員数点検

「……小銃が二、弾倉が十二、銃剣がニ本か……」


 狭い車内で手荷物として持ってきていたヘッドライトを照らし、車内の物の点検をしていた。

 本来、この作業は荷物を積み込んだ時に終わらせていたので改めて行う必要は無いのだが、俺は敢えてこの作業をしている。


 自衛隊は物品管理が厳しいので何度でも点検をしている。その習慣が身体に染み付いているというのもあるが、それよりも何か作業をしてないと自分の気が狂いかねないので、それをごまかすために作業している意味合いの方が大きい。


「機関銃が一つ、無反動砲が一つ、対戦車弾が一つ、ケブラー繊維のヘルメット、俺の防弾チョッキが一つ……だな」


 銃等の点検を兼ねて員数を数え終えた俺は横に置かれたダンボールの中を見る。その中には携帯食料と緊急事態用の発煙筒が三本入っていた。


「携帯食料は普通に食って三、四日分か、それよりも水が欲しいな。って発煙筒も一緒入ってるし。こんな適当な詰め方するのは西野のやつだな? ……後で叱ってやる!」


 お調子者の後輩を頭の中で描くが、それは今となっては叶わない事だという事実を、俺は言葉を口にしてから気付いた。大きく息を吐き、頭を振り、そんな軽口に答えてくれる者は居ないという現実を改めて認識した。


「後で、か……」


 呟くように言い、俺は床に置いてある番号錠付きの箱を取り出し鍵をカチャカチャといじる。


「番号は確か……ゼロナナイチ。っと開いたか」


 どこか卑猥な語呂合わせを感じる数字の並びだったが俺は無心で数字を合わせる。カチリと音がなり箱の蓋が開く。そこには小さな小箱が箱いっぱいにぎっしり詰まっていた。


「小銃用の5.56ミリ曳光えいこう弾、弾数はざっと千発はありそうだな」


 今回の事態が実弾訓練の演習中だったのは不幸中の幸いだろう。

 通常の訓練ではここまでの弾数は支給されない。先ほどの化け物が一匹とは限らないので、これだけの弾数があるのは安心できる。また、小銃弾のみならず、機関銃のリンク弾も大量にあり、対戦車火器の弾、無反動砲の砲弾も一発ずつだがこの装甲車内に置いてあった。


(さながらワンマンアーミーだな。どこぞのベトナム帰還兵も真っ青だぜ)


 頭の中では上半身裸の屈強な外国人が、リンク弾の弾帯を身体中に巻き付け機関銃を乱射している姿を想像する。……それだけ屈強な男ならばさっきの化け物ぐらいなら素手で殺せそうだ。


「まっ、俺は無理だな」


 妄想するのは悪いことでは無い。しかしここは化け物が出没するの幻想ような現実。

 いつまでも中二病を患っている暇はない。俺は真面目な顔で弾倉に弾を一発ずつ詰め込む。

 弾倉一つに弾は三十発入る計算だ。そして弾倉は全部で十二個あるので、弾は全部で三百六十発入る計算だ。


 この内の半分の六個を俺は防弾チョッキのマガジンポーチに入れる。他にも銃剣や包帯や消毒液、針、糸などが入った救急道具入れをチョッキの後ろに取り付ける。

 次に俺は小さなリュックを取り出し、その中に携帯食料と懐中電灯、水、ハンカチとティッシュ、三時のおやつ用に持ってきていたチョコなどのお菓子、手袋や着替えの下着を入れる。


「こんなものか? よし、行くか!」


 俺は防弾チョッキを着込み、リュックを背負う。89小銃を手に持ち、三点スリングを身体にかける。ケブラー繊維のヘルメットを被りその上にヘッドライトをつけて顎紐を締め、軍用ブーツの靴紐を硬く締め、最後に革手袋をはめて準備はできた。

 なんの準備かというと、それはこの付近の探索をする為の準備だ。

 俺自身現在の状況がよくわかっていない。こんな時に迂闊うかつに動くのはあまりよろしくはないが、このまま待っていても助けが来る可能性は皆無だ。

 無線も化け物から逃げた後に使えるかどうか試してみたが、使えなかった。ただザーッと言う雑音しか聴こえなかった。GPSも使えず、俺は今いる世界が本当に異世界なのかもしれないと言う疑惑が強く胸に残っていた。勿論、それをそのまま信じるほど俺は楽観的でも妄想癖でも無い。


 だから調べるのだ。この場所を、この森を、今の状況を。


「よしっ、これで全ての準備はいいかな?」


 携行する荷物の他に、装甲車の中にはもう一つ大きなリュックで荷をまとめた。そこには残りの弾薬や食料など、主に生活と防衛の為に必要なものだけを詰め込んだ。

 さすがに対戦車火器や機関銃を持ち運ぶのは邪魔になるのでこのまま装甲車に置いていく。

 装甲車の中には他の隊員の荷物もあったが、それを漁るのは何と無くいけないことのような気がしたので手付かずだ。


 俺は装甲車後部のドアに手をかけ力を込める。


「おっと……一応、最後にもう一度無線をかけとくか」


 俺は車両に積んである無線機のマイクを手に持ち、スイッチを押す。


「あー、あー、……HQ、HQ、こちら第一分隊。この無線を聴いている者がいたら応答を頼む。おくれ」


「……………………」


 無線機は砂嵐のような音を立てるだけで他の反応は無かった。俺は誰も応答しない事を分かっていながらも落胆し、気分が落ち込んでしまった。


「感度、明度、共に無し。……通信終わる」


 無線機のマイクをゆっくりと置き、電源を落とす。落ち込んだ気を取り戻すように顔を強く叩く。パシンッという音が車内に短く響いた。


「ふぅ……行けるさ、何とかなるさ。こんなもん真冬の雪が降り積もる、極寒の戦闘訓練と比べればまだ可愛いもんだろ?」


 自分を振るい立たせるように俺はキツかった訓練の思い出を振り返る。そうすると今の状況はまだマシだと思えるようになり、不思議と力が湧いた。


「よーしッ! 行くぜ!」


 俺は自らを鼓舞するように大きな声を出し、装甲車から外に出た。



「……ザーッ……」


 装甲車のドアが完全に締まり、暗闇に包まれた車内。電源が落ちたはずの無線機のランプがポツリと点灯し車内を薄暗く照らす。砂嵐のノイズがうるさいぐらいに響き渡る。


「ザーッ……ザーッ……ザーッ……プツッ」


 砂嵐の音が急に止み、異常な程車内は静かになる。



 それは誰の耳にも届くこと無く聴こえた。



「……ゴメン……ナ……サイ……ユ……ル……シテ……ワタシガ……」



 無機質な女性の声で無線機のマイクはそれだけ言うと、その役目を果たしたかのようにノイズが消え去り、電源のランプが消えた。


 車内は完全な暗闇に戻り、静かな空間となっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る