自衛官VS化け物?

 迫り来るナイフに俺は悲鳴をあげて目を瞑ってしまった。現実から目を晒しても、結果というものは訪れるにも関わらず。


 振り下ろされた茶鯖ちゃさびの刀身は驚く程正確に、俺の左胸へと吸い込まれていく。

 胸に当たるとそれは最初に高い音を出し、続けて鈍い音を俺の体から響かせた。目を閉じた分、より敏感になった俺の耳は何かが折れる音を感じていた。


「イッタァァァア…………く無い?」


 胸には確かにナイフが当たった衝撃があった。筈なのだが、大した痛みは感じなかった。目を開けて見てみると血も一滴たりとも流れていない。

 戸惑っていたのは俺だけでなく、目の前にいる醜悪な化け物も同じだったのか、化け物は自分のナイフと俺の胸を交互に見返している。


(ッッ。取り敢えずにげる!)


 俺は仰向けの姿勢から即座に横に回転、勢いをつけて立ち上がり銃を構える。そして引き金を引く。


 カチリ……


 金属の部品が独特な高い音を立てて動く。


 ……そして弾はまたしても出なかった。


 日頃の整備が良いのか、安全装置は正常に作動していた。焦りすぎて安全装置を外すのをすっかり忘れていた俺は、赤面しかける顔を誤魔化すために力一杯胸の内を叫ぶ。


「……ああもうッ! 俺は何回同じことやってんだよ!?」


「ゲギャ? ゲギャギャギャラーッ!!」


 俺の叫び声に反応して、化け物は再度迫ってくる。小柄な体躯からは想像できない程俊敏な動きにまたしてもビビってしまう。


(クソッこうなったら……)


 血走った目で襲いくる化け物に対し、俺は銃を撃つことを諦め、最終手段・・・・を選択した。


 振り下ろされたナイフを後ろに下がり避け、俺はそのまま後ろを振り返り走った。

 背を向け走る俺の姿を化け物は唖然とした様子で見ていた。


 敵前逃亡。


 遥か昔の戦争中ならば銃殺ものだが、あいにく現在は昔でも戦争中でも無い。


「三十六計逃げるに如かず。って昔の偉い人は言ってたよなぁ!?」


 誰に言うにも無く叫んで走った。走って、一回転んで、起き上がり走ってまた転びそうになりならも体制を立て直し、俺は自分が乗っていた装甲車に飛びつくように乗り込んだ。

 車内に乗り込むと急いで重い鉄のドアを力一杯引っ張る、ギギギッという鉄の擦れ合う音が響かせながらドアは完全にしまった。俺は近くにあるレバーを下ろし中から完全に施錠を掛ける。

 化け物が外から開けようとしているのか、ガンガンと叩く音がする。

 無駄な事だ。ライフル弾すら防ぐ装甲が、錆びたナイフで貫ける筈がない。しばらく叩く音が響いたがやがて化け物は諦めたのだろう。音は止み、この場から遠ざかる足音だけが聞こえた。


「ふーーー、なんなんだよあの化け物は……」


 俺は一息をつくために右の胸ポケットからタバコを取り出し火をつける。狭い車内に充満する不快な香りが今の俺にとって何よりの癒しとなっている。


「スマホで調べたら出るかな? あっ、圏外だったんだよな……」


 左の胸ポケットに手を入れスマホを取り出そうとして異変に気付く。指先で感じるザラリとした感触。何か違ったものが手に触れる。俺はそれを掴んで一気に取り出す。


 そこには真っ二つに割れたスマートフォンがあった。


 どうやら先程の化け物の一撃を受け、真ん中から真っ二つに割れてしまったようだ。手帳型の保護ケースごと二つに割れたスマホを俺は呆然と見ていた。


「まじかよ。クソッ」


 短く悪態を吐き、俺はスマホを床に投げ捨てその場に座りタバコを咥え強く吸う。吐き出す煙は白く、俺は何度か咳き込んでしまう。


(ここは一体どこなんだ?)


 何度か咳き込んだ事によって雑念が払われ、頭の中はいくらか冷静になった。落ち着きを取り戻した俺は改めて思考する。


(寝てる間に移動した? ……それは無い)


 一番に考えられたのは気を失っている間に装甲車が移動したというもの。しかしそれはありえない。

 俺はズボンのポケットから中元班長に預けられた十徳ナイフ付きの車の鍵を出す。車の鍵を俺が持っている以上、車を動かすことはできない筈だ。


(……あの化け物はなんだったんだ? 人では無いよな?)


 誰がどう見てもあれは人では無い。あれがもしも人間だとしたら世界のトップニュースを飾れる自信がある。ネットに上げればみんなの注目の的だ。


(そもそも、俺は……死んだよな?)


 身体には傷ひとつない。だが、確かに自身の身体が焼かれ、粉々になった感覚を俺の身体は記憶している。


(死んだ筈なのに生きてて、見知らぬ場所にいる。……そんな事、漫画やゲームじゃあるまいし……ん?)


 俺は自分の頭の中で浮かんだ言葉が、そのまま今の現状に似ている事に気がついた。それはあまりにも荒唐無稽な話であり、現実的な話では無い。


 だが、今の状況を一言で表せる言葉でもあった。


 俺は床に転がる真っ二つに割れたスマホを見る。最後にそのスマホで見ていた空想の物語を明確に思い出していた。その、ジャンルも。


「ハハハッ! まさかね。いやそんな馬鹿な話がある……のか?」


 俺はタバコの匂いが付いた唾をゴクリと飲み込み、その言葉を口にした。


「もしかしてここは異世界なのか?」

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