第四話

「ユミ子、大丈夫か」

「……………うん」

 2人には、会話する気力すら残っていなかった。ザッザッと足を引きずりながら町に向かう2人の体に、水滴がポツポツと落ちてくる。

(……………雨?)

 突然、雨が降り出したのだ。ケンジが空を見上げると、さっき見えた真っ赤な空ではなく、黒い雲が空を覆っていた。

「けんちゃん………この、雨。黒い………」

 自分の体に落ちた水滴を見ると、まるで墨汁のように黒かった。

(なんじゃ、これ…こんな雨見たことない…)

 ポツリ、またポツリと黒い水滴が肌に触れる。町へ近づくたびに、どんどん酷くなっていく。景色も、段々と崩壊していく。

(……また、この予感)

 心のどこかで、「ひきかえせ」と言われているような気がする。ケンジは、そこで歩みを止めた。

「…………けん………ちゃん……?」

 川の流れを見る。そこには、もう動かなくなった死体、死体、死体。海の方へと流れていく。

「……引きかえす」

 ケンジは静かに呟き、歩いてきた方向と反対方向に進んだ。彼も、もうどこに進んでいいのか分からなかった。

 目的を失った脚はもう限界で、暑さのせいもありケンジは倒れそうだった。そこに、雨をしのげそうな隙間のある、瓦礫の山があった。

「ユミ子、あそこに入るで」

 屋根のようになった瓦礫の下に入り込み、2人は休憩することにした。疲れ切った2人は寝そうになったが、ここで寝ては死んでしまうと自分に言い聞かせ、なんとか起きていた。

「……のど、かわいた、なぁ…川の、飲んじゃいけん、かね」

 飲んでこい、と言おうとしたケンジの頭に軍人達の言葉がよぎった。

「…いけん、我慢せぇ」

「…………そっ、か…………」

 ケンジは外を見つめる。焼けて焦げて、全壊した建物や、骨組みだけになった建物ばかりで、残った建物はどこにも無かった。空も黒く覆われて、ザーッと黒い雨が地面に打ち付けている。

 もう、生きる気力が湧かなかった。

(もう、いっそこのまま川に身投げ出して死んでしまおうか)

 川を見つめながらそう考えていると、突然ユミ子が咳き込み始めた。

「……大丈夫、か?おい……??」

 彼女の口から出てきたのは、間違いなく、血。表情は苦しそうで、胸をギュッと押さえていた。

「おい…おい!!!…どう、どう、すれば…」

 焦って何も思いつかない。病院まで行こうにも、もう自分の脚は動かないし、あまりにも遠すぎる。

 ケンジは震える手でユミ子の背中に手を添え、ゆっくりと撫で続けた。それしか、出来ることがなかったから。

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