第2章 風雲を割く剣戟

第9話 金色探知不審眼

「おはよ~」



「おうおはよう。陽愛、寝癖」



 風香くんのボスになって数日後、恋高のケダモノはやっと落ち着きを取り戻し、僕を背に肩で風きって歩くことはなくなったものの、相変わらず校内で誰かと喧嘩をすると、倒した相手を見せにやってきては、僕はそれを褒めてあげるという、ネコを飼い始めたかのようなやり取りをしている。



 とはいえ、喧嘩をしていない時の風香くんは気配りも出来て、それなりに面倒見がいい。



 まあ尤も、うちのクラスで一番面倒見がいいのは彼ではないのだけれど。



「また夜更かしか? お前さん結構夜行性だよな」



 そう言ってトラくんが僕の寝癖を櫛やら何やらを使って整え始めた。

 もちろん僕が結構な頻度で寝癖を付けてくるから、猛獣であるはずの虎はわざわざ兎専用の道具を用意してくれたのだった。



「ほれ風香も」



「お母さんかお前は」



 狼専用の生活雑貨ももちろん完備。

 トラ印のお母さん……笑いをこらえ、僕はトラくんにされるがままに朝の支度を済ましていく。



「でもこのままじゃ、花も恥じらう女子高生としてマズい気がする」



「諦めろ陽愛、トラはこういうの好きだから隙を見せるとすぐ甘やかしてくるんだよ」



「風香くんはいつもやってもらってるです?」



「いつもっていうか、俺の部屋まで乗り込んできて毎朝やっていくよ」



「お前さんは落ち着きがないからな、朝整えてもすぐにメチャクチャにしやがる。もう少し落ち着いて登校しろ」



「トラママぁ」



「なんだ月神、お前さんの家にも毎朝出張してやろうか?」



「乙女の花園なので遠慮します~」



 料理は得意だけれど、こういう身支度はがさつなのはお母さん譲りだ。ついつい後回しにしてしまう。今度から気を付けよう。



 と、僕が小さく握り拳を作ると、ふと違和感を覚える。



「――?」



「ん~、どうした月神?」



「え? あ、いや……」



 僕は辺りを見渡し首を傾げる。



「なんか、視線? みたいな」



「風香、何か感じたか?」



「いや、陽愛の気のせいじゃないか?」



「う~ん、風香くんもトラくんも何も察知できないのなら気のせいかなぁ」



 さっきまで覚えていた違和感はすでに消え、普段と変わらない空気感で時間が進んでいた。

 けれど、この違和感、今日だけではない。ここ数日、何度も僕の感覚に何かが引っかかっている。



「何度も見られているような気がしたと思ったんだけれどなぁ」



「ふむ……俺たち、じゃなくて月神だけを見ているのかもな」



「僕だけ?」



「ああ、他は一切視界に入れず、月神だけを見ているのなら俺たちじゃ察知できねぇかもな」



「あ? そんな奴いるか? これでも鼻は良い方だ、陽愛を見てる奴がいれば気が付く」



「風香、ここは恋高だぜ? 魑魅魍魎がばっこする県一の曲者高校だ」



「えっ、この高校そんな評価なんです?」



 驚いた表情を風香くんとトラくんに向けると、呆れたような顔が返ってきた。



「なんだ陽愛、知らずに入学したのか?」



「一番近かったからと隣人の薦めで選んだだけだけど」



「それでここ選ぶたぁ中々やるな月神、風香の喧嘩癖を受け入れるほどの高校だぜ? それ以上があるから容認してるに決まってんだろ」



 僕は頭を抱える。

 それと同時に、高校を決める時に横から入り込んできて「恋高めっちゃ面白いよ。なんというか陽愛ちゃんもきっと気に入る。普通の高校だよ~」と言い切ったあのごく潰しに沸々と怒りが湧いてきた。



「まあお前さんならこの高校でもやっていけるよ」



「だな。曲者ぞろいのここで十分胸張ってる」



「……ありがとうございます。でも僕は普通の一般女性徒なのに」



「ハッハハハ」



 トラくんが何言ってんだこいつ的な笑い声をあげ、風香くんがジト目で見てきた。



「なんですか~もうっ」



 風香くんとトラくんが悪い悪いと謝罪を発しながら僕の頭に手を置いて撫でてくれる。

 そうして膨れていると、先生が教室に入ってきてホームルームを始めると声を上げた。



 僕は席を整え、風香くんとトラくんが自分の席に戻っていくのを見届けると、また違和感――。



 すぐにそれは消えたけれど、どうにもモヤモヤする感覚に、僕は少しだけ不安になるのだった。

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なわばりえんげ~じりんぐ 筆々 @koropenn

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