第42話 深秋祭準備 (2) 〜窓際の〜

 後ろ髪を引かれる思いだったが後を任せて僕は部屋を出た。今日は講義が午前中のみのため、午後からお化け屋敷の準備に参加した。

「ごめんね~。重たい荷物持たせちゃって」

「いいえ、これぐらいはどうってことないですよ」

 僕は高橋先輩と一緒に小道具の買い出しから帰ってきたところだった。2人でパンパンになったビニール袋を両手に持って大学の廊下を歩く。今は大学の中はどこも人が忙しく歩き回っていて、普段とは違った雰囲気が流れていた。

「でも、今度は風神雷神? 草太って本当に妖怪とか幽霊に縁があるよね」

 その道行きの途中、先輩には雷さんと風さんのことを話していた。僕の前を歩きながらあははと先輩は笑う。

「本当にそうですね。トラゾーに会ってからこの短期間でそういう経験が多すぎました」

 僕は苦笑いする。7月中旬に化けにゃんこの飼い主になり、今が10月後半。その間に色んなことがありすぎた。

「だよねえ。私は深蔓みつるさんと会った以外に妖怪とか幽霊とかに遭遇していないのに草太はそうじゃないもんね。もしかして草太ってそういう存在に好かれやすかったりして」

「かもしれませんね……」

 事実、そのとおりかもしれなかった。この短期間でここまで多くの人ならざる者に会っているのは僕ぐらいのものだろう。

 以前法乗院さんは悪縁を断てても良縁は切れないと言っていた。お祓いを受けても妖怪や神に出会うのはそれが良縁だからということだろうか。けれどあの平屋で会った霊にはすごい怖い思いをさせられたのは事実なので、ああいうことは流石にもう勘弁だった。

「まあそうやって色んな人と会ったりするのは良いことのはずだしね。そこは気にしなくてもいいんじゃない?」

 とはいえそうした人たちにたくさん助けられているのは事実なので……これからもその出会いと繋がりを大切にしたかった。

「僕もそう思います。これからも色んな人に会いたいです」

 だからはっきりとそう答える。先輩は横顔だけをこっちに向けて「そうだね!」と笑った。

「そっちのことはトラゾーちゃんに任せてさ、私たちはこっちに集中しよう。外のステージの設置も再開したみたいだし」

 先輩は廊下の窓に寄って立ち止まる。僕も隣に立って先輩の視線の先に目を向ける。

 僕たちの通う大学の正面入口からエントランスまでの間の敷地には野外ステージが建設されていた。ここ最近の悪天候も2人の鬼の喧嘩が中断されたからか収まっていた。遅れていた工期を取り戻すために大学側が依頼した業者たちがあくせくと動き回っている。

「あのステージでなにをやるんですか? 僕今年が初めてだからよく知らないんですけど」

「ん〜。毎年変わるよ。歌手を呼んで歌ってもらったり、芸人さんに漫才やってもらったりとか。でもね、1つだけ絶対やるってやつが決まってるんだよ」

「へえ、それってなんですか?」

「ファッションショー。大学の綺麗な女の人たちがが着飾ってあのランウェイを歩くんだよ。で、見てる人たちに投票してもらってその年1番の美人を決めるの」

「ああ、ミスコンですか」

 僕は納得した。確かにステージの中央からは1つの通路が伸びている。あそこをエントリーした女性たちが歩くわけだ。

「今年は有名なモデルの人も参加するんだって。誰かまでは発表されていないけど、いつもより盛り上がりそう」

「そうなんですね。……先輩は参加しないんですか?」

 僕はなんの気無しに尋ねた。すると先輩は顔を僕の方に向けてニマ〜と笑った。付き合いの長い僕にはわかる。これは僕をからかうときの顔だ。

「ええ~、草太は私が歩いているとこ見たいの〜。私恥ずかしい〜」

「まあ見てみたくはありますよ。でもそんなふうに変な体のくねらせ方しないでくださいよ!」

 僕がツッコミを入れるとタコのように体をくねくねさせていた先輩はいつもの様子に戻る。

「ごめんごめん。でも私は出ないよ。ああいうのちょっと苦手なんだよね」

「あーそういう理由ですか。変なこと言ってすみません」

「いいよ。まあ草太が私が綺麗な服を着てるとこを見たいと思ってるってのはわかったからね」

 先輩はニカッと白い歯を見せて笑い、窓から離れる。

「あ、いや、別に変な意味では……」

「わかってるって! ほらそろそろ行こ! みんな待ちくたびれちゃうよ!」

 僕が慌てて首を横に振ると先輩は小走りで行ってしまった。僕も追いかける。

「ん」

 その途中、ほんの少し顔を横に向けた時その人は見えた。

 廊下の突き当り。そこの窓枠に女性が座っていた。顔は外に向いていて見えない。僕は足を止める。

「そこに座ると危ないですよ」

 思わず僕は声をかけた。すると女性は僕の方を振り向いた。

 どこか怪しげな雰囲気を持った美女だった。腰まで伸びた髪は溶かした墨をいたように黒く、赤い瞳はルビーのように輝いている。どこかの学校の制服であろうセーラー服を身に着けているが、子供っぽさはなく、むしろ女性のまとう妖艶さと合わさって一種の危険さを感じる形で魅力を引き立てている。その美貌に僕は一瞬息を呑む。

 だがそれ以上に驚いたのはその女性の顔つきだった。その顔は僕が知るある女性によく似ていた。なぜ、どうして――? 胸の奥で心臓が跳ね上がる。

「君、僕が見えるの?」

 女性は驚愕に目を見開いた。僕と女性の視線が絡まる。どうしてかその血のように真っ赤な瞳から目が離せなかった。

「草太ー。先行っちゃうよー」

 その場に貼り付けられた僕を先輩の言葉が現実に引き戻した。視線を外して「すぐ行きます」と返事をしてから、また突き当りの方を見るとその女性は消えていた。

(誰だったんだろう? あの人?)

 僕はそう思いながら先輩の方へと歩きだした。


「運命だね。残り時間の少ないこの状況で見える子に会うなんて……」

 大学の構内。ほとんどの人間に忘れ去られたある小部屋でその女は微笑んでいた。

「諦めなくて良かった。これで僕の願いは叶う……」

 女は舌なめずりをする。その姿は獲物を狙う蛇を思わせるものだった……

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