三話 まだ引き返せるかもしれない
アーロス寺院教団は邪教とされているが、どのへんが『邪』なのかを軽く説明しよう。
寺院教団の起源は金儲けのための希薄な繋がりだった。最初はナントカ商会というように名前も違っていたし、互いのフルネームすら知らないような浅い関係だった。
しかし、野望を抱いたアーロスが商会を乗っ取ったことで風向きが大きく変わってしまう。
人心掌握能力に長けたアーロスは巧みな話術で人々の関心を引き寄せていく。組織は徐々に先鋭化していき、アーロス寺院教団と名前を変えた。
ここからが邪教たる所以。山奥に拠点を建てた彼らは、教徒を増やすべく村や街から幼子を誘拐し始めた。
誘拐された子供達はアーロスの巧みな話術に惑わされ、教団の考えに疑いを持たなくなっていく。アーロスを独裁的主権者とする『国』の完成である。
ちなみに、俺が前世の記憶に目覚めたのは誘拐されたしばらく後のこと。開幕から絶望スタートだった。
道理に反した行いが世間に知られていくと同時に、ケネス正教及び国家はアーロス寺院教団を邪教認定。それからはあちこちで抗争が勃発し、一般人にも被害が拡大している。
子供の誘拐と洗脳を繰り返す宗教団体。ついでに邪魔者の殺しもやってます。
どう? ヤバいでしょ。
そうなんです。ヤバいんです。助けてください。
俺も十歳くらいの時、施設から逃げようと計画を企てたことがある。何せ俺には原作知識があって、教団の敷地の構造を把握していたからな。
結果は言わないでも分かると思うが、監視に見つかって普通にバレた。教育係に「我々は君達のためにアーロス様の教えを説いているんだよ」と諭された挙句三日間監禁され、逃走の気持ちを折られてしまった。
洗脳教育カリキュラムを終えて雑兵として育てられた今の俺は、逃走したい気持ちはあるが決定的な一歩を踏み出せずにいる。監禁された経験がトラウマなのもあるし、幹部連中から目をつけられているために逃走を企てることすらできない、という理由もある。
そして、これからはもっと教団に深く関わってしまうのだろう――先刻、俺はヨアンヌに配置転換を命じられた。早い話、モブ雑兵から『マーカー役』専任という役割を賜ってしまったのである。
マーカー役とはその名の通り標的役のことで、ヨアンヌの身体の一部を持ち運ぶ人間の通称だ。
ヨアンヌの得意戦法は、怪力を活かした肉弾戦と数十キロ単位での物体の投擲。彼女は自分の肉体の在処を感知する能力を備えており、マーカー役の人間目掛けて岩石や砲弾を投擲することができる。その威力たるや半径十数メートルの土地が抉れる程で、人を殺傷するには余りある威力を誇る。
また、マーカー役に己の生首を投げつければ、着弾点で肉体を再生させて体を『転送』することが可能なのだ。そういう意味で、ヨアンヌと作戦を遂行する際はマーカーの携帯が義務付けられている。
元々マーカー役は流動的かつランダムに割り当てられるものだった。前は偶然俺に回ってきただけの役割だが、今日から俺専用の役割へと変貌してしまったのである。
俺が死んだらどうするんだろう。まぁ、その時はマーカー役が再びランダム制になるだけか。
「オクリー。とりあえずこれ持ってろ」
「はっ」
「アタシの耳朶だ」
「……はっ」
というわけで、俺はヨアンヌのマーカーである肉体の一部を手に入れた。要らなすぎる。
彼女の耳朶はまだ温かい。ヒクヒクと動いているような錯覚に襲われた。そのままの状態で渡されたのが気持ち悪かったので、ヨアンヌの肉塊は箱型のペンダントに入れておくことにした。
ちなみにこのペンダントは教育カリキュラムを終えるとプレゼントされるゴミだ。これを首に提げていることがアーロス寺院教団教徒の証明になり、中にアーロス様の顔写真を入れることが推奨されている。
ヨアンヌの耳朶をペンダントに詰める俺を見て何を思ったのか、ヨアンヌは興味深そうに手元を見つめてきた。
「オマエ……そんなにアタシの一部を大切に……」
最後の方はなんて言ってるか聞こえなかったが、嫌な感じがする。
「おいオクリー」
「はい」
「その耳朶……アタシの分身だと思ってくれていいぞ」
笑えないジョークだ。分身というかそのものだし。……吐きそう。
「ありがとうございます」
彼女の冗談を無下にすることはできないので、俺は貼り付けたような笑顔で返答した。
俺は首にペンダントをぶら下げ、素肌につけないよう服の外に露出させる。あぁ、今すぐに放り投げたい。気持ち悪い。消えてなくなりたい。
明日、失敗を取り返すための任務が始まる。取り逃したセレスティアの行方を追いつつ、失った人員分の子供を誘拐してくるという任務だ。人を殺したことはあるが、子供を誘拐する任務に携わるのは初めてである。いよいよ邪教徒に染まってきた感が拭えない。
(ああぁ……! 作戦中に死を装って教団から離反するとか、色々と考えてたのにぃ!! よりによって『転送』で長距離移動し放題のヨアンヌに捕まっちまったぁぁ!! しかも『マーカー』まで肌身離さず身につけるようにって……どーすんだよコレっ!!)
ヨアンヌ・サガミクスは見てくれだけは良い少女だ。
ウルフカットにスプリットタン、肋骨が浮くほど痩せた小柄な体型。しかしガリ巨乳。初見プレイヤーはチンピクすること請け合いだろう。
……無論、やり込みプレイヤーにとって彼女は恐怖の対象だ。『転送』後は決まって一糸まとわぬ姿になるサービスシーンが流れるのだが、彼女の裸体で喜ぶよりも敵幹部が『転送』して来たという恐怖と衝撃の方が大きいだろうし。
そして、忘れることなかれ。彼女のルートに突入すると監禁・四肢切断は免れない。有名な話だが、ルート突入直前に他の女ルートに行こうとすると…………悪いことしたのはコイツか! とか言ってちんちんをバナナの皮みたいに裂かれて殺されてしまうのだ!!
ご丁寧に差分アリのCGまで用意されているので、男性諸君は発狂モノである。声優の熱演もあって、俺は画面を直視できなかった。
(正教側に寝返りたい。でもセレスティアに顔見られちゃったし絶望的だな。はぁ……)
「ヨアンヌ様はこれからどうされるおつもりで?」
「今日は休む」
「そうですか。お疲れ様です」
「ん」
ヨアンヌは俺の首元にチラチラと視線を寄越した後、早歩きでどこかへ消えていった。
ようやく莫大な重圧と恐怖から解放された俺は、深い深い溜め息を吐いた。胸元をパタパタと仰いで脂汗の熱気を逃がす。そして俺は最後の彼女の行動の意味を探り始めた。
「……このペンダントを見てたのか? この中に入れたのが良くなかったのかも……」
もしかしてカンに触っただろうか。
確かにペンダントの中に肉塊を詰め込んだけどさ、じゃあそれ以外にどうすれば良かったんだ? そのままポケットに突っ込むわけには行かんでしょ。そんな作法があるかは分からないが、失礼にあたるかもしれないし。
肉塊食べて俺自身がマーカー役になることで「これで一心同体ですね」とか言ったら良かったのかな。
(それ言ったらマジでルート突入不回避だな。いや、逆にキモがられるのか? 絶対やらんけど)
俺は山の麓の居住区から古城を見上げる。あの山の麓から周辺の森までは全て教団の私有地だ。高い塀と堀で囲まれた小さな独裁国家。洗脳されてしまった者にとっては教祖アーロスを含めた幹部に奉仕できる最高の環境。完全に洗脳されていない者に至っても、いつ密告されるか分からない恐怖が付き纏うため互いが互いを監視する極限の環境が作り上げられていると言えるだろう。
教祖アーロス様に縋れば救いがあるかもしれない。彼について行けば恩恵に預かれる、上手く行けば幹部の方々と同じように力を得られるかもしれない。
――そんな一縷の望みを抱かせるのが本当に上手いのだ。ある程度正常な邪教徒達の精神は狭間で揺れ、疲弊し、次第に黒に染まっていく。
「私は大丈夫私は大丈夫私は大丈夫……」
時々、このように発狂寸前の教徒と出会うことがある。邪教徒も一枚岩ではない。むしろ、幹部連中以外の名無しモブ達は被害者と言ってもいい。
……彼らは雑兵として使われ、近いうちに死んでいくのだろう。何とか救ってやりたいが、出来るはずもない。俺も彼らも魔法の力に目覚めていないのだから。
魔法の力に目覚めるためには、人々の信仰を集める『主』から認められ、祝福を授けられなければならない。ケネス正教であれば神様から、アーロス寺院教団であれば教祖アーロスから。それぞれの『主』から認められた者がそれぞれの教団の幹部の座についているというわけだ。
俺は鏃に塗るための毒薬を調合した後、大人数が眠る部屋で雑魚寝するべく仰臥する。
(……教団から逃げられないなら逆に幹部まで上り詰めて教祖を乗っ取っちゃうとか……いや無理だよなー。ヨアンヌ含めてアーロスに心酔してるわけだし)
そんなことを考えつつゴロゴロしていると、俺はいつの間にか意識を失っていた。希望を見ようとしても絶望しか見えてこない。次の朝は最悪の目覚めだった。
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