9.無能王子
何故か俺はそれ以上のことを聞けなかった。
共感するには俺とアースの環境は大きく違い、俺がいくら声をかけたところで魔法という自信がある俺の言葉は意味をなさない。
……いや、これは言い訳か。単になんと声をかければいいのか分からなかったのだ。
だけど、俺は知りたかった。無関係でいるのが、1番の罪だと信じたからだ。
「アース!」
「……何だ?」
1日の授業が全て終わった頃、一人で寮へと帰るアースを呼び止める。
声をかけるのにこんなに時間がかかったのは、俺の弱さ故だろう。
事実、アースの事情など俺が知っても意味がないという自分もいる。
だけど、もしも聞かないと後悔するかもしれない。俺は悩んだら取り敢えずやって後悔したい。そう思うのだ。
「何で、無能王子なんて呼ばれてるんだ?」
「……字面で想像せよ。なぜ本人に聞こうとする。」
「いや友達の話を他人から聞いて回るのは、失礼な気がして。」
たとえ本人から嫌われようと、本人のこと、特に悪い噂であるなら本人と話したい。
これは単に俺の性格だ。これのせいで嫌われることもあったのだが、やはり一度決まった性格は変えづらい。
「それに嫌なら別に答えなくてもいいぜ。俺もそこまで知りたいわけじゃねえし。」
「いや、構わん。教えてやろう。無知な民に知識を与えるのも王族の務めよ。」
アースはまるで他人事のように話し始める。
「アルス、現王を、俺様の父を知っているか?」
「いんや。」
「無知が過ぎるだろう。」
ノータイムでアースがそう返す。
いやだって知らねえんだもん。俺この国来たの一、二か月前だし。
「一言で言うなら天才だ。グレゼリオン王国の長い歴史の中でも、優秀な王だ。武術は優秀な騎士と並び、魔法は賢神の称号を得るほどに卓越している。」
「王様が、賢神ってそりゃあ……ヤバイな。」
魔法を学べば学ぶほど分かる。
少なくとも俺は、片手間では決して賢神には辿り着けない。
だというのに武術や王としての仕事をしている中で賢神へと至るなど、とても同じ人間だとは思えない。
「政策を打ち出せば必ず成功し、人を心地よくさせる巧みな話術を持ち、人に舐められないような武力もある。正に完璧な理想像としての王。そして、そんな優秀な王の第一子として生まれた。それが俺だ。」
その一言だけで、アースの人生を想像するのは容易かった。
そりゃあそうなるだろうな、と簡単に理解できる。
「魔力が生まれつき少な過ぎる魔力欠乏症に始まり、その弊害の生まれつき病弱な体。どれだけ努力しても自衛レベルの魔法すら身につけられず、小賢しい知恵を弄することしかできない。」
しかし、まだだ。ならばまだ、知力があるはずだ。
そもそも王の務めとは決して戦いではない。
「そして、弟が生まれた。」
「まさか……」
「そのまさかよ。我が父と同じく、弟は才能に溢れていた。頭も俺様より良く、もちろんの如く全てにおいて我の上を行った。」
一般家庭でも、弟の方が頭がいいと劣等感を感じたり、もしくは理不尽に怒られる人もいるだろう。
それが、よりによって王族で。しかもここまで酷い差があるとすれば、その苦痛は想像を絶する。
「ただでさえ人より不出来なだけでなく、弟と比べられればより俺様の無能さは目立つ。だから無能と言われるのだ。」
「……なら、何でお前は学園なんかに来たんだよ。」
より深く疑問が浮かぶ。
なぜ無能であると自覚しているなら、それがより色濃くうつる学園にきたのだ。
「それ以上のことを、俺様が言う必要はない。俺様が語ったのはそれが事実であり、知ろうと思ったら知れる内容であったからだ。」
そう言われたら、俺は何も言えない。
伝える気もないことを聞き出すには、俺たちはあまりにも互いを知らな過ぎる。
「……アース。お前にはいい迷惑かもしれねえけど、言っておくぜ。」
だとしても、言えることはある。何より俺の夢のためにも。
「俺は困っている人がいたら、死ぬ気で助ける。そういう生き方を選んだからだ。」
「そうか。」
「だから、困ってたら言え。助けられるなら助けたい。」
これは紛れもない俺の本心だ。
アースだからではなく、目の前で苦しんでいる奴がいるなら助けたい。
人を助けたいというこの気持ちが間違いであるはずがないのだから。
「お前に助けられることなどありはしない。俺様は王族だ。例え俺個人に力がなくとも権力でなんでもできる。」
「ひでえ言い分だな、おい。」
「それに貴様ごときが俺様を憐れむな。会って間もないお前が俺の全てを知った気になるのは、傲慢が過ぎるぞ。」
そう言ってアースは俺に背を向け、寮へと歩いていく。
俺は去り行くアースの背を見ながらポツリと言葉を零す。
「だから、知りたいんだよ。」
これから先の一年間、一緒にいる上でアースのことは知らなければならない。
何故か俺はそう思わずにはいれなかった。
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