2.オリュンポス
ヘルメスに案内されて、一つの大きな家に着く。意外と、というか当然か、ギルドの近くにこの建物はあった。
クランっていうのはまだよく分からないが、恐らくは冒険者同士のグループみたいなものなのだろう。ならばギルドの近くにあるのが道理である。
「到着。ここが僕達のクランハウスさ。」
「随分と豪華だな。貴族の屋敷みたいだ。」
「まあね。低位の貴族の屋敷ぐらいの大きさはあるとはこちらも自負しているよ。」
全体的な構造としては物凄く広い庭に大きな屋敷が建っている、という感じだ。外には塀があり、開けっ放しの門が建っている。一応の防犯設備というやつだろうか。
そう考えている俺を尻目にして、ヘルメスは敷地内に入っていく。
「おい、ヘルメス。その子供はなんだ。」
俺たちが屋敷に向かって歩いていると、一人の弓を持った女性がくる。
木の葉のような深い緑色の長い髪と鋭い目、平均的な身長と異様に整った顔。なによりその人とは違う耳の形が俺の目を引いた。
「新しいクランメンバー候補だよ。」
「……ふむ。だがヘルメス、この子供はまだ弱いぞ。このクランに入れるのは早すぎないか?」
女性は俺の顔を覗き込むように見て、俺は少し照れてしまって後ずさる。
俺は生まれてから女性は母親以外とは接したことがないのだ。女性に対する免疫がないのは当然といえよう。
それに物凄くこの人綺麗だし。
「先約投資というやつさ。優れた人間は石の中からダイヤをも見つけるものだよ。」
「お前が優れた人間というのは疑わしいが、まあ一理あるな。」
というか当然のように話を進めるが俺はクランに入るなど一言も言っていないぞ。変なコースに乗せられてないだろうか。
「その子供の名前はなんだ。」
「アルスだよ、アルス・ウァクラート。」
「ほう。なるほどな……おい、アルス。」
「あ、はい。」
俺をジッと女性が見る。それに気圧されて俺は更に少し下がった。
「ダメだな。こいつには夢がない。目標がない。そこそこの人間になってそのまま死ぬだけだ。」
「……手厳しいねえ。」
そう言って女性は通り過ぎていき、門を通って外に出ていった。
「気にしないでくれよアルス君。彼女、アルテミスは大体の人間を認めない。僕も認められてないんだから同じさ。」
「ヘルメスと同格ってのは気に入らないけどね。」
「だから何でそんなに風当たり強いの?」
そんな事を言い合いながら俺達は屋敷に入った。
そういやさっきの人、多分エルフだよな。俺はエルフに会った事がないから、そこら辺をちょっと聞いてみたい。
「おや、ヘルメス様。お帰りなさいませ。随分と早いですね。」
すると屋敷にはまた、一人の女性がいた。
メイド服を着た女性だ。美しい黄色の髪が腰まで伸びている。その作法、立ち振る舞いからして正にメイドといった感じの女性だ。
「いやあ、いい拾い物をしてね。」
「勝手に人を物扱いするな。」
メイドは顔の表情を全く変えず、首を傾げる。というか感情の起伏が薄い。人形みたいな印象を抱く。
「という事は、捨て子とかそういう類でしょうか?」
「いいや、旅の少年だとも。」
そう言いながらヘルメスは歩いて俺の前に立ち、俺と向かい合う。
「まあ、それよりも先に説明というやつだ。アテナ、取り敢えずはクランについてアルスに説明してくれ。」
「……はい、かしこまりました。」
アテナと呼ばれた少女は少し前に出る。
「アルス様、お初にお目にかかります。私はこのクランの事務や雑務などを担当するアテナと言います。以後お見知り置きを。」
「ああ、はい。ご丁寧にありがとうございます。アルス・ウァクラートです。」
メイドさんが頭を下げたので俺も反射的に頭を下げる。
ここら辺は日本人のサガという奴だろうか。頭を下げる癖が未だに残っている。
「さて、簡易にではありますがクランについて説明させて頂きます。そもそもクランとは冒険者という不安定な職業を安全に行うために作られたものです。クランに所属する分稼いだお金の一部はクランに取られますが、その代わりにいざという時にクランからの支援を受けられます。例えば大怪我をして、しばらくは働けない時にはクランから生活費などが支給されます。要は不安定な職業を少しでも安定に寄らせる事ができるという事ですね。」
なるほど。福利厚生もあったもんじゃないからな、冒険者は。体が資本な以上、何かしらをバックに置きたいというのは当然の考えだろう。
「そして、そのクランの中にも良し悪しがございます。規模や人員の質、全体としての戦闘能力など。もちろん良いクランであればあるほど、ギルドとの協力関係も円滑に進みますし、クランを指名しての依頼も出ることがあります。」
「そして、その中でも上位のクランがある。ギルドと密接な関係にあって、国の依頼をも託されるほどの大規模クラン。その中の一つが、ここ『オリュンポス』というわけだ。」
国からの、依頼。そんなに凄い所だったのかここ。
「ならますます分からないぞ、ヘルメス。俺を勧誘するようなクランじゃないだろ。」
「いいや、そんな事はない。オリュンポスにはたった十三人しかメンバーがいないからね。人は多いに越した事はない。」
それが既におかしい話だ。
上位クランとかいうレベルならば人材なんて選り取り見取りというものだろう。人員不足なんて有り得ない。
「そして何よりこのクランに入る条件として、何かしらの理由で人生に行き詰まった者である必要がある。」
「……おかしな条件だな。」
「ああ、僕もおかしいと思う。だけどマスターがそう定めたからね。後、増えすぎたら面倒くさいって。」
どうやら、マスターもまともではないらしい。
「元々が職が見つからなかった孤児で集まって作ったクランだからね。そういう人を助けるのがクランの本懐なわけさ。実際、君も助かっただろう?」
「まあ、最終的にはそうだけど。そもそも俺のどこが人生に行き詰まっていると判断したんだお前は。」
「シルード大陸から一人で出てくるやつが、まともだとは思えないだろ。しかもまだ成人もしていない子供なんだからさ。」
……言ったか、俺がシルード大陸の出身だって。
「不思議そうだね。いや、だけどこれ程大規模なクランになると勝手に情報が入ってくる。シルード大陸にいる奴らは全員危険人物ってイメージが強いから、そういう情報は来るわけだ。間違ってるかい?」
「……間違ってねえよ。まあ確かに父親は生まれた時には死んでたし、母親はつい最近ぶっ殺されてついでに右腕もなくなるなんてオンパレードだったがな。」
「ま、そんなわけで。これ以上の問答が必要かい?」
つまりはあっちは慈善事業でやってるってわけね。まあよくやるよ、本当に。
「まあ普通ならこのクランが運営している孤児院に送るんだけど、君は別格だからね。その魔力量は既に子供の域を抜けている。」
「そうかよ。」
「で、入る?別に入らないんだったらそれでいい。君には何か目的があるみたいだし、断られたからって急に見捨てたりはしないさ。」
都合が良すぎるって事以外は、断る理由はない。もはや仕組まれるんじゃないかってぐらい上手くいっているわけだからな。
「……答えは保留だ。取り敢えず絶対に行かなくちゃいけない所がある。」
「うん、まあそれはいいけど。行かなくちゃいけない所って?」
「グレゼリオン王国の最東の都、ファルクラム領。正確に言うならそこにある魔導学園に用がある。」
招待状もあるし、取り敢えずはそこに向かう。そうしたら何かが見えるかもしれない。俺はそう思っているのだ。
「なら、少なくともそれまでの間まではオリュンポスが君をバックアップすると約束しよう。任せたまえ、僕達は弱い者の味方だ。」
「……うさんくせえ。」
「別にいいだろ、そんなこと!」
どこか自分に都合が良すぎて腑に落ちない自分がいた。
人をもっと簡単に信じられたら良かったのに。やっぱり性格がひん曲がっているらしい。
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