十五話 回り道


「……あれ……」


 俺が決闘に勝ち、血にまみれた剣を掲げてみせたことで、家族以外みんな静まり返ってると思いきや、大いに盛り上がっていて歓声や拍手が鳴りやまないほどだった。


 それだけ、俺とイレイドの戦いに熱中していた人が多かったってことか。


 俺自身、やつを殺したことの罪悪感より高揚感のほうが大きい。やらなければこっちがやられていたわけだしな。


「ルーフよ、よくやったぞ!」


「ルーフ、本当に頑張ったわね!」


「ルーフお兄様、おめでとうございます!」


「ルーフ兄様、おめでとおぉーっ!」


「……ありがとう、父さん、母さん、エリス、アレン……」


 俺は家族から迎えられ、そこでさらに大きな歓声が響き渡った。


 でも、俺はやり切ったという思いがある一方で、自分に対して物足りなさも覚えていた。もっと強くならなければダメだ。


 イレイドに勝てたのは奇策が上手く嵌ったからであって、内容では圧倒的に負けていた。あいつが混乱せずに冷静な対処を心がけていた場合、俺が負けていた可能性が高い……ん?


「…………」


 まずい。視界がグルグルと回り始めた。大丈夫かと思っていたのに、ここに来て意識がダメになりそうなんだ。安心して気が緩んだせいだろうか……。俺は信じられないような強烈な疲労感に包まれたかと思うと、ほとんど間を置かずに目の前が真っ暗になった……。






「……あ……」


「おぉ、ルーフよ、やっと目覚めたか!」


「……父さん?」


 気が付くと俺はベッド上にいて、傍には感激した様子で立ち上がった父さんの姿があった。どうやら、また意識を失って長い間眠ってたみたいだな。


 しかも、体中にあった痛みがなくなっていた。右手首なんて折れてたはずなのにすっかり元に戻ってるし、俺が寝てる間に腕のいい回復術師でも呼んだんだろうか……。


「ルーフ、お前はも眠り続けていたんだ……」


「な、七日……⁉」


 俺は父さんの言葉に耳を疑った。あれから一週間も俺は眠り続けていたっていうのか。【迷宮スキル・無明剣】を使ったことの反動なのはわかるが、以前は丸一日で済んだのに今回は七日って、一体何故――あ……。


 そこまで考えたところで俺はその理由がわかった。そうだった。初めて【無明剣】を使った日の翌日がイレイドとの決闘日だったんだ……。そりゃ連続で切り札を使ったようなものだし、七日間も眠り続けるほど消耗してもおかしくないか。


 ってことは、もし三日連続で使ったら……想像するだけでゾッとするな。もう二度と目が覚めないなんてこともあるかもしれない。


「ルーフよ、本当に頑張ったな。見事だ……」


「父さん……」


 父さんに抱きしめられると、前世のこともあって俺はいつも緊張してしまう。自分には親なんていないっていつも言い聞かせてたから。硬くなってしまうのが申し訳なくなるくらい温かかった。


「本当に立派になった……。お前が決闘で見せたあの不規則極まりない剣の軌道に、私は【迷宮】スキルの無限の可能性を垣間見たぞ。ほら、これを受け取れ」


「え、これは……?」


「アリエス学園からの招待状だ」


「なっ……⁉」


「はははっ、そんなに驚くほどか? ルーフはそこから誘われていたイレイドを倒してみせたんだぞ? あの場にはスカウトの姿もあったのだから当然だろう。私は自分の息子を心の底から誇りに思うぞ……」


「あ、ありがとう、父さん……」


 父さんはいつも穏やかな顔でしっかりと俺の目を見つめながら言ってくるので照れ臭いんだ。


「そこへ行くかどうかはお前が決めることだが、私は正直お勧めできない」


「えっ……? なんで?」


「アリエス学園は、各地のエリートたちがしのぎを削るだけでなく、誰もが隙あらばライバルを引きずり落そうとする恐ろしい場所なのだ。のし上がれた者はいいが、それが叶わなければ……心か体が死ぬ。私の友人がそうだった……」


 父さんの顔色がそこで明らかに変わるのがわかった。今までほとんど見たことのないような、とても陰りのある表情だった。


「ルーフと同じユニークスキル持ちの努力家で、周りを笑わせるのが好きな陽気な男だった。それが例の学園に入学してからというもの、一切笑わなくなってしまった。それどころか、常に怯えたような顔で周りを見回すようになり、最後は自害してしまったのだ……」


「…………」


 そんなに恐ろしいところだったとは……。


「もちろん、悪いことばかりではない。アリエス学園に誘われること自体が既に名誉であり、耐えきることさえできれば、成り上がれなくともある程度の富と名声を得られるだろう。そこの卒業生というだけでな……」


 卒業生というだけでもう凄いんだな。現実世界でいう、偏差値が飛び抜けて高い名門大学のようなものだろうか。


「だが、これから開花しようとしているユニークスキル持ちには適さない場所だと私は考えている。あそこはすぐに結果を求められるところなだけにな。それよりももっとこう、自由で大らかな環境でこそユニークスキルは伸びると私は睨んでいるのだ」


「父さんの言ってること、よくわかるよ。でも、折角のチャンスなんだし……」


 俺としてもそんな恐ろしい話を聞けば迷いが生じるが、それでも挑戦したかった。【迷宮】スキルを開花させるには、厳しい道を行くことこそが【何か】を発見できる手段だと思っていたから。


「ルーフ……お前の気持ちもわかる。だがな、急がば回れという言葉もあるぞ……?」


「急がば回れ……?」


「そうだ。この招待状は一年後まで有効だから、もっと自信がつくまで待ったほうがいい」


「でも、その間俺は何をしたら……」


「それならもう手は打ってあるから問題ない。お前にこれを渡そう」


「これは……?」


 俺は父さんから一枚の紙を受け取った。


にある学校からの招待状だ」


「マウス島……?」


 初めて聞く言葉に俺は戸惑う。


「そうだ。ここから遥か遠く離れた島だが、そこにある唯一の学校には、ユニークスキルを開花させることで有名な先生がいる。その人の下で一年間修行してほしい。ルーフ、私は今でも後悔している。友人を止めることができなかったことを。私は、命よりも大事な息子のお前を失いたくはないのだ……」


「父さん……」


 目を赤くしながらも俺をまっすぐ見つめてくる父さんの目力に圧倒される。こんなことを言われたら断れるわけないじゃないか……。


「わかったよ。アリエス学園に入るのは、マウス島でもっと自分を磨いてからにするよ……」


「……ルーフ、すまない。私のエゴに付き合わせてしまって……」


「…………」


 家族を失いたくないという当然の思いをエゴと言ってしまう父さんの愛情には、深すぎて溺れそうになるものの悪い気はしなかった。


「それとだ……。言いにくいが、昨日リリアン嬢がお前のもとを訪れてきた」


「あ……もしかして、この手首を治療するためかな?」


「そうだ。彼女は【回復術・中】を持っているしな。切断されたものでなければ大抵対処できる。自分が治療したことは黙っていてほしいと頼まれたが、お前なら察するだろうと思って伝えることにした」


「……リリアン……あいつ、なんで……」


「おそらく、今回の決闘の件で罪悪感を覚えているのだろう。私にはリリアン嬢の思いが痛いほど伝わってきたよ。彼女と離れるのは寂しいか、ルーフ?」


「……そ、そりゃちょっとは寂しいけど、あいつはただの友達だし……」


「キスはもう済ませたのか?」


「うっ……」


「ほぉ……図星か! はっはっは、ルーフも男だなぁ⁉」


「…………」


 父さんにしてやったりの笑みを向けられ、俺は死ぬほど恥ずかしかった……。

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