十四話 魂
「ぐぐっ……⁉」
イレイドが繰り出す剣捌きは、俺の想像を遥かに超越していた。
俺はかろうじて受け流すのに精一杯であり、両手が痺れて剣を何度も手放しそうになるほどだった。
やつの持つスキルが【剣術】の小程度であることが本当に信じられない。
スピード、パワー、テクニック、プレッシャー……どれを取っても俺なんかとは比べ物にならないクオリティなんだ。
これを見れば、【剣術・大】を持つ父さんが俺と勝負するときにどれだけ手加減していたのかがよくわかる。そうしなければ大怪我するから仕方なかったんだってことも。
「ハハハハハッ……! どうだぁっ、ルーフウゥッ、己が虫けらだということがっ、ようやく理解できたかあぁぁぁっ……⁉」
「ぐぐぐうぅっ……!」
これが【剣術】スキルの真価だというのか……。
スピードに目が慣れてくればとか、猛攻を凌いで反撃のチャンスを待とうとかそういう次元じゃなくて、単純に場違いな感じがして、圧倒的な才能や威力の差をまざまざと痛感するしかなかった。
「……ルーフウゥゥッ、許されると思うな。何が何でも殺してやる……絶対に殺してやるぞおぉっ……!」
「…………」
もしも、やつの攻撃を受け流す角度が、ほんの1ミリでもズレてしまえば……その時点で俺のガードはまたたく間に決壊し、明確な死という谷底へと一気に転落していくことだろう。
最早暴風雨といっても過言ではない、激しすぎる横殴りの刃に対し、俺は心も体もずぶ濡れの状態だった。
こうなったらもう、【無明剣】を使うしか打開する手段はないんじゃ……?
恐怖のあまり、俺の中で迷いが生じる。怖さを消すためにもいっそ使ってしまおうかと。だが、寸前のところで思い直した。
いや、それはダメだ。まだ、こんな早い段階で切り札を使用したら、イレイドを倒す前に自分の体力のほうが終わってしまうのは目に見えてる。
イレイドの体力をこの上なく消耗させた上で、ギリギリのところまで無抵抗だと思わせ、一気に【無明剣】で反攻に転じるというのが、俺が悩んだ末に考え出したやつに勝つための唯一の方法だ。
そこは腐っても【剣術】スキル。【無明剣】の不規則な動きに慣れられたら終わる。
「……はぁ、はぁ……リ、リリアン嬢……見ているかい……? もうすぐ……もうすぐ、だ……。もうすぐ君に、私の崇高な愛を届けられる……。君を騙し、唆した小汚い虫けら……ルーフの無残な死骸とともに……」
「…………」
イレイドが勝利を確信したためか、自分に酔った台詞とともに剣の動きがほんの少し鈍るのがわかった。いいぞ、この調子だ。
あと少しで俺を倒せるという思いが力みに繋がっているってことなんだろう。俺はそれまでまったく余裕がなかったが、今では普通に受け流せるようになったし、恐怖もあまり感じなくなっていた。逆にこっちが力みなく対処できるようになってきたんだ。
「フフッ、無駄なあがきはよしたまえ。ルーフウウゥッ……!」
「くっ……!」
ただ、それでも【剣術】スキルの力は依然として強く、防戦一方であることに変わりはない。イレイドがどれだけ力もうが余裕の台詞を吐こうが、こっちには反撃できるチャンスなんて一切なかった。さすが、花形のスキル。それを持っているだけで勝ち組と呼ばれるのもよくわかる。
「もういい加減に死にたまえ、ルーフ。死ね死ね死ね死ね死ねっ、今すぐ死んで死骸になれええぇぇっ……!」
「…………」
激しい罵声と刃の嵐にさらされながらも、俺は逆に冷静になろうとしていた。両手の感覚はもうとっくにないし、押されっぱなしで両足は今にも攣りそうな状態だというのに、普段通りの心境になることができていたんだ。それもそのはずで、目を瞑っているからだ。
「……あ、あったま、おかしいのか、貴様ああぁぁぁっ……⁉」
「お前にだけは言われたくないな、イレイド」
「キッ……キイイィィィィッ!」
目を瞑って戦うというのは、俺にとっては精神的に消耗があるくらいしかデメリットなんてなくて、そのほうが動きがよくなるんだ。
とはいえ、【剣術】スキルを持つイレイドの激しい攻撃に対し、目を瞑るというのは相当に勇気がいることだったが、実際に闇の中で戦ってみるとリラックスできるだけでなく、目を開けているときよりも楽に対処できるし、力みもほとんどなくなった。
それとは逆にイレイドがさらに力むのが手に取るように伝わってくる。この目を瞑るという行為にそういう意図はないが、激怒させるという効果もあったってことで、まさに一石二鳥どころか三鳥にもなるってわけだ。
そのうち反撃する機会さえも普通に生まれそうだ。ただ、だからといって色気を出すつもりはない。やつの怒りと力みをこのままできるだけキープし続けることこそが勝利に繋がるはずだから。
目を瞑り、イレイドの炎の刃を淡々と受け流すんだ。そのときが来るまで。やつが業を煮やし、これまでで最も大きな隙を覗かせるときまで、辛抱強く待つ。その瞬間が来たとき、俺は反転攻勢に出るつもりだ……。
「私は……私は誰よりも素晴らしい、至高の存在なのだあぁぁっ! 崇めるがいい、虫けらああぁぁぁぁっ――!」
――よし、今だ。遂にそのときがやってきた。俺は開眼するとともに【迷宮スキル・無明剣】を行使した……って、今気づいたが、右腕が手首からぱっくり折れてしまっていた。それでも、もう今更後戻りはできない。賭けだ。
「うおおおおおぉっ!」
「ぬぁっ……⁉」
左手一本で、俺はイレイドの攻撃を受け流すだけでなく、やつの体勢が崩れるほどに戦況を覆すことができていた。
一発一発にそこまでパワーがあるわけではない。左手一本ならなおのこと。あまりにも奇妙な角度、軌道で次々と刃を浴びせられるために、イレイドは対処しきれないのだ。
「ぬぁっ、ぬぁんだ、こっ、これはあぁぁっ……⁉」
イレイドの目が尋常じゃなく見開かれている。それまで猫に虐げられる鼠の如く無抵抗だったのが急に反攻してきた上、左手一本でいとも容易く押し返しているのだから当然か。
混乱がさらなる混乱を生み出してショックを引き起こしたらしく、イレイドの顔面は見る見る死体のように青白くなっていき、俺の繰り出す攻撃をなんとか受け流すのみになっていた。
「……こ、こにゃっ、こんにゃはずじゃっ……がぎぎぎぎいぃぃっ……!?」
ユニークスキル持ちが【剣術】スキル持ちを圧倒しているという驚きのためか、周囲が恐ろしいほど静まり返る中、イレイドの痛々しい奇声だけが空しく響き渡る。
「――はぁ、はぁぁ……」
強めの風が吹き抜けて砂埃が舞う中、ほとんど棒立ちになっていたイレイドは極度の疲労のためか遂に倒れた。勝った、のか……?
やつは倒れているし起き上がる気配もない。そうか。俺はイレイドに勝ったんだ……。
「…………」
殺してやろうかと思ったが、横たわっている状態ということもあって躊躇する。俺は優しすぎるのかもしれない。その場から立ち去ろうとしたとき、背後に気配を感じた。ま、まさか……。
「ルーフウウウゥッ……貴様はもう、終わりだ……」
やつの勝ち誇ったような声がした直後、ボトッという鈍い音が耳に届く。少し経って、イレイドの首が俺の足元に転がっているのがわかった。馬鹿め、【無明剣】の効果はまだ切れていない。終わったのはお前のほうだったな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます