第14話 千代子、中学生に絡まれる
ある日の講義が終わって、いつものようにミステリ研に顔を出す前に、大学近くの本屋に寄ろうと思って校門に向かった。
すると、校門の真ん中にひとりの女子中学生が腕組みをして仁王立ちで立っているのに気づいた。
周りの学生は怪訝そうに見ながらその中学生の横を通り抜けるが、中学生は微動だにしない。
その中学生の横をすり抜けようとすると、突然中学生が私に声をかけてきた。
「あの、すみません。・・・大学生の方ですか?」
「は、はい」
「ああ、良かった。一瞬中学生かと思いましたが、勇気を出して話しかけて良かった」
私のことを自分と同じ中学生に見えたから、話しかけやすいと思ったのかな?
「何か大学にご用でしょうか?」
「あの、この大学のミステリー研究会ってご存知ですか?」
「ええ、知ってますけど」
「良かった~。そこへ案内してもらえませんか?」
「それは構いませんけど、ミステリ研に何かご用ですか?」
「そこの部員の方に用があるんです」と中学生は言った。部員の誰かの妹さんかな?
「どなたにご用でしょうか?」と私は聞いた。
「え・・・と、確か文学部の学生と聞きました。名前は・・・」
私以外の文学部の学生は三年生の美波副部長と一年生の仲野さんだ。
「一色さん!」突然中学生が叫んだので私は飛び上がらんばかりに驚いた。
「え、私!?」
「え?・・・あなたが一色さんですか?」私をじっと見つめる中学生。
「ミステリ研部員で文学部学生の一色というのは私ですけど、あなたはどなたですか?」
「私は
「何で父さんがあなたなんかと!?見た目は私と同じ中学生じゃない!」
「・・・あの、話の筋が見えてこないのですが?」
「私は知ってるのよ!あなた、父さんの愛人でしょ!?」周りに大学生が何人もいるキャンパス内で
「大声で何を言ってるの?島本刑事はお知り合いだけど、その・・・愛人なんかじゃありません」最後の方は小声で
「嘘おっしゃい!私は知ってるんだから!」
「何を知ってるの?」
「あれは先月だったわ。母さんがおばあちゃんの世話をしに田舎に帰ったの。その間、私が父さんの夕食を作っていたけど、体のことが心配で塩分の少ない料理を作っていたわ」
この年で家事をしているのは偉いな、と私は感心した。
「塩気がなくて父さんはまずいまずいと言ってたけど、ある日の夜に会食に行ったら、その翌日、私に『いつも食事をありがとう』ってお礼を言ってきたのよ。私が『どうしたの?』と聞くと、『一色さんが
島本刑事に最初に会った日の直後くらいかな?
「減塩食のことを説明してくれたのは助かるけど、同時に一色さんって誰?と思ったわ。そこで父さんに『一色さんって警察の人?』と聞くと、父さんは悪びらずに『彼女は明応大学の文学部の学生だよ』と言ったので私はさらに驚いたわ。女子大生と会ってたの?扱っている事件の関係者でもない限り、そんな人とは会う機会がないでしょ?ってね」
「それは・・・」と私は説明しようとしたが、
「その日はそれ以上追及しなかったけど、今度は連休の非番の日に父さんが突然『ちょっと出かけてくる』と言ったの。私が『どこへ行くの?』と聞いたら、『一色さんに会いに行くんだ』って言ったのよ。
さすがに私は『何のために会いに行くの?』と追及したわよ。そしたら父さんは『事件について相談に乗ってもらうんだ』と答えたわ。でも、おかしいじゃない?現職の刑事が一介の女子大生に捜査の相談に行くなんて。しかも仕事の日ならともかく、お休みの日よ。
『なぜその人に相談するの?』って聞いたら、『彼女は大学のミステリー研究会に所属していて、頭がよく回る人なんだ』って言うのよ。警察が素人探偵に相談に行くなんて、小説や映画の中だけのお話と思うでしょ?」
「そ、そうね」
「その後も『食事に行くから夕食は要らない』って日が何回かあったわ。私が『今日も一色さんと会うの?』って聞いたら、一切悪びれずに『そうだ』って答えるのよ。これはもう母さんの留守の間に浮気をしているんだわと思って、今日一色さんを訪ねて来たのよ」
「そ、それは心配をおかけしました」
「で、どんな妖艶な美人女子大生かと思ったら、見た目は中学生のちんちくりんじゃない!?」と
「だから誤解だから!・・・確かにお父さんとは何回か食事をしたけど、いつも法医学教室の立花先生が同席していたし、本当に事件の話ばっかりしていたから」
「それを証明できますか?」と言われて私は困った。
「・・・それは立花先生に証言してもらうしかないけど」今日立花先生は研究室にいらっしゃるのだろうか?仕事が忙しくて、会ってもらえないんじゃないだろうか?そんなことを頭の中でぐるぐると考えた。
「・・・会ってもらえるかわからないけど、医学部に行ってみる?」と私は
「もちろん!この際白黒つけましょう!」と
「じゃあ、ついて来て」と私は
無言でついて来る
「ねえ、
「中学二年です」そっけなく答える
「おばあさんの具合が悪いって聞いたけど、大丈夫なの?」
「だいぶ良くなってきたので、週末には母さんが帰ってくると言ってます。それまでに事実を確かめようと思って今日来たのです」
「
「浮気は犯罪じゃないから逮捕できないですよね?」
「え?・・・そうね」
「だったら弁護士になるのもいいかもしれませんね。浮気された奥さんが泣き寝入りしなくてすむように」
そう言って
しばらく歩いて医学部棟に着くと、私たちは勝手に中に入って法医学検査室の前まで進んだ。
法医学検査室のドアをノックする。すると中から立花先生の「はい」という声が聞こえた。
すぐに立花先生がドアを開け、私と顔を合わせた。
「おや、一色さんじゃないか?」
「えっと、今お忙しいですか?ちょっとお話ししたいことがありまして・・・」
「今は論文を読んでいただけだから問題ないよ。・・・おや?」立花先生は私の後ろに立っている
「この子は島本刑事のお嬢さんの
「どうぞ、どうぞ」と言って立花先生は私たちを中に、招いてくれた。
木製の丸椅子を出してくれる立花先生。「コーヒーを淹れようか?」と言ってくれたが、私は固辞して
「で、何の用だい?」
「私と先生と島本刑事とで何度かお食事をしましたよね?」
「そうだね」
「この
「ええっ?」と立花先生は驚き、そして笑い出した。
「えっと、
「は、はいっ!」なぜか顔を赤らめる
「島本刑事が一色さんと会いたい時は、いつもまず僕に連絡が来て、僕は従弟を通して一色さんに頼んでいるんだ。そして食事には必ず僕も同席している。二人だけで会ったことはないよ」
「そ、そうですか?」まだ顔が赤い
「でも、なぜ刑事である父さんが女子大生の一色さんに会いたがるのですか?理解できません」
「一色さんは我々が気づかないことをよく指摘してくれるんだ。それが島本刑事の捜査の役に立つことがあるんだ。先日の会社員の男性が浮気相手に刺されたことを指摘してくれたのも一色さんなんだ」
「あの時は父さんが手柄を立てたって喜んでました。まさか一色さんのおかげだったなんて・・・」
「僕も一緒だったからね、保証するよ」
「まだ信じられません。一色さんがそんなに頭がいいなら、私の話を聞いて犯人を当ててくれますか?」
「犯人?・・・どんな話か見当がつかないけど、聞くだけ聞いてみるわ」
「では話します。・・・私が中学校の教室で机の上にあめ玉を置いておいたところ、目を離したすきにあめ玉を誰かに食べられてしまいました。食べられたとわかったのは、机の上にあめ玉の包み紙が残っていたからです。
あめ玉を食べた可能性があるのは机のそばにいた四人の同級生、山下さん、竹下さん、木下君と松下君です。私は『誰があめ玉を食べたの?』と四人に聞きました。
山下さんは『私は竹下さんとずっとおしゃべりしていたから、私たちの二人とも犯人ではないわ』と言いました。
竹下さんは『私は山下さんと話しながら、その後にいた木下君を見ていたの。山下さんも木下君も私もあめ玉を食べてないわ』と言いました。
木下君は『僕は食べてない。山下さんと竹下さんの会話は聞こえていたけど、見てはいなかった』と言いました。
松下君は『同じく。僕たちを犯人扱いするのはやめてくれ』と言いました。
四人の中にあめ玉を食べた犯人がいます。誰でしょう?」
「それはクイズかい?」と立花先生が聞き返した。
「論理クイズです。さあ、一色さん、誰が犯人ですか?」と聞く
「え・・・と、四人の中に犯人がひとりいて、四人の証言は嘘か事実かわからないということね?」
「まあ、そうです。最も木下君は正義感が強くて信頼できる人だけど」と
「それでは答えます。四人とも正直に言っているとすると自分たちは犯人じゃないと明言している山下さん、竹下さん、木下君は犯人じゃない。松下君は木下君の『僕は食べてない』の発言の直後に『同じく』しか言ってない。この『同じく』は、『同様に僕も食べていない』という意味にも聞こえるけど、『木下君は食べていない』を繰り返しただけとも取れる。後者なら、松下君は自分を含めて誰からも犯人じゃないと言われていないから、消去法で松下君が犯人ね」
「なるほど。でも、誰かが嘘をついていたとすれば?」と立花先生が聞いた。
「
「あめ玉をなめずにすぐに飲み込んだかもしれないよ」と立花先生。
「あめ玉はなめて楽しむものですよ。飲み込むならわざわざ盗んだ意味がないじゃないですか」と私は言い返した。
「ふうん、頭が回るのは確かなようね」と
「ずっと考えてようやく作った私のクイズをすぐに解くなんて。・・・あなたが父さんの浮気相手じゃなくて、相談相手だということは納得したわ。浮気相手になるような色っぽさもないしね」
誤解は解けたようだけど、最後までえらい言われようだった。
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