第7話 トラゾー病院へ行く。
「トラゾー。病院へ行こう」
「なんだと……?」
僕がキャリーバッグを持ってそう言うと、トラゾーは口を半開きにして信じられないものを見るかのようにこちらを見た。
連日猛暑日である。大学は夏季休業であるため、普段よりも部屋にいることが多い。その為現在もエアコンは絶賛稼働中である。
その涼しい風が一番当たる場所であるソファーの上でぐうたらしているのが、何を隠そう化けにゃんこのトラゾーだ。600年生きた妖怪である彼の権威を示すかのように二又に分かれた尻尾はだらしなく床に垂れ、2つの人魂は青白い光を放っている。
そしてこの僕、天原草太はその飼い主。毎日2つの意味で顔が大きい飼いにゃんこにわがまま言われる大学一年生である。僕は今飼い主の義務――すなわち動物病院での健康診断と予防接種を行うためにトラゾーの前で仁王立ちしているのだ。
「さあこの中に入って。病院に行くよ」
「動物病院ってあれだろ? 動物に針ぶっ刺したり、玉を取って雄を雌にしちまうところだろ? そんなとこ行かないぞ」
「偏見が酷すぎる……!」
トラゾーはソファーから飛び降りると僕の足の間をすり抜け、ベッドの上へと逃げてしまう。
「去勢をしてもらうつもりはないよ。トラゾーの体に異常がないか調べてもらったり、病気にならないように注射してもらうだけだよ」
「あのなあ、俺はそんじょそこらのにゃんこと違って発情して所構わず交尾したりなんかしないんだよ。600年生きてきたが大きな病気になったこともない。何より見ろ! この立派な玉を! これを取っちまうなんて世界の損失だろうが! セクシー!」
じりじりとベッドに近づいていくとトラゾーは警戒心を緩めず、大きく後ろの両足を開いた。おっぴろげっ! そんな斬新な効果音が聞こえてきそうなほど勢いよく御開帳されたその先には、600年間ぶら下がってきたそれはそれはありがたいタマタマがあった。人魂がタマタマをライトアップし、演出を盛り上げる。荘厳かつ威厳のあるその様子は見る者すべてに影響を与えそうなほど霊験あらたかであった。それはそれとして恥も外聞もなくタマタマを見せるのはこっちが恥ずかしいのでやめてほしい。セクシーじゃない。
「ふっ……。あまりのセクシーさに言葉も出ないようだな」
「捕まえた」
「なんだと……」
変なことを言っている隙に僕はトラゾーを抱っこして持ち上げる。
「全身まさぐったり、注射したりするんだろ? お前は俺が酷い目にあってもいいのか? 飼い主としてそれでいいのか……?」
「やっぱりそれが本音じゃないか……。むしろ飼い主だからこそだよ。少し可愛そうだけど、トラゾーは自分の意思で飼いにゃんこになることを選んだんでしょ。だったら他の飼いにゃんこがやってることもちゃんとやらなきゃ」
「それもそうか……」
僕の言うことに思うことがあったのかトラゾーは抵抗をやめる。キャリーバッグの前に下ろすと、それでもまだ踏ん切りがつかないのだろう。床でウロウロしはじめる。仕方ない……。僕は最後の切り札をを使うことにする。
「頑張ったらトラゾーの好きなおやつをあげるから」
「それを先に言えよ」
トラゾーは普通のにゃんこと変わらない余所行きにゃんこの姿になって、キャリーバッグに滑り込むように入った。やれやれ……。僕はキャリーバッグを閉じ、出かける準備を始める。
「よし、草太。出発するぞ。俺は600年も生きた大妖怪。注射や病院がどれだけのものだってんだ! 俺のセクシーさを見せつけてやるぜ!」
トラゾーは雄々しく吠えた。
数時間後。部屋に戻った僕がキャリーバッグを開くと、ものすごい勢いで飛び出してきたトラゾーはそのままベッドの中に潜り込んでしまった。
僕がトラゾーの好物である高級煮干しを取り出すと、頭だけを出して食べはじめた。
「初めての病院の感想は」
「二度と行きたくない」
でしょうね。
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