第六話
「ケンジくん。久々じゃね」
「はい」
ケンジは、ユミ子の姉である洋子の病室にいた。
「お身体は、大丈夫ですか」
「………それがね、やっぱり、原爆症にかかっとるらしくて。どうなるか分からんのよ」
洋子は、少し寂しそうな笑顔をケンジに向けた。その表情は、ユミ子の最期の表情に似ていて、彼の心をぐっと締め付けた。
「…神戸で頑張っとる?勉強…」
「…はい。高校にも、行けそうです」
「ふふ、良かった」
ユミ子の口から聞くことはなかった、高校という言葉。洋子は今頃15歳になっていたはずの妹の顔が頭によぎり、少しだけ、涙が溢れそうになった。
「……今日、あなたをここに来させたのはね、これを渡したかったけぇなんよ」
洋子は、ベッドのすぐ横にある棚から1つの小さな箱と、1枚の紙切れを取り出した。
「これね、ユミ子があなたに渡そうとしよったやつなんよ。ケンジくん、誕生日が8月の15日じゃろ?じゃけぇ、あの子が机ん中に入れとった。箱の中、見てみんさい」
ケンジが小さな箱を開けてみると、中にあったのは、小さな懐中時計だった。金色が錆びていて、ところどころ焦げている。
それに、時計は8時15分を指したまま、止まっている。
「ごめんね、それ…もう使いものにはならんのじゃけど…でも、せっかく妹が手に入れたものじゃけぇ、ケンジくんに持っておいてほしいんよ」
「……こんなもの、どこで」
「うちの父さんもね、懐中時計好きだったんよ。じゃけん、いっぱい集めよった。父さんが帰ってきた時、何個か私達にくれたんよ。…もう、使わんかもしれんけぇって。そのうちの、1個じゃないかね」
ケンジは、あんな戦時中に、自分なんかの為に誕生日のプレゼントを渡そうとしてくれたユミ子を、バカだなと思いながらも、優しくて素敵な人だとも思った。
洋子から静かに手渡された手紙には、
『おたんじょう日、おめでとう!これからも、ずっといっしょにいようね!』
と、書かれていた。ケンジの目からは、あの日、流れてこなかった分も同時に、涙が溢れ出た。
「……その時計、あの子だと思って、大切にしてあげてほしいんよ」
もう、使えない懐中時計を右手に握りしめ、ケンジは震える声で「はい…」と答えた。
病院を出て、ケンジの目の前に広がるのは、山々の緑と、空や海の青だった。
「ほら、ユミ子。見いや。お前が最期に見れんかった、青い空じゃ。……もう、赤くはさせんけぇの」
懐中時計の金色の部分は、人の涙のように、太陽の光で煌めいていた。
再恋(サイレン) ねこみゅ @nukonokonekocha
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