四話 教祖様大好き!みんな仲良し!アットホームな職場です!
邪教徒の朝は早い。
遅寝早起き、睡眠不足。一日一食、健康生活。
でも……でも! みんなはアーロス様のためなら頑張れるよね!? アーロス様に仕えられることは至上の喜び! 無休で無給でも奇跡の御方に尽くせるんだから嬉しいくらいだよね!?
ここで朗報!
ワォ! 幹部になったら待遇が良くなるよ! しかも魔法を授かることができるので、よりいっそう彼のために粉骨砕身活動できるんですって!
「アーロス様サイコーーーー!!!!」
涼しげな空気に目を覚まして外に出た俺は、山彦を期待してあらん限りの大声を出した。遥かなる大自然も俺の意見に同調してくれたのか、なんと四回もオウム返ししてくれた。
「あ〜サイコサイコ」
俺は公然と不満をぶちまけ続ける。
大人数が狭いボロ屋に押し込められているから熟睡とは無縁。かと言って外で寝ると、たまに出没する野犬や狼にガブッと行かれる。従ってモブ同士の人間関係は険悪。トイレは臭いし汚い。飯は不味い。鬱とか発狂寸前の同僚もいるが、大抵いなくなっていく。あぁ、なんて素敵な職場なのかしら!
正直、この世界での癒しは手付かずの大自然を間近に拝めることくらいだ。プライベートの時間は早朝の誰も起きていない時間にしかないから、趣味と呼べるものもない。
遠くを眺めると、薄暗い景色に濃い霧がかかっていた。山体がぼやけて距離感が掴めない。約十メートル向こう側から白っぽくなって見えるくらい霧の濃い日だ。
う〜ん、今日は子供を攫うには絶好の天候だな。のびのびと背筋を伸ばして気持ちよくストレッチ。もう一回クソッタレな世界に大声をぶつけようとすると、何の気配もなかった背後から肩を叩かれた。
「ようオクリー」
「オッ――はようございますヨアンヌ様!!」
いつの間にか背後に立っていたヨアンヌが、青春の一ページに出てきそうなくらい爽やかな笑顔で語りかけてくる。俺は土下座する勢いで膝を折った。
あぶねぇ。ヨアンヌに関する何かしらを叫ぶ寸前だったわ。首締められた時みたいな声出ちゃった。
そんな俺の様子を見て、ヨアンヌは美少女に間違いない微笑みを俺に向けてきた。やめてよ、怖すぎる。
「霧が出てるし今日は誘拐日和だな」
えへへ、今日は爽やかな日ですね! みたいなノリで話しやがって。つーかこの天候を見て誘拐日和って思うとか、思考回路が俺と同じなの普通にショックだわ。冗談でも同じ言葉を思いつきたくなかった。
「はは、私も同じことを考えていましたよ。奇遇ですね」
「……そ、そうか。気が合うな……」
ヨアンヌは口元を隠して身をよじるような仕草を見せる。前世でモテなかった俺だから分かる、今好感度下がったっぽいわ。キモって言おうとした口を塞いだに違いない。頼むからこの調子で好感度下がってくれ。下がりすぎても良くないけど。
「ところでオクリー、今日のアタシの服は似合ってるか?」
は? 何その質問。
「……ヨアンヌ様の服ですか? もちろんお似合いでございます」
ヨアンヌの格好は黒い外套――先日俺が裸体を隠すために掛けてやった一般教徒用のボロいローブ――にワイシャツとスカートというスタイルだ。大抵は戦いでズタボロになるのだが、彼女は毎度このファッションで作戦に参加している。メタ読みすると、服の違う立ち絵をいちいち用意するのが難しかったんだろうが。
「そ、そうか、なら良かった。んっ……ふ……。………………」
ヨアンヌは身体をぶるぶると震わせた後、すんと押し黙って俺の四肢を舐め回すように見つめてきた。手、肘、肩。続いて、足、膝、太ももの順番。ぎょろりと開かれた螺旋状の瞳が高速で移動する。
そして、思わず溢れてしまったというように、彼女は俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声量でポツリと言った。
「――
表情の全てが抜け落ちたような声色だった。
「……え?」
「あ、いや。何でもない。気にするな……」
お、おい……今、俺のことを邪魔だって言ったよな? 怖すぎる。やっぱり俺のことは嫌いらしい。流石に今の発言には本能的な恐怖を覚えたので、俺はモブ教徒が雑魚寝するボロ屋に「皆を起こしてきます」と言って逃げた。
入口の暖簾に上半身を突っ込み、そのまま全員の鼓膜を破く勢いで大声を張り上げる。
「おいお前ら起きろ! ヨアンヌ様より起床が遅いとは何事だ!! 忘れたのか、今日は村に行って人攫いしに行くんだぞ!!」
ヨアンヌの手を煩わせる前に、泥のように眠っている一般教徒たちを叩き起していく。
「オクリーの言う通りだ。早く起きないと殺すぞ〜」
その発言は冗談になってない。可愛らしい子供が冗談めかして言うのと、パワー系サイコ邪教徒が言うのとじゃ凄味が違う。ヨアンヌのハスキーな声によって意識を覚醒させられたモブ達は、黒々とした隈を露わにしながら遠征の準備を始めた。
今日は何人の無垢な子供達が誘拐されるのだろうか。そして、将来的に俺達のように報われずに死んでいくのだろうか。
俺達が今苦しんでいるように、負の連鎖は続いていくのである。
『皆さん、行ってらっしゃい』
「行ってきま〜す教祖様!」
教祖アーロスの不気味な仮面に見送られて、俺達はいよいよ人攫いへと向かった。
私有地から出発した教団の小隊は、子供をブチ込む用の馬車を三台ほど引きずって、舗装されてない道をガタガタ言わせながら走っていく。
小隊の人数は二十名ほど。人遣いが荒い分、慢性的な人手不足に見舞われているのだ。過酷すぎる環境もあいまって、熱心な教徒とヨアンヌは元気なのだが、疲れ切った教徒は早くも馬車の中で寝落ちしていた。
馬車の中には拷問器具や僅かな食料が所狭しと積まれており……気の所為ではないだろう、往復分の食料がなかった。度重なる略奪で金はあるだろうに、末端に与える飯は無いってか。
そんな俺の思考を露知らず――もしくは気付いた上でやっているのか――ヨアンヌは教徒達に保存食を分け与えていく。パッサパサの干し肉とクソ硬い潰れたパン。歯が根負けしそうになる。
「ほら、そこのオマエはどうだ? 食べないとこの先キツいと思うが」
「……いりません……」
「そうか〜」
見るからに限界ギリギリな教徒は、ヨアンヌが渡そうとした食料を拒絶した。痩せ切った、骨と皮のような体躯だった。死神を思わせる風貌である。
……彼はこの作戦の最中で死ぬかもしれない。俺は奥歯で干し肉を何度も何度も噛んで、残酷すぎるモブの一生について思考を巡らせた。
この教団において、九割のモブは『洗脳教育→育成→任務→死』という一連の流れの中に生きている。任務に当たるのは働き盛りの十二歳からで、死の危険がある任務については十五歳からという因習があるらしい。
で、幹部連中は死ぬまでに自分の代わりになる人間を一人以上連れてくることを期待している節がある。邪教徒を増やす方法はいくつかあるが、基本的な方法は『子供の誘拐』『スカウト』『人身売買』のいずれかである。
早い話、一人減っても二人増えれば教団は拡大を続けられるってことだ。現場の人数は足りていないが、現状のサイクルが回っている(と幹部が思い込んでいる)うちはこのやり方を変えようともしないだろう。
そして、痩せ細った男のように限界を迎えた者達が死んでいく。組織の新陳代謝である。生き残った僅かな人間か狂信者のみが幹部の座に登り詰めることができるのだ。
いやいや、幹部が治癒魔法を使えるならその恩恵に預かれば死亡率が下がるんじゃないの……と思うかもしれない。
幹部の扱う治癒魔法に関して補足すると、当人が自分に使う時は最大の効力を発揮するが、他人に対してはいまいち効果が見込めないのだ。つまり、自己蘇生レベルの超回復は不可能。致命傷を負えば、幹部が近くにいたとしても死んじゃうわけ。
まぁ、自分以外に強烈な治癒魔法を使えてしまったら原作崩壊待ったナシだからな。お互いに化け物しかいないから、全員治癒魔法所持の世紀末がギリギリ成り立ってるわけだし。
いや、全然成り立ってないわ。治癒魔法のせいでモブとネームドの間に格差起きまくってますよ神。
「オクリー、アタシが齧った干し肉いるか?」
「お戯れを」
森の中かつ霧中を走行しているため、景色はずっと変わらない。暇を持て余したヨアンヌが絡んでくるが、それよりも馬車のガタガタで尻が痛いので適当にあしらう。
すると、そんな俺の様子を見た(比較的元気な)モブ教徒がひそひそ話を始める。
「あのオクリーって奴、ヨアンヌ様に気に入られてるよな……」
「羨ましいなぁ。オレも寵愛を受けたいよ……」
何が羨ましいと言うのか。俺にとって幹部連中は全員等しく近寄りたくないし、関わりたくない相手だ。決戦兵器並の戦闘力があるからな。しかも常人には推し量れぬ精神状態のため、どこで爆発するか分からないと来る。極力関わらないのが吉だ。
さて、俺達が向かう村は人口三百人ほどの規模である。何故こんなチンケな任務にヨアンヌが同行しているかと言うと、失敗の尻拭いのためというのもあるが、国中に潜ませたスパイから「この村の先にある防衛拠点でセレスティアが待機している」という情報が伝わってきたかららしい。
セレスティアをぶち殺すチャンスと言わんばかりにヨアンヌは奮起している。
我らアーロス寺院教団の目標は、勢力の拡大と他宗教の撃滅。これほど理に叶った任務もそうないというわけだ。
じゃ、そろそろ誘拐しちゃうぞ〜。
村の近くに馬車を停めた俺達は、颯爽と武器を取り出して村の中に入っていった。
「ん?」
誰もいない。家屋の中にも人っ子一人いない。
かと思えば、霧の中に立つ人影が一つ。ヨアンヌが目を凝らす。
「残念でしたわね」
鈴の音のような声が響き渡ると同時、背後からギャッという悲鳴が飛んだ。後ろに振り向くと、馬のお守りをしていた男が背中を切り捨てられて死んでいくところだった。いつの間にか正教軍に取り囲まれている。
俺とヨアンヌは全てを察した。
セレスティアが村の先に存在する防衛拠点で待機しているというのは嘘。セレスティアは風の魔法使い、この濃霧を利用して俺達を嵌めたんだ。
状況を鑑みるに、迎撃態勢は整っている。
俺達は誘い込まれたのだ。
戦闘前に幹部同士で会話する、なんてことはなく、無慈悲に虐殺が始まる。ビン、という鈍い弦の弾ける音が本格的な戦闘開始の合図だった。
「グッ!」
「ぐわぁ!」
霧の向こうから無数の矢が放たれ、あっという間にこちら側の雑兵が串刺しにされていく。どうやら数でも圧倒的に負けているらしい。反撃すら許さず完封するつもりか。
俺は物陰に隠れて矢の雨をやり過ごす。霧のせいで視界が悪く、敵の数すら不確定。霧に乗じてヨアンヌからも正教軍からも逃げ……られねぇわ。いや無理すぎる。マーカーがある上に相手に囲まれてんだから。
「偽の情報を掴まされたか。道理で都合が良すぎると思ったぜ」
「ど、どうすればいいですかヨアンヌ様ぁ!! 助けて下さぃぃ!!」
嫌だ! 死にたくない! 俺は初めてヨアンヌに本心をぶつける。すると、ヨアンヌの瞳が静かに冷たく変化していくのが分かった。こんな場面でも動揺しないなんて、本当に違う生き物なんだなと思ってしまう。
「悪いことばっかりじゃない。そこにセレスティアがいるのがツイてる証拠さ」
「せ、セレスティアだけでも討ち取るおつもりで……?」
「当然だ。無傷で片付ける。……汚したくないからな」
「え?」
ヨアンヌは長い深呼吸をしたかと思うと、空に向かって猛烈な勢いで息を吐き出した。
「えっ!?」
彼女の莫大な肺活量が霧を晴らし、忽ち敵の総数が明らかになる。その数四十五。
いや、そんな頭脳プレイ原作でもしなかったじゃん……とツッコミが追いつかない。
「セレスティアァ! 見ぃつけた〜〜!!」
「……まぁ、霧に乗じて逃げられる方が厄介ですね。この際、全て晴らしてしまいましょう」
銀の髪。紫の瞳。修道服の上からでも分かるスタイルの良さ。風の魔法使い・セレスティアが遂にその姿を現した。彼女は手を払って半径数百メートルの霧を吹き飛ばすと、部下に攻撃を続けさせた。
「あなたも来ていらしたのね。二人とも死んでくれると嬉しいのですが」
一瞬、目が合う。
「……今日は良い風が吹いています」
(ヤバい何か来る!!)
俺は何かを感じ取って後方に飛び退いた。回避行動が遅れたヨアンヌは風の塊に左半身を吹き飛ばされてしまう。以前の彼女には見られなかった速攻の攻撃ではあったが、俺に避けられてヨアンヌに避けられないはずがない。
(ヨアンヌの反応が一瞬遅れていた? どうして……?)
「動きが止まったぞ!? 撃て撃てェ!!」
次々に矢を打ち込まれるヨアンヌ。彼女はゆっくりと立ち上がり、削り取られた左半身を回復させながら、後方に吹き飛ばされたローブの元へと向かう。ヨアンヌは震える手でボロ切れになったローブを抱き締めると、玩具を壊してしまった少女のようにその場にへたりこんだ。
(な、何してるんだよこんな時に!? そのローブなんかどうでもいいだろ!!)
「……哀れな子。今すぐ楽にしてあげましょう」
セレスティアは心底悲痛な声で呟いた後、ヨアンヌの無防備な背中に向かって魔法を打ち込み始める。
背中に魔法や矢を受けながら、それでもヨアンヌは反撃しない。頭部が完全に吹き飛ばされ、背骨が露になってもローブを掻き抱いていた。
頭部を復活させたヨアンヌは、その瞳から涙を流していた。
「わたくしはあなたが人間であることを今やっと思い出しました」
「…………」
「反撃しないなら好都合。そのボロ布に執着しながら逝きなさい」
「……殺す」
何が逆鱗に触れたのだろうか。ヨアンヌは衝撃波を残して目にも止まらぬ速さで跳躍する。訳の分からぬまま衝撃波に吹き飛ばされた俺は、干し草の中に頭から突っ込んで気を失ってしまった。
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