10.運命の時
俺とフィルラーナ様は駆ける。
街灯が微かに道を照らし、警戒心を煽る。
いつどこから魔物が襲ってくるか、常に注意をしなければいけない。
「……フィルラーナ様までついてくる必要はなかったのに。」
「私が行くのは当然のことよ。貴族としての責務を果たす。それが私のやる事なのだから。」
しっかりし過ぎた子だ。とても十歳には見えない。あまりにも肝が座っているし、それに足る覚悟がある。
「なら、フィルラーナ様。ちょっと急ぎますよ。」
第一階位から第三階位の魔法は初歩だ。
ここは習得がかなり簡単で、逆に言えば第四階位以上の魔法からが本当の魔法使いの領域。
そう、この魔法のように。
「『
俺とフィルラーナ様の足元に土の足場が現れ、俺達を乗せて高速で移動を始める。
俺には体力がない。だからこそこういう移動手段はちゃんと練習していたのだ。
「第四階位魔法ね。確かにこれなら速いけど、魔力は保つの?」
「魔力量だけなんで、取り柄は。暴走したりしない限りは無くなりませんよ。」
魔力が足りない、と思った経験は俺にはない。
俺の魔力は人より何倍も多いのだ。そういう才能があったのか、転生した事が影響しているのか、どっちかは分からないけど。
「アルス、その魔法いくつ使えるの?」
「俺の並列起動の限界は三、有効距離は大体100メートルぐらいですね。」
「十分ね。」
視界に映るだけで十人以上の魔力が見える。避難所がある南の方向へ移動していることから逃げ遅れたと見ていいだろう。
「魔物はまだ見えないわね。ここは無視して進むわよ。ここぐらいの人なら逃げれるでしょうから、問題なのは領地内に入ってきた魔物。対処はそっちを優先するわ。異論はある?」
「ありませんよ。」
俺とフィルラーナ様は猛スピードで魔物がいる南の方へと進んでいく。
バランスを崩さない程度のスピードではあるが、十分な速さで土は俺達の体を運んでいた。
「感知しました。あっちの方に魔力を感じます。魔力量から大した魔物ではないでしょう。」
「なら行きましょう。できるだけ数は減らしておくに限るわ。」
魔物は危険度という分類で10に区分される。
中には害がない危険度0もいるが、生物分類上は魔物ではあるものの魔物扱いされない場合が多い。
それはさておき、危険度というもので冒険者達はこれが倒せるかどうかを判断するのが普通だ。
中には最高である危険度10を超える厄災級と呼ばれる魔物もいるが、こんなものそう出会うものではない。
そして基本的に魔物は魔力量と比例して危険度があがる。ならばそこから足が速い、この魔力量の魔物ということでかなり数が絞れる。
「恐らくは危険度2の
初見殺しの兎。決して攻撃力は高くなく、その後ろ脚で地面を蹴って進むという性質上直線でしか移動ができないという欠点を抱えている。
だが、速い。
見た目と体の魔力から弱いと勘違いさせたところを、自慢の足と角で刺し殺す。当たり所によっては即死しかねない。
俺もベルセルクと一緒に倒しに行ったこともあるが、大怪我をしそうになった事がある。
「倒すのに何秒必要?」
「数秒あれば。」
初見殺しと言われるだけあって対処法が明確にある。
一つは前にしか飛べないので後ろか、横に移動する事。二つ目は飛ぶより早く仕留める事。
「『
俺とフィルラーナ様は急接近しながら兎とすれ違い、すれ違った瞬間に兎は赤く弾けるように燃えた。
第三階位のこの魔法は燃やす魔法。シンプルが故に使いやすい。
「私も次から攻撃に参加するわ。さっさと殲滅するわよ。」
そうやって俺たちは次々と低級の魔物を倒していった。強い魔物の姿は見ない。きっとアルテミスさんが倒してくれているのだろう。
しかしいくら進みながら進んでも人の魔力を一切感じない。
「……おかしいですね。」
「ええ、人の魔力を一切感じない。これは流石におかしいわ。」
いくら
「死体は見ましたか?」
「いいえ、血すら見ていないわね。」
嫌な予感がする。俺の魔法の射程は最長で100メートルぐらいだ。だが探知なら1000メートルまでなら見れる。
しかし俺の目は人の魔力を一切見つけられない。これは俺たちを中心とした半径1000メートルに大型の生物はいないと言っているようなものだ。
流石にいくら何でもおかしい。
「一応周囲に気を配って……んん?」
そこでやっと人の魔力を感じた。範囲のギリギリ。魔力は明らかに少なく、怪我を負っているように感じる。
「人の魔力を見つけました。移動しますか?」
「……とりあえずはそうするしかなさそうね。」
俺とフィルラーナ様は即座に移動する。
動く土に乗っているからか案外早くその人の姿は見えた。中年ぐらいの見た目の男性だ。体からは多量の血が流れている。体中を満遍なく傷つけられていた。
その男は何かから逃げるかのように後ろを気にしながら走っていた。
「なっ、馬鹿野郎! こっちに来るんじゃねえ!
「見つかる?」
そしてその足を止め、男は大声でそう言った。俺は思わずその言葉を繰り返す。
俺たちは直ぐにその男が何から逃げていたのかを知ることとなる。
大きな足音が響く。まるで大地が揺れているようにも感じ、その辺りでやっとその魔力を見つけた。
「くそ、もう来やがったか! まだ間に合う、速く逃げろ! 丸呑みにされるぞ!」
男の声は耳に入らない。俺はただ一点を凝視して、身動きが取れなくなっていた。
なんだ、これは。こんな魔力を持った魔物、見たことがない。
「アルス、どうしたの! 何が見えているの! 教えなさい!」
俺が見たことある魔物は危険度5まで。危険度5は俺は倒せはしないが、それよりさらに上。危険度7か、いやもしかしたら8? どちらにせよ俺が敵う相手じゃない。
「グリ、フォン。」
大鷲の頭部に獅子の胴体を持つ化け物。巨大な両翼とその数メートルはあろう体の大きさは、正に魔物というものがどういうもなのかを如実に表している。
それが、一歩ずつ恐怖を煽るようにこちらに近付いていた。
「逃げ、ないと。」
勝てるわけがない。
相手は空を駆けるだけで竜巻を起こし、地を駆けるだけで大地を揺らす化け物。こんな街にいていい魔物じゃない。
危険度8の最強級の魔物の一角だぞ。大人ですら勝てるか怪しいこいつに、今の俺が勝てるはずがない。
「『
俺は反射的に魔法を唱える。大きく大地が流動し、俺を運ぼうとグリフォンの反対側へ動き始める。
そしてそこで初めて気付いた。さっきまで隣にいたはずの少女がいないことに。
「え?」
俺の視線の先にはグリフォンと逃げていた男の間に割って入るフィルラーナ様の姿があった。
「馬鹿、逃げろ嬢ちゃん!」
「逃げる、おかしなことを言うのね。逃げるのはあなたよ。私は貴方より強い。」
フィルラーナ様は手の平に火の玉を出す。
しかしそんなものグリフォンにとっては火遊びにもならないレベルのもの。どう考えても戦えるとは思えない。
「それに、貴族の令嬢たる私が目の前の民を見殺しにするなんて許されないわ。」
グリフォンはフィルラーナ様の目の前に立つ。そしてその大きな前足を振り上げた。
「それが貴族たるものの矜恃というやつよ。」
グリフォンの前足が勢いよく大地に落ちる。
それは一瞬、フィルラーナ様の周囲にあった結界によって阻まれるが、まるで水の中に手を入れるかのような容易さで壊れた。
そしてグリフォンは男ごとフィルラーナ様を吹き飛ばした。
「ァ、ガッ!」
恐らくグリフォンが手加減したのだろう。二人は生きていた。
おおよそ令嬢とは思えないほどの傷と声。しかしそれでも、彼女の目は死んでいなかった。
グリフォンはそんなフィルラーナ様にトドメを刺すべく、ゆっくりと近付いていく。
「なに、やってんだよ。」
それは自分に向けたものか、彼女に向けたものか。自分自身よく分からなかった。
ただ、その次に最初に思った事は『恥ずかしい』という一心だ。
俺は何をしている。俺より弱い少女が前に出て、恐怖に耐えて前に出たというのに俺は何をしていたのだ。だから母親すら守れなかったのだろう。
「また同じ失敗を繰り返すつもりか?」
いや、嫌だ。もう二度とあんな思いは嫌だ。
よく考えろ。世界中のみんながそうだ。家族を失う苦しみを誰かに味合わせる、そんな世界でいいのか?
俺は何をしたい。
考えろ、俺と彼女の違いを。
彼女には夢があった。俺にはなかった。それが一番の違いだろ。
何後回しにしてんだ。目標も夢もなく、環境に甘え続けて、このまま永遠に失敗し続けるのかよ。
「嫌だッ!」
もう、分かってんだろ。
俺は何をしたいか、どんな自分になりたいか。
自分の家族が死にそうな時、颯爽と助けてくれるような人に、人に幸福を与えられるような魔法使いになりたいんだろ。
だから、何度も人助けをして、そのために俺は死んだんだろうが。
「ァァァァアアアアアアアアア!!!」
奮い立たせろ。夢は既に決まった。
人を幸せにできるようなヒーローに、どんな逆境も跳ね返す人間に今なるんだ。
「『
鋭く放たれる鉛の砲弾はグリフォンの頭をぶち当たる。しかしそれは少し肌を焦がした程度で止まる。
俺は直ぐにリュックから鉛球を取り出す。
体が震える。喉が異様に乾く。それでも俺は今ここで、立たなくてはならなかった。
「おい化け物、俺が相手だぜ。」
俺が、今、救ってみせる。
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