第一章〜魔法使い見習いは夢想する〜
1.新たな地に
親が死んだということは経験がある。捨て子である俺にも義理の父がいた。
しかし、あの時の悲しさとはこれは別種だ。何を言えばいいのか分からない。言いようない後悔だけが不気味に俺を覆っていた。俺は何をすれば成功だったのだろう。それも、分からない。
ただ、だからと言って歩みを止めてはいけない。それをお母さんが望んでいないのは、分かるから。
俺は何のために生きているのだろう。俺はこれから何のために生きればいいのだろう。ずっとずっとその答えを探している。
取り敢えず生きるとは決めたが、その理由が、ずっと見つからない。
だからグレゼリオン王国に辿り着くまでの最中、船に揺られながら思った。
演じよう。そうすれば何かが見える気がした。未だお母さんが生きていた、強く元気だった自分を演じよう。
今の弱い俺なら無理だけど、あの時の自分なら何がやりたいかを見つけられる気がした。
だから今日も、自分を偽り続ける。
俺は船に乗ってシルード大陸から出た。
シルード大陸は無法の地であり、他の大陸に直通の船はなかった。だからいくつかの孤島を挟んで乗り換えながら目的地へと向かうこととなった。
お金はかかったが、ベルセルクから当分は暮らしに困らないぐらいにはお金を貰っていたので問題はなかった。
あの無法の地ではお金なんて使わないだろうし、これは親父のお金とかだと思うけど。
どちらにせよ、金があるのはありがたい。一文無しで、まだ十歳となればやれることもないというものだ。
「ここが、グレゼリオン王国か。」
そんなわけで、俺はやっと辿り着いた。
グレゼリオン王国の最南の街、リラーティナ領にだ。ここは港であるのにも拘わらず、集落より遥かに多い人がいる。かなり栄えた街なのだろう。
俺は初めて都市と言える街を見たが、文明レベルはそこそこと言った風な感じがする。
というか元より魔法で色々なことがまかなえる世界だから、エネルギー的な問題においては地球より優れている。
だけど科学ほど発達はしておらず、ビルと言えるほど高い建物もない。
「……取り敢えず、冒険者ギルドに行くか。」
俺はそう言って歩き始める。
荷物は殆どリュックの中に入れていた。着替えや生活用品だとかお金だとか。この小さな体では少し重い。
俺の目的地、つまりは魔法を学べる場所。もっと分かりやすく言うなら学園という場所はここにはない。ここから更に北東の方へ向かわねばならない。そのためにはお金が少しばかり足りないし、何より食料の調達は必須だ。
その為に冒険者ギルドに行くわけだ。
冒険者ギルドという場所は、いわゆる何でも屋であると同時に魔石買取機関でもある。
確かに依頼は出たりするが、それは信頼度が高い有名な冒険者が腕っ節が必要な類のみを受けるという形だ。
犬探しだとか薬草取りとかの依頼はない。
じゃあ普通の冒険者はどうやって稼ぐと言うならさっき言った魔石の買取だ。
魔物の心臓部である魔石をエネルギー資源として使えるから、それを一手に買い取って引き受けるのが冒険者ギルドだ。
魔石の管理を世界各国から一任されるほどの大手であり、その分国との癒着も大きい。公的機関半分、民間機関半分という感じだ。
ここまでが俺がベルセルクから聞いた内容である本当かどうかは知らないが、多分間違ってないと思う。
少し歩いて行ったところで、人の出入りが激しい建物が見えてきた。その建物はドアが開けっ放しになっており、武器を持つ人達が出入りしている。
着いた時に地図を貰ったし、恐らくここが冒険者ギルドで間違いないはずだ。
「……酒くさいな。」
冒険者ギルドに入った瞬間、酒のにおいが鼻につく。よくよく見てみれば酒場と冒険者ギルドが一緒になっているらしい。
俺は受付の中、その中でも空いている受付に行く。男性の職員のところが一番空いていた。
というか女性職員の列のところの方が人が明らかに多い。銀行みたいに番号制じゃないからかね、自分の思うままに並ぶのだろう。
「登録をしに来ました。」
「……えーと、それではこの書類への記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「いえ、大丈夫です。」
冒険者ギルドのいいところは個人情報を記入して、誓約書を書いたら直ぐになれる事だ。魔石を売るのに登録が必要なだけだから、そこまで個人の情報を重要視していないのだろう。
俺は差し出された紙にそこら辺にあるペンを取ってササっと書いていく。
必須なのは年齢、性別、種族。任意なのが戦い方だとか住所だとかそういうの。取り敢えず書くのは面倒くさいし必須欄の方だけ埋める。
「はい……すいません、成人していない方の登録には推薦状がなければなれない規則があるのです。」
「え、そうなんですか。」
え、マジで。おいベルセルクはそんな事言ってなかったぞ。
ここで金が手に入らなかったら詰むんだが。シルード大陸に戻れる金もないってのに。
「なんとか、なりませんかね。」
「すいません、規則ですので。成人の十五歳に満ていない方を登録する事はできません。」
俺は落胆して肩を落とす。
俺はまだ十歳だからあと五歳。流石になんとかできる年数じゃない。バイトとかしてなんとかするか? いや、それも厳しいだろうしな。
「なら、僕が推薦してやるよ。」
あたふたしていると俺の頭が掴まれ、男の声が聞こえた。俺の後ろに立っているのはわかるが、手が邪魔で振り返れない。
誰だよお前、と思って抵抗するが、力が強くて振り解けない。
「それならいいだろ。」
「ヘ、ヘルメス様!?」
俺の頭を抑えつけている男はヘルメスというらしい。驚くという事はそこそこの有名人でもあるのだろう。
「ヘルメス様の知り合いなので?」
「いいや、今初めて会った。」
「……ヘルメス様、お分かりでしょう。実力がないものが冒険者になるのがいかに危険なことか。更に言うなら責任を取れる成人からと成人未満では大きな差があります。」
受付の人はそれでも拒む。
単に規則であるというのもあるが、心配という意味合いも大きいのだろう。
「ああ知ってる。要は危険だし、責任も取れない未成年は冒険者にしたくないってわけだ。」
「分かっているのなら何故。」
「こいつは十分に強い。魔力を見れば分かる。それにこいつの目だ。既に魔物を何度も殺しただけじゃなく、死線を潜り抜けた目をしている。」
「そんな不確定な証拠では納得できません。」
「ああ、そうだろうね。ならばこうしよう。クラン『オリュンポス』がこいつの活動を全面的に支援する。要は引き抜きだ。」
「なっ!」
受付が驚いたように声をあげる。それだけじゃない。ギルドの中がざわめき始める。
「それなら、問題ないだろ?」
「……はい。ならば銀貨一枚の登録料をお支払いください。」
「僕が払おう。」
そう言って銀色の丸い硬貨をカウンターに投げた。受付の人はため息を吐きながら銀貨を取り、そして書類をカウンターに置く。
「それではアルス様。誓約書にサインを。」
「あ、はい。」
やっと置かれていた手が外れ、俺は誓約書にサインを書く。
そしてその紙は直ぐに回収され、その代わりに一枚のカードが出される。よくあるクレジットカードぐらいの大きさだ。
「冒険者カードです。説明は……」
「ああ、クランでしておく。」
「それではこれで登録終了です。何かご不明な点がございましたらお気軽にお尋ねください。」
俺の後ろに立っている男は振り返り、そのまま冒険者ギルドを出ていく。俺も冒険者カードを取ってそれに少し遅れて着いて行った。
取り敢えずは状況が飲み込めないから色々聞かなければなるまい。
「あの」
俺は歩いていく男に呼びかけるが、返事はない。
そのままギルドを出て少し歩いて行き、立ち止まれるぐらいには人が密集していない場所で止まって振り返る。
緑色の髪と緑色の目。頭には帽子を被り、武器とかを持っている感じはしない。その服は色々な物を仕舞えるようにポケットが沢山付いており、顔は敵意をあまり感じさせない優しげな顔だ。
「さて、色々と説明をしようか。」
「……すいません、敬語使うのやめていいですか?」
「え、あれ。そんなに直ぐに信用なくす事した?」
相手は年上だ。身長と顔付き的には二十代後半ぐらいじゃなかろうか。
しかし、個人的には色々と納得できない部分がある。
「いや、単純にうさんくさい。」
「それみんなに言われるんだけどね、僕ほど清廉潔白で礼儀正しい男はいないよ?」
「……フッ。」
「鼻で笑った!?」
そもそも名乗りもせずに勝手に推薦して、勝手に手続きを進めるなという話だ。その時点で常識が足りていない。
結果的にはありがたいが、こちらとしても警戒せざるをえない。
「まあ別にどっちでもいいけどね。そもそも冒険者で敬語を使う方が珍しい。」
「そうなのか。なら遠慮なく。」
「随分と肝が座っているね、君。一応僕は高位の冒険者なんだけどな。もっと敬っていいと思うよ?」
「じゃあ涙を流しながら崇められた方がいいと?」
「極端過ぎない?」
俺はこいつの目的がよく分からない。だからそれまでは少なくとも信用できない。
裏道とか入るなら兎も角まだここは人通りがある。そんな派手に何かやってきたりはしないはずだが。
「……気を取り直して、自己紹介といこうか。僕はヘルメス。クラン『オリュンポス』に所属するメンバーの一人。ポジションとしては中衛、かな? どうぞよろしく。」
「よろしくするかどうかは分からないけど、俺の名はアルス。アルス・ウァクラートだ。魔法使い、見習いだな。」
一瞬、魔法使いを名乗ろうとするがやめる。
まだ俺は自分の魔法に自信がないし満足もしていない。だからまだ見習いでいい。変にレベルをあげるのも意味がないことだ。
「それで、どういうことだ?」
「どういうことって?」
「とぼけるなよ、何で俺を推薦したのかってことだ。」
「将来有望そうな若い人を助けるのもベテランの仕事の一つってもんさ。その魔力を見たらそこらの魔物ぐらいなら簡単に倒せるだろうしね。」
違う。俺は少なくともこいつがそういう考えで推薦するような人間とは思えない。どうも計算高い人間に見えてならないのだ。
「嘘だな。」
「……ま、そうだね。」
思ったよりヘルメスが早く嘘というのを認めて、俺は若干拍子抜けする。
「ほら、さっきも言った通りさ。僕は君をクランにスカウトしに来たんだよ。」
「俺はそんなに強くないぞ。」
「今はね。だけど君はいずれ強くなる。僕の冒険者としての勘がそう言ってるのさ。」
「うさんくせえ……」
「ハハハ、だけどこれは本当だよ。それにその年で冒険者になりたいって事は特別な事情があるんだろ。どう見てもお遊びで来たようには見えない。そんな人を助けるのは、僕のクランの方針に合致する。」
うさんくさい。しかし、頼れる相手が今はいないというのも事実だ。
さっきの冒険者達の反応からして結構有名な冒険者なのだろう。俺を害するような事はしてこないはずだ。
「ま、付いて来なよ。クランハウスに案内しよう。気になる事も沢山あるだろうしね。全部そこで説明するよ。」
「……分かった。」
そう言われて俺はヘルメスについていった。
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