第5話 金色物臭悪巧姫
教室から出ていった僕は暫くの間校内をぶらぶらとして、飽きてきたのと疲れたのが合わさって足を休めたくなり、駐輪場横にある弓道場に入り込み、そこのポットからお湯を沸かし、ティーバッグをカップに入れて紅茶を作って一息入れる。
ちなみにここの弓道場、恋ヶ浜高校の卒業生である夜恵ちゃんから教わった場所であり、彼女の在学中に弓道部は部員が増えずに廃部、それから弓道部の顧問だった先生が私物化しているらしく、たまに夜恵ちゃんがその先生とここでお茶会をしているらしく、僕がここを使うのを先生に話してくれたらしい。
それから僕は度々ここでお茶とお菓子でゆっくりしている。
「さてさて」
僕はカップを傾けて紅茶を飲みながら片手間に鞄を漁り、中から幾つかの機材を取り出した。
そしてその機材にイヤホンを繋げて片方の耳に当てると、そのまま寝転がる。
準備完了である。
あとはここから声が聞こえてくるのを待つだけ。
これは所謂、盗聴器である。どうして夜恵ちゃんがこんなものを持っているのかは一切聞いていないけれど、この手のよくわからないものをあの人は平気で取り出してくる。
出会ってから数年ほどだけれど、お母さんは夜恵ちゃんのことを闇ドラと呼んでいた。
あとは根気よく……と、言いたいところだけれど、あの手の人たちは少しイレギュラーが起きると、それを仲間内で笑い話にするという特性がある。
僕がああして探しに行くと言ったことで、彼女たちは休み時間には僕のことを一緒になって笑うのだろう。
ホームルームから抜け出してから1時間ほど、そろそろ1限目が終わるだろう。
僕が勝ちを確信していると、弓道場の扉を叩く音が聞こえた。
首を傾げてどうぞと声をかけると、扉からひょこと男子生徒が顔を出してきた。
彼は……英語係の人だ。
風香くんにいつも殴られている彼がここを訪ねてきた。
「え~っと?」
「っと悪い悪い、突然来ちまってスマンな」
「いえ、えっとその?」
「あ~……名前知らねぇか。俺は
人懐っこい笑みで手を差し出してくる水原くん改め、トラくん。僕は彼の手を軽くにぎって握手し、常備してある紙コップに紅茶を注いだ。
「悪いな。というかあんな啖呵切って教室を飛び出したと思ったら、随分とSFちっくな茶会をしてるのな」
「え~っと……」
どう説明したものか。と、答えあぐねていると、トラくんが思案顔を浮かべた後、正面に腰を下ろし僕に頭を下げてきた。
「ありがとうな月神」
「へ?」
「いや、さっきの教室でのことな。神波見……風香を庇ってくれてありがとう」
さっきから風香くんを呼び捨てにしており、もしや風香くんとトラくん、とても仲が良いのだろうか?
「実は俺、風香とは幼馴染でな、お前さんは俺が殴られているところしか見たことないかもだけれど、幼稚園の時からずっとそうだから俺は気にしてねぇんだよ」
「……仲良しなのかな。とは思っていたけれど、幼馴染なんだ」
「ああ、昨日も殴られてただろ? あれ殴った感じから放課後買い食いに行くぞって言うあいつなりの言葉だから」
「はたから見たら殴られているだけでしたよ?」
「普通にしゃべればいいんだがな、あいつも気を使ってくれてるのか、高校に上がってから学校じゃあまり会話してくれなくなったんだよ」
心底愉快そうにトラくんが笑っており、2人の仲の良さが窺えた。
少し羨ましいなと持ってきたクッキーを縮こまって食べていると、トラくんがジッと見てきた。
「うん?」
「う~ん、違ってたら申し訳ねぇんだけど、お前さん良く風香を見てるよな?」
「わふっ!」
クッキーの欠片が喉に直撃し、僕はむせてしまい、紅茶を流し込んだ後、トラくんを軽く睨む。
「悪い悪い――いや、これ以上は野暮だな。っというわけで、俺はお礼を言いに来たんだよ」
「……そうでしたか。なら味方ですね」
「お前さんはちと物騒な言葉を使うな。それで今はなにしてるんだ? 湯崎の財布探してんのかとばかり」
「多分見つかりませんよ」
「あ~……やっぱそう言うことなのか?」
「さあ? でも――」
僕は耳からイヤホンを外し、音を大きくしてトラくんにも聞こえるようにした。
「勝手にゲロってくれるみたいですよ」
僕はすかさず録音を開始して、呆けた顔を浮かべているトラくんにウインクを投げた。
するとトラくんが豪快に嗤い出し、僕の頭を荒々しくポンポンと撫でてきた。
彼の空気感のおかげか、その行動も全く不快ではなく、釣られて笑ってしまう。
「いやこれは御見それした。大人しい奴かと思っていたが、結構なやんちゃっぷりだ」
「入り込みやすそうな隙間があったものでつい」
つい気分が良くなり胸を張ると、トラくんの笑い声が徐々に小さくなり、ばつの悪そうに自分の頭を掻き始めた。
「う~ん?」
「あ~その、月神、悪かったな」
「謝られることされましたっけ?」
「いや、お前さんクラスで……松木とかに標的にされてるだろ?」
「あ~」
これだけさっぱりしている人だと、そういうの気にしちゃうのだろう。
でも女子のやっていることだからなぁ。
「言い訳になっちまうが、女子のあれこれに男子の俺たちが口に出すのはな、色々とはばかられてな。それにお前さんに限っては理由が理由だから、俺たちも口を挟みづらかったんだよ」
おや、理由を知っている。
もしや周知の事実なのだろうか? 僕が考え込んで唸っていると、顔色を窺うような視線を向けているトラくんが目に入った。
「わっとごめんなさい、ちょっと長考してました。それとそのことなら別に気にしていませんよ。僕は強い子なのです」
「……そうか。詫びといっちゃなんだが、これからは俺や風香を頼れな」
「風香くん――神波見くんもですか?」
「ああ、あいつはちゃんと恩を返せる獣だ。今回のことはあいつの記憶の中に残っているはずだぜ」
カップの紅茶を豪快に飲み干し、クッキーを口に放り込んだトラくんがそのまま立ち上がった。
「うっし、そんじゃあ俺は人でも集めてくっかね」
「水原くん」
「ん~?」
「僕とおしゃべりしてくれてありがとうね」
「おう、これからは積極的に絡みに行くぜ」
後ろ手に手を振りながらトラくんが弓道場から出ていった。
僕は彼の背中を眺めながら、録音に成功した音声を確認して機材とカップを片づける。
『あいつ、突然横から出てきたけれど、本当に馬鹿だよね~。今も必死になって探してるんじゃない? まさかないなんて思ってないんじゃない』
『ほんとウケるよね。というか平野マジ使えなさ過ぎでしょ、あたしが間に入んなきゃバレるところだったっつうの』
『それな、というか私の財布――』
僕はホクホクした顔で担任の先生の下に向かう準備をするのだった。
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