第4話 銀色疑惑自棄狼

 今日は朝から嫌な予感があった。

 というより、教室に入った途端、漂う空気に陰湿な気配を覚えた。



 そして僕の勘は正しかったのか、朝のホームルーム前、風香くんが担任の先生に呼び出され、彼が戻ってきた時にはすでに不機嫌を通りこして殺気ばら撒き状態になっており、僕や比較的風香くんと仲の良い授業係の人たちが首を傾げている。



「ケダモノとか獣じゃなくてただのコソ泥とか――」



 ふいにそんな声が聞こえてきた。

 その声に、風香くんの殺気がさらに濃くなった気がする。圧迫感がある。



 けれどその声の主を横目に、僕は納得する。



 担任の先生が神妙な顔で教室に入ってくると、一度風香くんに目を向けた。

 これは……確実に疑われている。



 確かに風香くんは不良だけれど、先生もらしくないと言うことがわからないのだろうか?



 先生がホームルームを始めようとすると、さっきコソ泥と話した人――僕の陰口を毎日10回は言っているグループの女生徒がニヤケ面を浮かべながら手を上げた。



「せんせ~、私、泥棒と授業受けるの嫌なんですけど~」



「おいお前――」



 先生がすぐに女生徒の言葉を遮ったけれど、すでに遅く、ほとんどのクラスメートの視線が風香くんに注がれた。



「だってあんた見たんでしょ~?」



 女生徒が隣に座っているオドオドとしている小柄な女生徒と肩を組み、相変わらずのニヤケ顔で風香くんを顎で指した。



「う、うん……」



 体を震わせながらオドオドした彼女が俯きながら頷いた。



 あ~これは……僕はため息をつく。

 すると隣で殺気を撒き散らしている風香くんが自分の鞄に手を伸ばしたのが見えた。



 付き合ってられない。彼の雰囲気からはそんな言葉が浮かんでおり、立ち上がろうとしていた。

 けれど正直僕は腹が立っていた。



 今の僕は正直、平等とは言えない。

 神波見 風香という人間がコソ泥などするはずがないと言う色眼鏡で行動しようとしている。



 僕が彼を好いているというのは当然ある。

 けれど何よりも、あまりにも姑息。



 事実がわからない以上、決めつけてかかるのはよろしくはない。

 でもそれなら内々に終らせればよかったはずなのに、あの女生徒はわざわざ全員の前で宣言している。

 それはつまり、多数を巻き込んで1人を貶める気満々の行動であり、僕はそれが何よりも気に喰わない。



 彼女たちはそう、今ここで戦争を仕掛けてきた。



 僕は鞄から昨日夜恵ちゃんから無理矢理押し付けられた物を手に潜ませる。

 イジメられているかもと話したら、阿修羅のような顔でこれを持っていなさいと手渡されたものだ。



 僕の問題に使うつもりはなかったけれど、いいタイミングだったと心の中で夜恵ちゃんに礼を言う。



「――」



 僕は立ち上がろうとする隣の風香くんの肩に立ち上がって手を置くと、そのままそれを握り、立ち上がらないように力を込めて椅子に押し込んだ。



「ぐぉっ」



 風香くんが驚いたような顔でそのまま着席し、僕は女生徒たちの方に向かって歩き出す。



 今僕はどんな顔をしているだろうか。

 ここに鏡がないからわからないけれど、きっと睨みつけているだろう。



「あ? なに――」



「事実確認!」



「は?」



 僕は声を上げてズイとオドオドしている女生徒に顔を近づける。



「まず確認ですが、この話は神波見くんが何かを盗んだとあなた方が主張しているということでよろしいですか?」



「いきなり出てきて――」



「五月蠅い黙れ、その口縫い付けますよ。僕が話しているのは彼女です、ほんの数分でも口を閉じていられないのなら井戸にでも喋ってろ」



 僕は再度視線をオドオド少女に戻すと、彼女は顔を伏せた。



「もう一度聞きますよ? あなたの主張は、何かを盗んだ神波見くんを見たと言うことですね?」



「……はい」



「よしお喋り少女A、喋って良いですよ。何を盗まれたのですか? そして誰が盗まれたのですか?」



「何であんたにそんなこと――」



「お前が始めた戦争だ。こうやってわざわざ注目を集めたのに、悪い悪いと声を上げるだけで、肝心の内容が全くない。それは些か不平等です。今ここであなたが殺人を犯したと声を上げて、理不尽なレッテルを張られても良いと言うのであれば、僕は全力でその噂を本当のものにするために尽力しますよ」



 女生徒が顔を引きつらせている。

 埒が明かないと僕は先生に目を向けると、先生が頭を抱えて口を開いた。



「……今朝、湯崎が財布を盗まれたと先生のところに来た」



「湯崎誰だ、手を挙げろ」



 僕が辺りを見渡すと、陰口ガールその2が渋々と手を上げていた。

 なるほど奴か、昨日はよくも僕の机の前でお喋り少女Aこと陰口ガールその1と僕の机の前でくっちゃべってくれたな。



「月神、お前クラスメートの名前くらい――」



「知るわけないでしょう、誰も僕と会話してくれませんし。そんなことはどうでも良いのです。それでそこの自称湯崎さんが財布を盗まれたと?」



「あ、ああ、そうしたら松木が平野を連れてきて――」



「松木、平野、手を挙げろ!」



 陰口ガールその1とオドオド少女が手を上げた。

 なるほど見えてきた。



「で、平野さんが神波見くんが財布を持って行ったのを見たと先生に言ったんですね?」



「ああ」



「先生、ちゃんと事実確認しました?」



「今調査中だ」



「調査中だそうですよ松木さん」



「は? だから平野が見たって――」



「平野さん湯崎さんのお財布をパッと見で判断出来るほど仲良しなんですね?」



 僕が笑顔で平野さんに尋ねると、彼女は顔を青くして僕から目を逸らした。

 すると松木さんが舌打ちをし、平野さんを無理矢理引っ張って背中に隠し、僕を睨んできた。



「ていうかいきなり出てきてあんた何なの?」



「あなたよりはマシですよ」



 僕は目を逸らすことなく松木さんの視線を真っ向から受け、彼女に近づき、だらしなくワイシャツの第2ボタンまで開けている彼女のシャツに指を這わせる。



 そしてこそっと彼女のブレザーのポケットに夜恵ちゃんから渡された物を忍ばせた。



 僕は松木さんから離れると手を叩き、先生に提案する。



「それじゃあそれ、僕が見付けますよ」



「は、何言って?」



 先生が驚き、僕に聞き返した。

 しかしもう決めた。

 正直茶番でしかないけれど、このままの状況でいることを僕自身許せない。



 そして何より、この時間から授業に出ているわけにはいかなくなった。



「それじゃあいってきま~す!」



「おい月神! どこへ行く――」



 僕は一度自分の席に鞄を取りに戻ると、風香くんに耳打ちをする。



「僕が何とかするから、帰っちゃ駄目だよ」



「お、おい――」



 僕は風香くんに一度ウインクをすると、鞄を持ちそのまま教室から飛び出したのだった。

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