第35話 カンファレンス (5)
「じゃあな。そっちはそっちで頑張れよ」
俺がそう言うと草太は電話を切った。膝の上に俺を乗せた沙也加はテーブルからスマフォを取り上げた。
「草太も大変そうだね……」
「そうだな……」
6日目の夜。代わり映えしない内容の定期報告にも変化があった。
「例の3人はだいぶクソガキみたいだな。1回俺がシメてやろうか」
「それはだめ……。師匠のビームを受けたら焼け焦げちゃう……」
俺がグルル……と低く唸ると沙也加は両手で顔を挟んできた。伝わってくる冷気がいくぶん俺の頭を冷静にさせる。
「……ま、今の草太ならなんとかなるだろ。なんか友達ができたみたいだしな。千夏とも話ができたみたいだし。そんなことよりそろそろメシにしようぜ」
「そうする……」
俺が催促すると沙也加は準備のために立ち上がった。俺はズルリンと床に落ちる。
涼しい気温が好きな沙也加の部屋はじきに10月になるというのに冷房がフル稼働していた。冷たくなった床の上で転がって、ぐいっと体を伸ばす。
霊障の元凶。その場所に俺と時貞は近づいていた。最初は辿るのが難しいが、近づけば近づくほど気配は強くなる。むしろ後半になればなるほど作業は楽になるのだ。あと1週間もあれば場所はわかるだろう。
問題はそこになにがあるかだ。霊が漂っているのか、はたまたまったく違う存在か。現状はそれがわからないので、臨機応変に対応できるように色々準備中だった。心のカンファレンスが見たというなにかのこともある。念には念を入れて、だ。体制を整えておけば不安はなくなる。
特定には千夏の力も一役買っていた。聞き込みに意味がないとわかるとそうそうに切り上げて、俺たちに作業を手伝ってくれていた。具体的には、俺と時貞が辿った地点周辺の霊的な現象の噂を片っ端から調べて報告してくれたのだ。これは大きな指針となった。元凶に近づくと必然霊障は多くなる。つまり元凶のある場所に行くには、霊障の多い場所へと向かっていけばいいのだ。だがこれがまた面倒で、周辺の土地を歩き回って直接確かめなければいけない。正直言ってなかなか疲れる。
しかし千夏が調べてくれた場所に行けば、すぐに確かめられる。もし情報がデマでもそれは『そこには霊的な現象は起こっていない』ということの証左になる。霊障のある場所の絞り込みができるのだ。千夏が加わってからは実にスムーズに作業は進んでいった。時定も「千夏殿は機械をとても上手に使いますなあ」と感心していた。
俺は天井を見上げる。草太にあんなこと言ったくせに結局俺は千夏に力を貸してもらっている。なんの力もない一般人にだ。
俺も周りの気持ちを考えていなかったのは草太と同じだった。草太が周囲の人間が危険なことに巻き込まれることに不安を感じていたのは、言われるまで気づかなかった。心のどこかで力のないやつには何もできないという歪んだ考えがあったのも事実だ。それで周囲を遠ざけていては草太と同じだ。俺も人のことは言えない。
妖怪として生きるならそれでも良かったが、今はそうじゃない。俺は飼いにゃんことして人間と一緒に生きている。ならなるべく人間の考えに思考を合わせて融通をきかせなければならない。
最近知ったのだが人間というのは力がないなりに知恵を絞って事態を解決する生き物らしい。俺たち妖怪のように力ですべてを解決しない。きちんと考えて打開策を講じるのだ。そして今俺はそれに助けてもらっている。
考えを改めなければならないだろう。人間というのは思ったほど弱い生き物ではない。困難を乗り越え生きていく力のある生き物だ。これからはそれを考慮して共に生きていくのだ。1匹の飼いにゃんことして、そして人の生活に寄り添う化けにゃんことして生きていく。それが自分から飼いにゃんこになった俺の、人間への最低限の礼儀だろう。
「まあ俺も飼いにゃんこ初心者みたいなもんだ。間違うことだってあるさ……」
それは正していけばいい。少なくとも草太の奴と生きている間はな。
俺は立ち上がって窓から星を見上げる。チカチカといくつも星が瞬いている。暗闇の中でも確かにここにいるんだと、そう証明するように輝いている。
「師匠、ご飯持ってきた……」
「おう、ありがとな」
沙也加がカリカリを用意してくれたのでそれを食べる。
明日も忙しくなるだろう。だけど力を合わせればきっと大丈夫だ。
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