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「これね、この曲。こんなにポップな感じでこのタイトルでしょ。不思議よね」
この世に取り残されている全てのカセットテープがここに眠っているんじゃあるまいか。先人たちが貼っただろうラベルには『自殺志願』と書かれてある。確かになんだか妙な感じだ。彼女は他にも変な邦題の付けられた曲を紹介しようとテープを次々ぼくに見せてきて、そんな興奮した様子の彼女を見てほっとする。
「なに?」
「似合ってるもんだから」
ぼくの視線に気づくと、そう言ってわざとらしく自分の腕を抱きかかえる彼女。夏らしく明るい色合いで体の曲線のしっかり分かる服。片腕だけが露わになった意匠に感謝しつつまじまじと見てしまった。
「ハハハ」
「ほら。誤魔化そうとしてる」
「違う、違うって」
そうやって一しきりからかい合った後片づけを再開する。使われないテープの山を見せられた当初は貧乏くじを引かされたと思ったけれど、アクシデントというのはこういう僥倖を指すに違いない。日が真上から少しズレてきてちょうど窓から強く差し込む高度に落ち着いたから、ぼくらは囲炉裏に放り込まれた川魚のようにじりじりと焼かれ始める。
「それでさ、聞いたことあるかい。交流会館の噂ってのを」
「初めて聞いた。それって誰が言ってきたの?」
「演劇部だってさ」
「いや違うでしょ。確かあそこを使ってたのは…」
彼女は何かに思い当たった風で素早く部屋に戻っていったので、ぼくはそこに一人取り残された。座り込んで一息つこうとすると。
「何やってんの?こっち来て」
ぼくはどことなくそわそわしながら付いて行く。彼女は名簿を器用に捲って、こちらに黒のマニキュアを見せつけてぎょっとさせてから、こう言う。「ここよ」
「
「聞いたことない?」
「全く」
「それじゃあ彼に聞いてみればいいんじゃない」
そう言って指さしたのは、申請用紙のコピーだ。責任者の欄には大きく下線からはみ出した字で、黒木祥太郎と書かれてある。ぼくはその名簿を横から閉じて、彼女の方を向き直った。
「ちょっと。急に何するの?」
「もう暑いしここらで休憩といこう。こんな所誰も来ないしバレることはない」
そう言ってぼくは背を向けて足早に部屋から出る。彼女も明らかに不服そうにしながら付いてくる。持っていた鍵を取り出して部屋を閉めてから、横の棚に鍵を置く。
「別にいいけど、鍵置いてっちゃうの?」
「だって、出てる間誰か使うかもしれないだろ」
ぼく達はそのまま階段を下りて、日陰から足を踏み外さない、なんていう子供じみたゲームをしながら坂を下りていく。
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