第6話 金色銀色恋高主

『――見つかるわけないのにね~』



 生徒指導室にて、僕は録音した音声を担任の先生、トラくんたちに引きずられてきた松木さんと湯崎さん、それと男子生徒2人、この4人は先ほどの会話をしていたメンバーである。

 そしてその場にはいなかった平野さん、風香くんとトラくんです。



「はっ、これって盗聴じゃん! というかいつのまに――」



 松木さんが自分の体をまさぐりだしたから、僕は彼女に近寄ってブレザーから盗聴器を回収すると、それを松木さんに見せながら笑顔を向ける。



「あんたこれって犯罪じゃん、本当に最低――」



「お互い様だ馬鹿野郎。墓まで持ち込む覚悟もなしに、暴かれる秘密を持つ方が悪いです」



 顔を引きつらせる松木さんの隣で、先生が頭を抱えている。

 まあもし僕が担任の先生だったのなら、この状況で頭が痛くなるのもわかる。



 一方は虚偽告訴で、もう一方は盗聴、正直僕も含めて退学ものです。



 僕は望んでこの状況に陥りましたが、チラと平野さんに目を向けると、彼女は体を震わせて泣きそうになっている。

 完全に巻き込まれただけの彼女の処遇だけはよくしてもらいたいものです。



「ふむ……なあ先生よ」



 トラくんがしびれを切らしたのか、声を上げた。

 はて、彼は一体どの立場に立つつもりでしょうか?



「つまり窃盗は起きてなかったわけだ。ここは何とか、穏便に済ましてくれねぇかな?」



「穏便ってお前な」



「そもそもの発端は、風香が気に入らなかったからだろ?」



 トラくんが松木さんたちに視線をやると、彼女たちは舌打ちをして顔を逸らした。

 無言の肯定です。



「風香がクラスで目立っている、暴力ばかり振り回している。クラスで調子乗っているのが許せなかった。こんなところだろ」



「……トラおい、俺悪くねぇじゃねぇか」



「わりいよ。喧嘩好きなのは止めねぇがな、お前さんがもっと仲良しの奴と拳以外でコミュニケーションとっておけばただのグループでの戯れに見えてただろ」



「……」



「何を気を使ってんのか知らねぇけどな、恋高のケダモノの名前にビビるほど浅く付き合ってねぇんだよ」



 風香くんが膨れている。

 何だか珍しいものが見れて僕は凄く満足。



「で、月神の盗聴に関しては、松木たちがじめじめしたことしてんだから、当然受ける可能性もあったわけだ、違うか?」



「わ、私らは別に――」



「してただろうが、ありゃあもうあからさまないじめだ。ただ相手が悪かったな、月神はてめぇら如きの安い喧嘩に屈しなかったんだよ」



 トラくんが頼もし過ぎる。

 そして先生は僕のいじめに関して初耳だったのか、僕に目を向けてきていた。

 まあトラくんの言う通り、それに関してはあまり気にしていなかった。



 けれど問題は平野さんの動機である。



「平野さん、あなたは多分こう言われたんですよね?」



 僕は咳払いを1つすると、松木さんになりきるような気持ちで口を開く。



「あんた私らに口裏合わせないとあの金髪みたいにするからね。ってところですかね」



 平野さんが相変わらず体を震わせながら、涙を流して小さく頷いた。



「ちょっと似てたな」



「三流悪役の真似が上手んですよ」



 目の前の松木さんの額に青筋が浮かんだから、僕はベッと舌を出してウインクをしながら勝気な笑みを浮かべる。



「というわけだ先生、風香も松木たちも悪い。被害者は月神と平野だけ――この2人からの許しがあれば、どうにか事を荒立てないで済まないかね?」



「う~ん……」



 先生が僕と平野さんを交互に見てきたから、僕はわざとらしく肩を竦める。



「せんせ~、ぼかぁね、神波見くん以外からは2週間誰からも話しかけてもらえなかったわけですよ。でもちゃんと学校に来て松木さんたちを見ては、可愛い僕、今日も嫉妬されてるって優越感に浸っていたものです」



 風香くんとトラくんが同じタイミングで噴き出し、笑いを堪えている。その隣で松木さんと湯崎さんが般若みたいな顔で顔を真っ赤にしている。



 そして平野さんに顔を近づけ、口角を吊り上げて嗤いながら声を上げる。



「平野さん、確かにあなたは被害者ですが、やっちまったものの事実は消えませんからね?」



 顔を伏せる平野さんの顔を覗き込むように首を傾げて、至近距離で彼女を見つめる。

 彼女は小動物のように震えており、顔を青くしてさらに震えを強くしていた。



「これで許す資格があるのは僕だけですね」



「いやいや月神、学校側としては――」



「いじめの事実を黙認して、挙句の果てに不良生徒に罪を着せようとした教員が存在するなんて!」



「はっ? ちょ――」



「ああ、なんて可哀想な僕。僕のいじめから始まって、あろうことか善良な不良さんにまで迷惑をかけて、しかも先生たちは一切助けてくれない。僕も悪い子になっちゃうしか自分を守れない」



 劇画風な大袈裟な身振り手振りを交え、僕は今浮かべられる一番の悪人顔を浮かべて見せる。



「み~んな悪い子です。というわけで、ここは悪い子同士手を取って、有耶無耶にしてしまうのがベストかと」



 呆然とする先生、すでに僕をいじめられっ子ではなく恐怖の対象と見始めている平野さん、あまりにもアレな状態の僕に驚いている松木さん一行、そしてクツクツと喉を鳴らす風香くん。



 ついに風香くんは耐えられなくなったのか、大声を上げて笑いだす。



「月神、お前面白いな」



「あら、気に入っていただけましたかしら?」



「ああ、小動物かと思っていたが、とんだ猛獣だな」



「まあっ、猛獣だなんて可愛げのない。わたくし愛くるしい月のウサギさんですわよ」



「虎と狼を感心させる兎か。確かに兎界じゃ名を知らねぇ奴がいねぇ天高くそびえるスーパーヒロインだな」



 トラくんが茶化してくるから、僕は微笑みを返した。



 そんな僕たちのやり取りを見て、先生が心底頭が痛そうに疲れた顔で僕を見ている。



「大人しい生徒だと思っていたんだがな。先生が新任の時……10年ほど前初めて受け持った時にいたヤバい生徒を思い出したよ。鏡本の奴、今頃は刑務所にいるだろうな」



 僕の家の隣にいる人ですね。



 と、ここまでは予定通り、この件は有耶無耶にした方がきっと円滑に事が進む。

 けれど1つだけ、どうしても解決しなければならないことがある。

 これは有耶無耶に出来ない。何故なら多分この先もついて回るものだからである。



 僕は風香くんに目を向けた後、先生に視線を向ける。



「ったく、とにかく今回のことは財布は盗まれていない。見間違いだった。これでいいんだな? 神波見もそれで良いのか?」



「……ああ」



 先生が何でもないように終わらせようとしている。

 けれどそうじゃない。

 悪気はなかっただろうし、松木さんたちの話からそういう対応になってしまうのは仕方のないことだ。

 けれどこのことが原因で、もしかしたら風香くんが誰も信用できなくなってしまうかもしれない。



 僕は先生の袖をそっと掴む。



「ん、どうした月神――」



「先生、どうして、どうして松木さんたちを信用したんですか?」



「え、いやそれは」



「ごめんなさい、ちょっと意地悪言いました。言い方を変えます。どうして、風香くん――神波見くんを信じられなかったんですか?」



 先生が神妙な顔を伏せた。

 わかっている、わかってはいるんだ。風香くんは強い人に見えるから、きっとこの程度の悪意などはじき返せる。

 でもそうじゃない。彼は向けられてしまった・・・・・・・・・



「先生、風香くんは多分何日もしたら今日遭ったことも気にしなくなります。けれど先生と会うたび、先生からずっと剣先を向けられる感覚はなくならないはずです」



「――っ」



 謝ってほしいと言いたいわけではない。

 でもせめて、先生が向ける剣が、彼を殺すものではないと言うことを証明してほしい。



 先生が頭を掻き、深呼吸をすると風香くんの頭に手を乗せた。



「うぉっ」



「風香ぁ、俺は先生だ。だから一応クラス受け持った手前、全員の言葉を信じる」



「……ああ」



「だが、それと同じように全員を疑う」



「……」



「後出しになってしまうが、しっかりと調査する予定だった。今回は月神が解決してくれたけれど、それでもおまえと、松木たちにもしっかりと話を聞こうとしていた」



「ああ」



「そして今この件は解決した。だから――」



 先生は勢いよく風香くんに頭を下げた。



「すまなかった。俺はお前を疑った」



 そしてすぐに松木さんたちにも頭を下げる。



「お前たちも疑った、すまなかったな」



 松木さんたちはばつが悪そうに顔を逸らしている。発端であるから相応の罰を受けるべきかもしれないけれど、今回そこを言いだしてしまうと、僕にも風香くんにも余波が襲い掛かってくるために、これで良い。

 なあなあこそが正解だってある。コーヒーでも牛乳でもなく、カフェオレが飲みたい時だってある。コーヒーも牛乳もカフェオレも飲めないけど。



 けどこれで、先生が剣を向けたとしても殺意を以ってではないと風香くんもわかってくれただろうか。

 僕が満足げに胸をなでおろしていると、トラくんが肩を叩いてくる。



「ありがとな月神」



「う~んぅ? いえいえ、大したことはしてないですよ」



 トラくんは風香くんにジト目を向けた。



「ったくお前さんもいい加減周りに馴染む努力をしろ。結果月神も先生も巻き込んでるじゃねぇか」



「……悪かったよ」



「い~やっ、今度ばかりは許さんぞ。お前さんはまずは声を出してけ、殴ってから提出物を出すな」



「む……」



「そうだな、風香は真っ当にしてればそれなりに素直なところも見えてくるのだが、如何せん拳に頼り過ぎるからな」



「ぐっ」



 もしや先生、風香くんのプライベートも良く知っているのだろうか。



 と、先生と風香くんの関係も気になっているけれど、今は端に置いておいて、僕は手を叩いて視線を集める。



「あ、あの!」



「ん、どうした月神、お前も何か言いたいことでもあるのか」



「お~お~言ったれ月神、風香の脳筋やろうって」



「い、言わないですよ。それで、少し提案なのですけれど」



「月神の提案か……預金通帳握らせた方がいいか?」



「僕をなんだと思ってますか! ってそうじゃなくて――」



 僕は風香くんに目をやると、そのまま口を開く。



「今先生が言ったように、風香くんって勘違いされやすいんですよね。しかも暴力を振るうから誰も文句を言えない」



「ああ、それはあるな」



「だから、文句を言っていい相手を傍にいさせるのが良いと考えます!」



 トラくんが噴き出して笑いを堪えている中、風香くんが訝しんでいる。



「おい、なんか勝手に話が進んでいるぞ――」



「ふむ……確かに風香への文句を吐き出す環境があれば、多少なりとも印象は変わるかもしれないな。その手のマイナスの感情を抱え込んだままにしていると、何かあった時溜めていた物ごと吐き出してしまう。先生は月神の提案に賛成だな」



「というか僕、遅れて入学したので係とか委員会に務めていないので!」



「そういえばそうだったな。うん、それなら月神、それを任せてもいいか」



「おい勝手に決めるな――」



 風香くんががおっと吼えようとしたから、僕はポケットに入れっぱなしだった昨日貰った首輪を手に、それを緩めて彼の首に巻き付ける。



「は、何これ――」



「僕がちゃんとお世話しますから! こうやって首輪も付けておきますから!」



「ぐえぇぇっ!」



 僕が鼻息を荒げて言い放つと、顔を青ざめている先生が両手を僕に向けながらゆっくりと腕を上下に動かしていた。



「あ、あの、月神、月神さん」



 僕が首を傾げていると、いつの間にかさっきまで腕を叩いていた風香くんの抵抗もなくなり、キョトンとする。



「あ~月神、風香見てみ」



「え?」



 トラくんに言われ、僕は風香くんに目を向けるのだけれど、何故かぐったりしており、そのまま気を失っていた。



「え、あれ?」



「首輪首輪」



 トラくんに言われて僕はやっと理解した。

 話ている間中、僕は首話を締めており、ついでに風香くんの首も絞めていた。



「ぴゃぁっ! 風香くんごめんなさ~い!」



 そしてトラくんに片方の腕を高く上げられた。



「うぃなぁ~、月神 陽愛。恋高のケダモノに勝利~」



「え?」



「小学、中学、高校の今日まで負けなしだった風香を倒すとはやるな月神、月のウサギは伊達じゃないっつうことか」



 ゲラゲラと豪快に笑うトラくんに、僕が呆然としていると松木さんたちや平野さんが顔を青くさせて、まるで怪物を見るような視線を向けてくる。



 あれ、あれ?



「まっ、お前さんは風香に唯一勝った奴だ、風香係、頑張れよ」



 あれ~?



 思っていた着地点とは異なっており、僕は困惑することしか出来ないのであった。

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