。」


 そしてお嬢様はいくつか適当な本を抜いて、机を挟んで俺の向かい側に本を置きながら座る。 そして二冊の本を俺に渡す。


「片方は神話。この世界がどのように始まり、そして今のようにあるのか。もう片方は伝記であり童話。この世界で一番有名な話よ。」


 一冊の表紙には『創世神話』と書かれており、もう片方は『平凡な英雄記』と書かれている。


「平凡な英雄記は借り出して寮で読んでおきなさい。これはちょっと本格的なやつだから少し長いし、土日をかけてゆっくり読むといいわ。」

「じゃあ今日教えてくれるのは創世神話の方ですか?」

「その通りよ。」


 俺は取り敢えず平凡な英雄記は横の方にどけ、創世神話を手に取る。


「原初の始まり、全知全能の神がいたわ。それが世界を作り、人類を生み出したの。」

「神様、ですか。」


 日本生まれ日本育ちの俺にとって神様というのは馴染みが薄い。

 この世界には実際に神がいると信じられているらしいけど、今でも本当かと疑わずにはいられない。


「そう。その神様は全知全能を持っていたけれど、それを要らないと断じてその力を二つに分けた。そして全知全能の神は創造神へと名を改めて力を落とし、片割れの力はもう一柱の神である破壊神を生み出したわ。」

「じゃあ今でもその神様がいるっていう事なんですか?」

「いえ、違うわ。破壊神は全知全能の力を手に入れるために、創造神を殺したの。そして逆に破壊神は創造神によって封印された。相討ちの形となるわね。」


 いや、それだったらおかしくないか。

 だとしたら今この世界には神様がいない事になる。だというのに何故、こんなにも神が信仰されているんだ。


「そして、人の中から新たな神が生まれた。空位の全知全能の座を奪い取った人、それは支配神と呼ばれているわ。それが今、世界を見守る神ね。」

「人が神になったんですか。」


 人が神になるだけならまだあるが、人が主神になる神話となると聞いた事がない。


「そして支配神は新たな世界を創生して、この世界の土台ができた。ちなみに支配神が統治する前を神代、支配神が統治し始めてからを旧代と言うわ。」

「旧代、ですか? まるでまた一つ時代が変わったみたいな。」

「その通りよ。旧代から三千年後、今からおよそ数百年前。神によって世界のルールが大きく変えられたの。だから今は現代と呼ぶの。」


 へえ。地球の歴史よりかは割と興味がそそられるな。内容が現実感ないからってのもあるのだろうけど。


「それじゃあこれからその歴史を含めて教えていくから。準備はいいかしら?」

「もちろん。」


 どちらにせよ覚えなきゃならないしな。一般常識を学ぶってなんか嫌だがね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る