第36話カンファレンス (6)

 合宿後半は前半同様表立った騒ぎは起こらなかった。

 嫌がらせを仕掛けてくるのではと思っていたが、上川たちは何も手を出してこなかった。教習の時間も、部屋で一緒にいる時もだ。

 とはいえ、6日目の騒ぎの時に彼らはどうやら僕たちのことを完全に下に見るようになったらしく、聞こえるか聞こえない程度の声で馬鹿にするようなことを言っているのが時々耳に入る。気にもならないので勝手に言っていればいいだろうという気持ちで無視している。

 困ったのは上川と大地は完全に犬猿の中になっており、部屋の中ですれ違ったりしただけで細かい衝突を繰り返していたことだ。少しいがみ合っただけですぐに両者離れていくので事態が悪化することはなかったが、なにがあって感情が爆発するかわからない。僕はヒヤヒヤしながらなにかあったら介入できるようにしていた。

 教習も無事仮免許を取得し次のステップへと進んだ。技能教習もいよいよ公道で実際に車を運転する段階だ。僕はとにかく安全運転を心がけていたため教官からも高い評価をもらっていて、このままいけば卒業検定も簡単にパスできそうだった。

 トラゾーたちも事態の解決に着実に近づいているようで「お前が帰ってくる頃には終わってるぞ。心配すんな」と電話で言っていた。

 合宿に来る前は心配が多かったが、やはり時間の流れはすべてを解決するようで、すべての事象が終わりへと向かっていた。まあ完全に心配事がなくなったわけではないので最終日まで気が抜けないが……。

 これ以上は何も起こらなければいいな……。その思いも虚しく異変は起こった。12日目の夜。あとは明日の教習と明後日の修了検定と卒業検定だけを残したその日、上川たちがとんでもないことを言い出したのである。


「平屋に忍び込む!?」

 部屋の中に僕の素っ頓狂な声が響いた。暗くなった外からはわずかに虫の声が聞こえてくる。

「そうだよ。明日の夜にあそこに入って肝試しでもやっちゃおうかな〜なんて思ってさ」

「ライブ配信もして実況もしちゃうぜ〜」

 僕と大地の前であぐらをかく上川と中山が軽薄な笑みを浮かべながらそんなことを言ってくる。その後ろでは下田が壁に体を預けてこちらを見ていた。

「何言ってんだ。あそこには入るなって教官に言われてるだろ!」

 大地も立ち上がって反対する。僕も同意見だった。あまりに非常識すぎる。そう思って立川の目を正面から見るといつものニヤケ顔になる。

「まあそうキリキリすんなって。ちょっとしたお遊びだよ」

「遊びの度を過ぎてますよ。バレたらどうなるかわかってるんですか!」

 もし平屋に侵入したことが教官に知られたらただでは済まない。最悪合宿自体が取りやめになる。しかもライブで配信するって……。カメラを向けあう上川と中山を見ながら僕は頭痛をこらえきれない。本気なのか、この人たち? そんなことしたら確実に教習所側にバレる。そもそもやってることは不法侵入だ。立派な犯罪行為である。

 そんな僕らの非難の視線に気づいたのか上川と中山がはあ~とため息を吐く。そうしたいのはこっちなんだけど……。

「あのなあ、なにも俺たちはただあそこに行って配信しようってわけじゃないんだよ。」

「そうそう、むしろ社会貢献しようとしてんだぜ。迷宮入りした事件を解決しちゃおうって奉仕の精神でやろうとしてるわけ」

「……なに意味わからないこと言ってるんだ。犯罪行為が誰かの役に立つわけないだろ」

 大地が困惑した様子で言葉を捻り出す。僕も彼らの言っていることが理解できなかった。未解決事件? なんのことを言っているんだ。

 そう思っているとここまで無言だった下田が口を開いた。


「心のカンファレンスって知ってるだろ。お前、あそこの大学だもんな」


 唐突に叩きつけられたその言葉に喉からヒュッとか細い息が漏れた。

 どうしてそのことを? あの張り紙のことじゃない。あれはもうすでにネットの世界に流出している。誰が知っていてもおかしくない。問題は僕の通ってくる大学を知ってることだ。僕はここに来てから自分の通う大学がどこかわかるような発言はしていないはずだ。それなのにどうして下田が知っているんだ? ――そう少し考えて僕は気づいた。

「僕の荷物も漁ってたんですか」

 そう、6日目のあの日、この上川たちは大地の荷物だけではなく、僕の荷物の中身も見ていたのだ。仮免許の発行には身分を証明するものが必要だと説明されていたので、僕は学生証を持ってきていた。荷物の中からそれを見つけて僕がどこの大学に通っているかを知ったのだろう。しまった。なにもなくなっていないから僕は被害を受けていないと思っていた。どうやら認識が甘かったらしい。

「あっ! ようやく気づいた〜。そこの眼鏡にちょっとイタズラしてやろうって思った時にさあ、お前のも見ちゃったんだよねえ」

「それであの張り紙事件の大学じゃんってなってさ」

「これは奇遇だなって思ったわけだ」

 3人はゲラゲラ笑う。人を小馬鹿にしたような哄笑だ。

 僕は体の芯がカッと熱くなるのを感じた。他人の私物を物色するのは犯罪行為以外の何物でもない。それをなんでもないかのように平然と語る上川たちに僕は怒りを覚えたのだった。とても成人した人間の言動とは思えない。まともな倫理観はどこに置いてきてしまったのだろうか。大地も唇を歪めて3人を睨む。

「……この際、そのことはもういいです。それよりも心のカンファレンスとあの平屋がどう関係してるんですか」

 僕は感情を抑えて言葉を絞り出す。ここで感情的になってはいけない。心のカンファレンス。その単語を聞いてしまったら僕も無視するわけにはいかない。

 しかし返ってきた答えは先ほど以上の衝撃となって僕を襲った。


「あそこはな、20年前にいなくなった心のカンファレンスのメンバーが失踪する前に使っていた合宿所なんだよ」


なん……だって……? 僕は思考と肉体の両方を硬直させた。僕の異常になにも気づかない様子で上川は喋りだす。

「いやあ〜俺たちM大学に通ってるんだけどさ。カンファレンスサークルの一員でもあるんだよね。サークル内では変な噂が伝わっててよ。昔、別の大学のメンバーがいなくなったとかって話。俺気になっちゃってたんだよねえ。だってそんな話聞いたら興味が出るだろ?」

 上川は口元に笑みを浮かべた。

「そしたらさ、その大学で変なことが起きてんじゃん。サークルのメンバー全員、噂は本当だったんじゃないかって怯えちゃって。でも俺たちは違ったんだよね。その事件俺たちが解決してやるよって根性出してさ。あちこち話聞いて回ったんだよね。OBたちもなんかビビっちゃってて大変だったけど。しかも場所を知ってる奴は外国にいて連絡が取れないとか言うし。八方塞がりじゃねえか、これって3人で苛ついてたわ。

 でもやっぱ知ってる奴は知ってるんだな。いなくなったとか奴らがどこで寝泊まりしていたのか知ってる奴を偶然見つけてさ。なんでも代表の話を立ち聞きしてたらしくてさ。あんまり喋りたがらなかったけど下田が『説得』したらべらべら話し出してよ! しかもその場所、俺たちが合宿しに行く所じゃん! やっべー、これ運命だわ。神様が俺たちに事件を解いて人気者になれって言ってんだろ、これはってなったんだわ。

 だからこれは犯罪じゃなくて崇高な使命なわけ。わかったか?」

 上川は喋り終わると僕と大地をじろりと見回した。その目にはほのかに危険な意思が宿っていた。

 話を聞き終わったあとも僕は腕組みをしながら考えていた。勘違いか間違いであってくれと祈っていたが、残念なことにそうじゃないらしい。上川の話の中にはトラゾーたちが調べてくれた情報と一致する部分があった。おそらくだが、この話は本当なのだろう。

 額に脂汗が滲む。上川たちは本気だ。本気であそこに立ち入ろうとしている。当時の噂をどこまで信じているかはわからないが、幽霊のことを本気にしているわけではあるまい。それが普通の反応なのだが、今回に限ってはその認識は間違っている。張り紙事件は霊障だ。そして今の話が本当ならあの家屋こそがその原因の大元なのだ。

 この男たちを止めなければならない。あそこに侵入したらなにが起こるかわからない。もしかしたら一旦は収まった現象がまた起こるかもしれない。なにより3人が1番危険だ。盆の時の僕のようになりかねない。最低な人間性の持ち主ではあるが、この世ならざるものに襲われていいほど邪悪ではない。少しすればトラゾーと時貞さんが解決してくれるのだ。無意味な犠牲を出すわけにはいかなかった。

「お前ら本当にいい加減にしろよ! 俺も気になって少しネットで調べたりしたけど、そんなの当時のことを知ってる人のイタズラだろ! そんな根も葉もない話を信じて他人に迷惑かけるなよ!」

「……そうですよ。あんなところに入ろうだなんて。危険です。絶対にやめてください」

 いよいよ我慢の限界を迎えた大地が叫ぶ。僕も大地とは真逆の理由でやめるように言う。

 だが僕たちの説得を聞いた。上川たちは僕たちを侮蔑するように見回した。

「はあ? 別にどうだっていいだろ。お前たちには関係ねーんだし」

「むしろ誘ってやろうかなあって思ってたのに、今ので冷めたわあ」

「まあ臆病者はここで待っていればいいだろ。お前ら2人とも腰抜けだもんな」

 3人はゲラゲラと笑った。明らかに僕たちを馬鹿にした笑い方だ。この人たちは……! 僕は反射的に立ち上がる。

「あそこに入っちゃいけない! あそこには張り紙の事件の元凶になったなにかがあるんですよ! 

 20年前のことも今回のことも全部、偶然や誰かのイタズラなんかじゃない! 僕たちなんかじゃ手の施しようのない存在がなんらかの理由で起こしているんです!

 絶対に行っちゃいけない。あなた達がどうなるかわからない、んですよ……」

 そこまで言って。

 僕は周りの変化に気づく。

 その場の視線がすべて僕に集まっていた。そこには「何を言っているんだ、こいつは」という奇異の感情が込められていた。

 やってしまった。白熱した感情が急激に冷静になっていく。彼らは幽霊や妖怪が実在することなど知らないのだ。それなのに今みたいなことを言ったら引かれるのは当然だろう。

「……え? マジ? お前ってそういうの信じてる系?」

「うっわ。そういう奴、俺初めて見たわ」

「おいおい、冗談だろ?」

 上川たちは困惑した表情で僕を見る。馬鹿にしたり見下したりするような態度ではない。本気で引いている人間の態度だ。大地も「草太? どうしたんだよ、急に……」と困っている。

 僕は瞬時に思考する。だめだ。もうこの人たちを言葉では止められない。僕がそういう状況を作ってしまった。いきなり意味不明なことを言い出す人間の言葉に誰が耳を傾ける? 僕がなにを言っても一蹴されてしまうだろう。

 部屋の時計を見る。消灯の時間まではまだ時間があった。このことをトラゾーに伝えて対策を練らなければならない。そう考えた僕はスマートフォンを取って部屋を出る。

「……すみません。急に大きな声を出して。外の空気を吸ってきます」

 大地がなにか言いたげにしていたが、それに反応することなく僕は部屋の扉を閉めた。

 その向こうで3人がなにを言っているかは考えないようにした。


「間違いない。霊障の元凶となっているのはその場所だ」

 話を聞き終えたトラゾーが電話の向こうで言った。

 この数日散々走った教習所内のコースの横で僕はスマートフォンを耳につけトラゾーと話していた「本当に? 勘違いとかじゃなくて?」

「ああ。俺たちはもうかなり近いところまで気配を追ってきたが、今お前のいる合宿所の2kmぐらい離れた場所で強い気配を感じた。今話しながら千夏の印刷してくれた地図を見たが、その強い気配のする方角に教習所の合宿所がある。距離的にもまず間違いない。その平屋が心のカンファレンスが泊まって、霊障の原因になっている場所だよ」

 トラゾーはそこまで言い終えると言葉を切った。大きく息を吸う気配が伝わってくる。

「お前の話は聞いていたから、もしかしたらとは思っていたが……本当に繋がるとはな。運がいいのか悪いのか……。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。その馬鹿3人組はなにをするって!?」

 トラゾーの声が1オクターブ高くなる。僕はスマートフォンから耳を離してしまう。

「そいつらは止められそうにないのか!」

「もう僕がなにを言っても聞かないと思う。教官に話して対応してもらおうと思ってる。どれだけ効果があるかわからないけど……」

「確実じゃないってことか……。

 こうなったら明日の夜には行動できるようにこっちも準備しとかなきゃならんな。面倒を増やしやがって! その3人組、ことが終わったら説教してやりたいぐらいだ!」

 ウニャオーンとトラゾーが鳴く。画面の向こうで鼻を真っピンクにして興奮しているのだろう。言葉からは焦りと苛立ちが感じ取れた。

「……トラゾー、少し話聞いてくれる? もしものときのための策があるんだけど……」

 僕はある提案をする。それを聞いたトラゾーは最初は反対していたが、僕が説得するとようやく折れた。

「……わかった。だがそれはお前が言った通り、もしもの時の保険だ。使わないことに越したことはない。

 とにかくお前は持てる手段のすべてを使ってその平屋に誰も入らないようにするんだ。そうすれば俺と時貞で後日解決できる。いいな? 間違っても無茶はするなよ」

 その言葉を最後に電話は切れた。僕は顔を上げて例の平屋を見る。

 遠くにあるそれは確かにそこに存在した。暗くてよく見えないがおぼろげに輪郭が見える。その周りを背の高い木が囲む。まるで周囲から平屋の存在を隠すように。

 あそこでなにがあったのだろう。あそこになにがいるのだろう。それを考えると全身に鳥肌が立ってしまう。

 どこからか吹いた生ぬるい風が僕の髪を揺らした。


 心に立ったさざ波は収まらないままだったが、なんとか僕は次の日の教習を乗り越えられた。

 夜が明けて僕が1番最初にやったことは教官たちに上川たちの企みを暴露することだった。先日は冷たい態度をとられてしまったが、今回はそうではない。2人は慌てた様子で3人への厳重注意と夜間の戸締まりの徹底を約束してくれた。

「とにかくあそこには行っては行けません。それとあなたも変な噂に惑わされないように。いいですね?」

 筒井教官はそう言って去っていった。これまでの態度で教習所側もなにか知っているのだと僕は確信した。

 3人組はどうやら昨日の1件で完全に僕を格下の存在とみなしたようでなにかと突っかかってきた。教官に注意されたのも気に食わなかったらしい。僕のことを「ビビリのチクリ魔」だとか「腰抜けの臆病者」だの罵ってきた。僕は平屋のことで頭がいっぱいだったので適当に受け流す。

「あんまり気にするなよ。おかしいのはあいつらの方だからな」

 そのたびに大地が間に入って僕を助けてくれた。上川たちを追い払って肩を叩いてくれる大地に僕は弱々しい笑顔を作る。

「ごめん。何度も助けてくれて……」

「気にするな。お前が俺にしたことをそのまま返してるだけだ。もう少しで合宿も終わりなんだ。頑張ろうぜ」

 その言葉にいくぶん心が軽くなった。僕は「ありがとう」と言って2人で並んで歩きだす。

 しかし3人は平屋への侵入を諦めるつもりはないようで、夕食をとって部屋に戻ると集まってカメラや懐中電灯の準備をしていた。本当に入るつもりなのか。どうやら教官たちが寝静まったあとに行動を開始するつもりらしい。この3人をなんとしてでも止めなくては……。僕は事前に考えておいた策を決行する決意を固めた。


 扉の向こうで複数人の人間が動き回る気配がする。

 遂にか……。電気を消して真っ暗なその場所で僕は息を潜めながら額の汗を拭った。その気配は話しながら僕の方へと近づいてくる。時刻は午前0時をちょうど回った頃だ。僕はあることをしてからそこ――洗面所から飛び出す。

 部屋の入口の電気をつけると薄暗い廊下で上川、中山、下田の3人が口をぽかんと開けて立っていた。

 僕は寝たふりをして洗面所で3人が動き出すのを待っていたのだ。ベッドには丸めた毛布を置いて上からシーツを被せて偽装した。3人がベッドの中で寝ているふりをしていたのはわかっていたので、夜中にトイレに行くふりをして隠れていたのだった。戻ってこないことを怪しまれるかもしれなかったが、ベッドの中にいるとわかれば安心して探したりはしないだろうという考えだった。それ以外にもバレる可能性は色々あったが……上川たちも平屋のことで頭がいっぱいだったらしい。僕が隠れて邪魔をしようとは夢にも思わなかったようだ。

「だめですよ。部屋から出ちゃいけません」

 僕が外の廊下へと続く扉の前で仁王立ちすると、ようやく事態が飲み込めたらしい。3人の顔がみるみるうちに怒りの形相に変わった。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ! どこまで俺たちの邪魔する気だ!」

 上川がつばを飛ばしながら怒鳴る。薄暗い廊下でもわかるぐらいに目が充血しているのが見てとれた。

「あなた達こそ何回言ったらわかるんですか! あそこには行ってはいけないと何度も言っているでしょう!? 教官にも言われたはずです! そもそもどうしてそこまでしてあそこに行くことにこだわるんですか!?」

 僕も負けじと言い返しながらずっと思っていた疑問をぶつけた。この人たちはあの平屋に行くことに執着しすぎている。なにがここまで彼らを駆り立てるのだろうか。

「そんなん決まってんだろ。有名人になるためだよ」

 そう思っていると上川を押しのけて中山と下田が僕の前に出てくる。

「有名人? どういうことですか?」

「いいか、警察でもわからなかった事件を解決すれば俺たちは大勢の人間から驚かれる。迷宮入りした事件の真実を暴いた有能大学生ってな。たくさんの人間から感謝されて尊敬されるんだよ」

「そうでなくても誰にも見つけられなかった場所だ。それを発見したとなれば大手柄だからな。俺たちは称賛されるだろう」

 そう言って3人は暗い笑みを漏らす。静かな笑い声は廊下の暗闇へと染み込んで消えていった。

 そんな理由で……。僕は絶句していた。確かに謎を多く残した20年前の事件を解決に導けば世間は持て囃すかもしれない。しかし彼らはそのために不法侵入という犯罪行為に手を染めようとしている。まずそこに非難が集中するだろう。そうなれば彼らの思い描くような評価はもらえない。むしろ自らの評価を地に落とすだけだ。

 そもそも彼らの行動で事件が解決に向かうかも不明だ。不用意な行動は悪戯に当時の事件関係者を怒らせるだけだ。誰も喜ばない。

 だが彼らはもうそんなことはどうでもいいのだろう。僕は3人の顔を見る。彼らはとにかく目立つような行動がしたいのだ。とにかく多くの人の目に止まりたい。大勢の人間に認めてもらいたい。そんな欲望が顔に浮かんでいた。歪んだ承認欲求と自己顕示欲。それが上川たちを突き動かしている。その先にあるのは想像を絶するような恐怖体験と軽率な行動への誹謗中傷、そして一生消えないデジタルタトゥーのどれかだということは一切気づいていない。

「そういうわけだからビビリの腰抜けは引っ込んでろ」

「……絶対に行かせるわけにはいきません」

 上川が顔を近づけて脅してくるが、僕も引くわけにはいかない。険しい態度で睨み返した。

「……拉致があかない。どけ、俺がやる」

 苛立った声で下田が僕の前に立った。唇が嗜虐的に歪む。

 次の瞬間、僕の腹に下田の足が突き刺さった。その素早い動きに僕は反応できない。防御すらできずに激しい痛みと衝撃で僕はその場に片膝をついてしまう。

「おいおい、やり過ぎんなよ」

「殺しちゃまずいぞー」

 上川と下田がからかうように囃し立てる。胃の内容物を吐いてしまわないようにこらえていると、下田が鞭のような横蹴りを放つ。狙いは位置の下がった僕の頭だ。

 僕は両腕で左側頭部をガードする。だが勢いを殺しきれず、壁に叩きつけられてしまった。咳き込みながら立ち上がろうとするが……視界が揺れて体に力が入らない。脳震盪を、起こしているぞ……。僕は壁を背にして無様にズルズルと倒れてしまう。

「ダッサ。口だけかよ」

「弱いなー、もっと体を鍛えろよ」

「雑魚がいきがるな」

 3人はそう口々に侮蔑の言葉を吐き捨てる。情けないことに僕は言い返すことができない。

 そして3人は部屋を出ていった。僕はなんとか追いかけようとするが、意識が遠のき視界が薄れていく。体からも力が抜けていく。

 止められなかった……。後悔に苛まられながら僕は気を失った。



 

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