9.運命に連れられて

 体が揺れる感覚で俺は薄く目を開ける。その次に声が聞こえ始める。男の声だ。最近よく聞く声。

 俺は眠気をこらえながら体を起こす。


「やっと起きたかい、アルス!」

「……どうしたんだ、こんな夜に。」


 今はどう考えても深夜だ。俺が宿屋に着いて寝た時には日がもう沈んでいたし、今もどう考えても朝のようには見えない。

 しかし目の前の男、ヘルメスのその真剣な表情から俺も無理矢理脳を動かしていく。


迷宮的暴走スタンピートだ! ダンジョンの魔物が溢れ出してきてる!」

「ダンジョンの魔物が!?」


 俺は一気に目が覚める。直ぐにベッドから出て、荷物の整理を始める。


「アルテミスはもう魔物の対処に行っている。だから君は南の方に仮設の避難所があるからそっちに逃げてくれ。人が集まっているから分かるはずだ。」

「ああ、いや、だけどいいのか?」

「確かに君は強いけど、ちょっと今回の魔物は強過ぎる。必要以上の戦闘はしない方がいい。戦うにしても避難所を守る程度に抑えておいてくれ。」

「分かった。」


 ここで妙に逆らって戦ったりはしない。

 俺より遥かに場数を踏んできたヘルメスがやめておけと言っているのだ。ならばそれに従うべきだろう。


「それじゃあ僕はもう行く。アルス君、無茶はするなよ。」


 その言葉を最後にヘルメスは部屋を出て行った。

 俺もその少し後に荷物を詰め終えたリュックを背負って部屋を出る。


「何でこんなことに……!」


 あのヘルメスが慌てるレベルのことだ。間違いなく沢山の人が死ぬ。

 どうして旅の一つも普通に終えられないんだよ。何でこんな最悪な事が立て続けに起きるんだ。






 進んでいく中で状況がそろそろ掴めてきた。

 どうやら暴走が起きたダンジョンは街の外。そこから数万もの魔物が溢れ出しているらしい。

 騎士を総動員しても対処できる数ではない。間違いなく魔物を殲滅するより早く街の中に入るだろう。


「落ち着いて移動してください! 順番に、押さないように!」


 避難所は教会だった。そこに雪崩のように人が流れ込む。

 それをシスターなどが必死に誘導しているが、魔物が街に来ていると言われて冷静なやつの方がおかしい。


「そういえばフィルラーナ様はどこに……」


 だが、俺は魔法を使えるからかまだ余裕があった。だからこそ俺は自分自身の依頼を思い出せた。

 護衛の騎士がついていたから大丈夫だろうけど、フィルラーナ様を守らなくてはならない。

 俺は見つからないだろうが、辺りの人の中からフィルラーナ様の姿を探し始めた。


「ここよ。」

「……え?」


 俺は背後から声がして思わず振り返る。

 そこには何故かフィルラーナ様がいた。


「なんで平民と混ざってここに!?」

「今はあなたを探していたのよ。」

「俺を?」


 見た感じ近くに護衛がいるようには見えない。

 一人で来たのか、こんな騒ぎの中。


「護衛を魔物の対処の方へ向かわせたから、戦力が足りないの。付いて来なさい。」

「なら、何で護衛を行かせたんですか。」

「……? 早期解決のために一番手っ取り早いでしょう?」


 その顔はそれが当然だと言わんばかりの顔であり、自分の行動の是非を疑いすらしていなかった。

 自分の安全より問題の解決を優先したのだ、この少女は。


「……分かりました。それで、具体的には俺は何すれば?」

「取り敢えずは私に付いて来なさい。話は移動しながらするわ。」


 フィルラーナ嬢は人の間を縫うように進んでいき、俺もそれに続く。避難所から少し離れた方へその足は向かっていく。


「まだ街の中に魔物の侵攻は始まってはいない。けれど、足の速い魔物の一部は既に街に来ている。空からの敵は『天弓』のアルテミスが撃ち落としているけども、地上にはまだ手が回っていない。」

「……ということは。」

「ええ、そう。逃げ遅れた人は既に魔物に襲われているわ。その救出に向かう。」

「流石にそれは無理がありますよ。いくらなんでもそのレベルの足の速さの魔物なんざ俺達が対処できる領域を越えてます。」

「それでも助かる人が一人でもいるなら、行くべきよ。」

「だけどそれで俺らが死んだら意味がないでしょうが。」


 行かないべきだ。あまりにも非合理が過ぎる。救えないものは救えないのだ。

 今はこの避難所付近の防衛をするのが一番大勢を救えるはずだろう。


「お兄ちゃん!」

「は、あ?」


 俺の方へ一人の小さな女の子が突っ込んでくる。それは昼間に会った、母親とはぐれていた少女。


「……またお母さんとはぐれたのか?」

「違うの! お父さんが、まだあっちにいるの!」

「ッ!?」


 俺はどうも見知った相手の不幸に弱い。そのせいで、前世死んだのだからそれは間違いないだろう。

 さっきまで行く気なんか全くなかったのに、もう俺の考えは違う方へ傾いている。


「戻ってなさい。お兄ちゃんがなんとかしてあげるから。」

「ほ、ほんと!?」

「ああ、本当だ。だから早く避難所に行きなさい。」

「うん!!」


 そう言って少女は走ってその場を去って行った。

 俺は嫌そうな顔でフィルラーナ嬢を見る。


「……行くってことでいいのかしら?」

「仕方なく、です。」


 ああ、もう。最悪だな、本当に。

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