第12話 バイト後の二人

「いやあ、今日も涼真くんに助けられちゃったか」

「今回は特に怖かったですよ。本当」

 時刻は深夜の1時過ぎ。

 居酒屋、くすのきも閉店時間を迎え、スタッフ専用の駐車場で雑談を交わす二人がいた。


「そうなの? 堂々としてたし、そんな風には見えなかったけど」

「あれは演技ですって」

 苦笑いを浮かべる涼真に対し、ゴムを結んでいた髪を解く愛莉あいりは、ニンマリと笑いながら自身が乗るアメリカンバイクを背にしていた。


「そっかあ。じゃああたしのために勇気出してくれたんだ?」

「間に入る時はいつも勇気振り絞ってるんですが……」

「ふふ、そっかそっかあ。そんなにあたしのこと好きだと照れるねえ」

 口元に人差し指を当てながら、端正な顔で覗き込んでくる愛莉。

 どこか嬉しそうな表情ながらも、目は完全に笑っている。

 からかいたげだ。


 そんな先輩にすることはただ一つ。

 こちらも同じように攻撃を仕掛けること。


愛莉あいりさん実は酔ってます?」

「あ、バレちゃったか……。実はお客さんが飲み残したお酒を飲んじゃってさ……」

「ちょ!? 洒落にならない冗談ですってそれ!」

「ひひ、ガチっぽく言ってみるとよりヤバいでしょ?」

「そもそもがヤバいんですよ……」

 客に聞かれたら絶対に問題になるようなブラックジョークを、これから乗り物を運転する人間が言ってはいけないブラックジョークをかましてくる。

 バイト中はお淑やかな愛莉だが、素はこの陽気さなのだ。


「あっ、そうだそうだ。ちょっと話が戻るんだけど、あたしのために勇気を出してくれた涼真くんにはご褒美あげなきゃね」

「え? なにかあるんですか!?」

「もちろん!」

『用意周到』だと思ったのは束の間。


「はいどーぞ」

 カバンの中から愛莉がすぐに取り出したのは——長方形の箱に入ったお菓子。ポイフール。

 手渡しされた瞬間、気づくことがある。


「って、これ食べかけじゃないですか! レモン味だけ異様に減ってるし……」

「なあに? 先輩に文句があるって言うの? 仮にもナンパされた女のお菓子だぞ?」

「『だぞ?』じゃないですよ。まあこれ好きなのでありがたくいただきます」

「美味しく食べてね、レモン味」

「ぱっと見、あと2粒でした」

 明らかな処理を任せられたわけだが、棚からぼたもちで好きなお菓子をゲットした涼真である。


「ちなみに、涼真くんへのご褒美はもう一つあって」

「まだあるんですか!?」

「そう! そのもう一つが、モテモテで、優しくて、人が良くて、美人なお姉さんが飲みに連れて行ってあげるってやつ」

「いいんですか!」

「いいよお。特別にお財布も必要なし」

 両人差し指を使ってバツを作ってくる。

 学生にとって『奢り』というのは、もうこの上ないもの。


「えっ、本当にありがとうございます!」

「うんうん」

「——それで、モテモテで優しくて人が良くて美人なお姉さんって誰のことですかね?」

「ちょっとちょっとー。話の流れでわかるでしょー。あたしだって」

「む゛」

 からかうようなことをすれば、当然の仕返しが待っている。

 両手で頬を挟まれる涼真。そして頬を摘まれる。


「さて、あたしが美人のお姉さんだって認めよっか? 認めてくれたらポイフール奪われれたりしないかも」

「はい認めまず……」

「よーし」

 この返事を声に出せば、引っ張られていた頬が自由になる。


『言わせられた』というような表情を作る涼真と、『わからせた』というような得意げな表情を作る愛莉。

 両者で明暗が分かれたような様子が見えていた。


「それじゃあ、飲みは来週の22時で上がれる日にしよっか」

「了解です。自分のシフト表、一応メールで送っておきますね」

「あ、それは大丈夫。涼真くんのシフトは……じゃなくて、涼真くんのシフトも頭の中に入ってるから」

「さすがバイトリーダーですね」

「ま、まあねん?」

 どこか歯切れが悪かったものの、サムズアップで答えてくれる。


「基本的に自分はどこでも大丈夫なので、愛莉さんの予定が固まったらメールください」

「はーい」

「それと……誰か他に飲みに誘いたい場合は、遠慮なく誘ってもらって大丈夫ですので」

 日頃からお世話になっている先輩だからこそ、不便はかけさせたくないのだ。

 こちらに気を遣ってほしくもないのだ。


「優しい言葉ありがと。でも、涼真くんはあたしと二人きりがいいよね?」

「え?」

「二人きりが……いいよねえ?」

「あ、あはは。二人がいいです」

「なら二人で行こっか」

「はい。当日はゴチになります」

 これで大まかな予定も固まる。

 涼真にとっても楽しみな用事が増えた瞬間である。


「さてと、それじゃあ夜も遅いしそろそろ解散しよっか。お互い大学もあるってことで」

「そうですね」

「あ、後ろ乗っていく? お家まで送ろっか」

「いえ、そこまで遠くないので。お気持ちだけ受け取っておきます」

「ちぇー」

 “お姉さん”には似合わぬ声を出す愛莉は、手慣れた様子で収納ボックスからヘルメットを取り出した。


「涼真くん、乗ってく?」

「ははっ、早く帰って体を休めてください。愛莉さん」

 涼真がバイクに乗らない理由はこれ。

 送ってもらうことで、彼女の帰宅時間を遅めたくないから。


「最後まで見送りますよ」

「ダーメ。ヘルメット姿見られるの恥ずかしいから、回れ右。バイトお疲れさま。バイバイ」

 そして、愛莉もまた同じ気持ちを抱いているのだ。


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