第4話 河童の皿流れ(3)

「先ほどぶりです、先輩」

「おー。ちゃんと約束の時間に来たね。って何そのの猫?」

 約束の時間に公園につくと、入り口で高橋先輩がこちらに手を振って応えた。ついで僕に抱っこされてるトラゾーを見て怪訝そうな表情を浮かべる。

「実は最近猫を飼い始めまして。本当は部屋に置いてくるはずだったんですが最近暑くて……」

「あー、留守番させる訳にはいかないかー。電気代も高いし冷房つけっぱってわけにはいかないしねー」

 先輩はそう言いながらトラゾーの頭を撫でたり、喉の辺りをくすぐったりしてちょっかいをかける。対するトラゾーは嫌な顔することなく「うにゃ」と一声鳴いて嬉しそうに喉を鳴らしはじめた。明らかに僕が遊ぶときとは違う態度だ。相手が女性だからか。分かりやすい。

 ちなみにトラゾーは尻尾を普通のにゃんこにそれに戻して人魂も飛ばしていない。完全に余所行きにゃんこモードだ。まあ流石に正体を明かすわけにはいかないのでこれはありがたいが。

「まあそういう理由なら仕方ない。猫ちゃんと一緒に行こっか」

「はい」

「うにゃん」

 先輩の言葉に頷きと鳴き声を返してから僕たちは公園の敷地内を移動していく。

 僕の前を歩く先輩の服装は上下長袖のジャージに長靴という出で立ちだった。林の中での移動のしやすさを考えてのことだろうが、どこかの高校の名前と高橋千夏という刺繍が施されているのが確認できた。……色々大丈夫なんだろうかそれは。

 僕は長袖長ズボンにやはり長靴だ。格好としては個人情報が漏れてしまわないか懸念があること以外は先輩と大差ない。そしてそんな姿で夏休み中の公園を歩くのはたいへん怪しく、またとても恥ずかしいということは周囲の視線でやっと気づいた。僕たちはそそくさと例の林へと向かう。

「ここが入口なんだって。ここから先は足元に気をつけたほうがいいね」

「ですね。虫除けスプレーあるけど使います?」

「おっ、気が利くねえ」

 そんなことを話しながら僕たちはいよいよ林の中に突入する。ちなみにトラゾーはここでも僕に抱っこされたままだ。「林の中なんて歩いたらダニやノミに引っ付かれちまうだろ」とのことだ。最近まで野良だったくせに……。心の中で突っ込みを入れながら木々の間を進んでいく。

「ついた! ここが例の池かあ。うん臭い!」

 僕たちは数行飛ばしたかのようなスピーディな展開で池についた。あと確かに臭い。炎天下に大量に魚介類を放置したらこのような臭いになるのではないかと思える腐臭が池から漂っていた。トラゾーもフレーメン反応を示している。自分でついてきたんだからしょうがないね。

 そして。

 ザパァン……。

「か、河童だあっ!」

 酷い匂いに顔をしかめていると、突然水面が盛り上がり、そこから一つの人影が浮上する。間違いない。あれは河童だ! 誰がどう見ても河童……!

再びのスピーディな展開に僕は驚愕する。まさか本当に河童だったなんて……。存在を予見していても流石に驚くというものだ。

「う、嘘……。ほ、本物……?」

 その場に尻もちをついた先輩は全身を震わせながら目の前の異形を指さす。その顔は真っ青で体中を恐怖で震わせている。

「う、うう……。皿ぁ。私の皿ぁ……」

一方の河童はゆっくりと池から上がるとこちらに向かってゆっくりと近づいてくる。

 その姿は明らかに普通の河童のそれではなかった。いや河童の様子の違いなんて全く知らないのだが、その身にまとう雰囲気は異常だ。卵の黄身のように黄色い目は血走り、なにかに耐えるようにうめき声を上げている。

「私の皿を返せぇえええええええええっ!」

 そして鋭い爪を向けながら僕たちに襲いかかってきた。先輩は完全に腰を抜かして立ち上がれない。僕が守らなくては……! 僕は河童と先輩の間にその身を投げだした。スローモーションになった視界に河童の爪が迫る……!

「ほい。髭ビーム」

「ぐえっ!」

「「えっ?」」

 瞬間、腕の中のトラゾーの顔の両側から閃光が走り、河童に直撃した。河童は蛙が潰れたような声を出してその場にばったりと倒れた。あまりに突然のことに僕と先輩は馬鹿みたいな声を上げて呆ける。

「やれやれ。やっぱりこいつだったか……。俺が出張ってきて正解だったな」

 微妙な空気漂う中、僕の腕からするりと抜け出したトラゾーは、全身から煙を上げる河童の甲羅の上に飛び乗った。「ギェッ」と河童の口からわずかな呻きが漏れた。良かった生きてる……。いやこれは喜んでいいのかな……?

「ね、猫がビーム出して、喋った……」

 先輩は連続して起こった異常事態を目の前にして今にも泡を吹いて倒れそうだった。そんな年上女性の体を僕は支えてやる。

 トラゾーはそんな僕らを一瞥して言った。

「そんじゃ場所を変えるぞ。そこで今回の事態全部話してやるよ」

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