8.生きる
俺の頭をなおも踏み続ける男と、ベルセルクが相対する。
狼はベルセルクの姿を見て怯えたようにして一目散に逃げていった。
「お前は、ベルセルクッ!」
「……今日はもう帰りな。今ならまだ許してやるよ。」
ベルセルクは諭すようにそう言った。男の笑みは引きつったが、未だに余裕の表情は消えない。
「例え『戦場の悪魔』と呼ばれる貴様でも、人質がいればどうしようもあるまい。」
そう言って男は俺の頭を更に強く踏む。頭から血が流れ始める。
「それに私の目的は奴の家族を皆殺しにすることだ。私の生死などどうでもいい。どう考えても私がこのガキを殺す方が早い。もう遅いんだよ、ベルセルクゥ!」
「……試してみるか?」
「は?」
「俺がお前を殺すのが早いか、それともお前がアルスを殺すのが早いか。」
ベルセルクは姿勢を低くする。そしてその姿が一瞬で掻き消える。
「え?」
風が吹き荒れ、俺の頭にかかる圧力が消える。そして首がなくなった男の死体が地面にドサッと倒れた。
「再生力と生命力に関しては他種族の追従を許さない。そんな吸血種でも弱点はある。」
ベルセルクはそう言って手の中にある頭を握りつぶした。
「頭を潰せば死ぬってことだ。」
あまりにも簡潔に述べた暴論。だが、今はそれが逆に安心する。
俺は瞼が重くなるのを感じ、抗うこともできずに意識を失った。
あの後、俺は1日の間ずっと寝ていたらしい。
起きた頃には俺の右腕はなく、あれが夢ではなかったということを分かりやすく教えてくれた。
家は焼け落ち、お母さんの死体はお父さんの墓に一緒に埋葬された。そして俺はその墓の前にいた。
「……は、ハハハ。」
大切な人を守れる魔法使いに、俺はなりたかった。それは嘘偽りのない真実だ。
前世、山に捨てられて本当の親を知らなかった俺にとって、家族とはそれほど大事なものだったんだ。
「クソが、よ。どの口が言ってんだゴミが! 結局肝心な時に何にもできなかったくせに! 子供という立場にあぐらをかいて楽して通った末路がこれだ!」
できた事は沢山あったはずだ。
もっと死に物狂いで魔法を勉強していれば、もっと外からの敵に警戒していれば、もっと安全な場所に移動していれば。
もしかしたら、お母さんを救えたかもしれないのに。
「お前が何をできた! お前が何をした! 何もできなかったからここに立ってんだろうが!」
魔法は万能の物だと思っていた。魔法は美しい神秘だと思っていた。
違う、魔法は道具だ。使い手によって形を変える。悪人の手に渡れば殺戮兵器と化す。それが魔法だ。
俺は魔法に憧れしか抱けなかった。そんなものが存在する世界が、安全なはずがないという事に気付けなかった。
「クソが……」
後悔と行き場を失った怒りが、俺を支配していた。
何のためだ。何のための二度目の命だ。
こんなに苦しい思いをしながら、何で二回目の人生を生きなくちゃいけない。俺はもう、何のために生きればいいんだよ。
「アルス」
「……ベルセルク。」
人狼の大男がのっそりとこっちに来て、墓の前に座る。そして手に持つ酒を墓石にかけ始めた。
「随分と酷え顔じゃねえか。」
「……逆に、普通でいられると?」
「ハハッ、違いねえ。」
空になった酒瓶を墓石の隣に置き、一冊の本を俺とベルセルクの間に置いた。
「その酷い口調がお前の素か。」
「……演じてたつもりはねえよ。アレも、俺だ。」
子供っぽい話し方をしていた自覚はある。そうした方が、お母さんが喜ぶ気がしたから。
「……なあ、ベルセルク。」
「……何だ?」
「俺は、これからどうすればいいんだろうな。」
「んなもん知らねえよ。勝手にやれ。」
ベルセルクは冷たく俺にそう返す。
分からない。俺は何のためにこれから魔法を使えばいい。何のために魔法を学べばいい。何のために生きればいいんだ。
もういっそ、死んだ方が楽なんじゃないだろうか。
「……アルス。俺も今まで腐るほど仲間が死ぬのを見てきた。今でも全員の名前を覚えている。弟も、親友も、部下も、恋人も。全員がぶっ殺されて、殺した奴は逆に全員ぶっ殺してやった。逆に言うなら、ここはそういう場所だ。」
無法の地。シルード大陸。その言葉は今までより重く俺にのしかかる。
「永遠にやり返すために殺し続け、そしてもう二度と殺されないために戦い続ける。そんな馬鹿みたいなことをここはずっと繰り返している。それこそ数百年に渡ってな。だが、俺達は法のもとに生きることができなかった奴らだ。もう、ここを出ることは出来ねえ。」
それは、一種の地獄だ。
ここにはいたくないけど、出られない。無法だからこそ悲しむが、無法でなければ生きられない。
そんな者がここに集まっているのだ。中には祖先の恨みを果たすためにずっと戦い続ける人もいるのだろう。
「それでも俺は戦う。たった一人が死んでるのを見て、落ち込んで、そして数百人が殺されちゃあ本末転倒ってもんだ。どんだけ悲しくても、嫌になっても前を見なきゃいけねえ。」
それは今の俺には眩しすぎた。俺の心は少なくとも、そこまで強くなかった。
「アルス、お前がいつか出会うであろう本当に守りたいやつのために魔法を磨け。守りたいと思った時にやり始めたんじゃ遅いんだ。だから選べ。これから必死こいて生きるか、ここで無様に死ぬか。」
どっちを選べばいいか。俺にはよく分からなかった。
死んだ方が楽だとは、反射的に思った。しかし俺の脳裏にこびりついて離れない言葉が、それを選択させない。
「お母さんがさ、『後悔しないような人生を送りなさい』って言ってたんだ。」
「おう。」
「だからさ、俺はまだ生きるよ。死んだら、もしかしたら後悔するかもしれない。とりあえず生きて、それから考える。」
死ねばもう生きるという選択肢は選べない。しかし生きていれば、死ぬという選択肢を選べる。
どっちの方が後悔しないか、比べるまでもなかった。
「……俺達はもう、ここから出られない。だが、アルス。お前はここから抜け出せる。このシルードから。」
俺は本を拾う。お父さんの魂と、俺の決意と、お母さんの思いが籠ったこの本を。
「魔法を学べる場所がある。そこに行け。ラウロから、お前のために推薦状を預かってる。」
ベルセルクは懐から一枚の手紙を差し出した。見るからに普通の紙とは違う。高級そうな紙を使った手紙。
俺はそれを受け取り、本に挟む。
「別にそれを使う必要はねえ。もう誰もお前を守ってはくれない。だが、逆に言うなら全てをお前が決めれる。」
既に俺の行く先は決まっている。
「ただそれを使うなら行け。ここから北東へ海を渡って辿り着く場所。世界の中心、グレゼリオン王国へ。」
新たな夢の地へと、俺は進む。
――これは、一人の魔法使いの物語である。主人公になりたかった男の話。だけれども、全てを守ることはできなかった人間の話。
彼の物語は、母親を失うところから始まる。失意と後悔の中、彼はそれでも生きる事を選んだのだ。
そして彼は向かうこととなる。世界最大の国家、グレゼリオン王国へと。
物語は次の
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