第11話 涼真のバイト先

 それから時は過ぎ、2日後のこと。

 時刻は21時になる。


「涼真さん、これ6番テーブルに」

「わかりました!」

 2階建ての居酒屋、くすのき。

 大学一年の頃からこのバイト先で働いている涼真は、今日も今日とてテキパキと体を動かしていた。


「お待たせしました。こちら生が4つになります」

「ああ、お兄ちゃん。追加でチキン南蛮と肉盛りプレート」

「ありがとうございます。どちらともお一つでよろしいでしょうか?」

「んーと、両方二つでよろしく」

「かしこまりました。チキン南蛮と肉盛りプレートがお二つずつですね!」

 笑顔を作りながら伝票にオーダーを記入していく。

 最初は慣れない仕事なばかりにたくさんの迷惑をかけてしまったが、今はもう一人前。

 立派な戦力となって働いている。


「それでは少々お待ちください」

 客に一声かけた後、先ほど書いた伝票を持ってすぐにキッチンへ。


「注文入ります。6番テーブルに南蛮が2つ、肉盛りが2つです」

「はいよ。南蛮と肉盛り2つ把握」

「お願いします!」

 キッチンスタッフからの確認が合っていれば、この返事をして次の仕事に。

 来店したお客様の席の案内。テーブルまでの配膳。会計。帰った後の片づけ。

 居酒屋の夜は基本的にピークタイム。

 加えて席数が多いこの店でもある。

 暇を見つける方が難しく、『もうこんな時間!?』という感覚に襲われる方が多いほど。


 そんな充実したバイトの終了時間も残り30分と迫った頃だった。


「あ、あの、黒瀬さん……」

「は、はい? どうされました?」

 年上の女性のスタッフが申し訳なさそうに声をかけてきた。


「あの……。今ですね、上の階で愛莉あいりさんが酔ったお客さんに……」

「あ、あはは……」

 最後まで言われずとも『さすがですね』というような苦笑いを浮かべる涼真である。


 こうしたトラブル対応は基本的に男性陣の役割。

 また、水曜日のシフトは女性スタッフの比率が高め。

 この二点から、まだ一年目の涼真にも白羽の矢が立つことが多いのだ。


「ちなみに、2階の何番テーブルですか?」

「えっと、3番テーブルの緑色の髪をしたお客さんです」

「わかりました。すぐに向かいますね」

 ——大きく頷いて。


 当然、このような対応は好きなわけではない。

 できる限り避けたいことだが、これも仕事の一つ。

 また、『愛莉あいり』と呼ばれる女性スタッフには恩があるのだ。


 バイトを始め立ての頃、優しく仕事を教え続けてくれて。

 嫌な顔をせずにミスも庇ってくれて。

 そんな大きな恩が。


 少しでも手助けができたら……。と、思うのは当たり前のこと。


「すみません、自分2階に上がります」

 相互通信ができるインカムで連絡を入れ、すぐに行動に移す。


「それでは少しの間、一階をよろしくお願いします」

「は、はい! こちらこそお願いします」

 便利屋のようになってしまっているが、なにも悪いことばかりではない。

 急用ができた時には代わりに入ってもらえることも多いのだ。

『もしなにかあった時はサポートよろしく!』との条件で。


 持ちつ持たれつ。Win-Winな関係を作れてるのだ。

 そうして二階に上がれば、すぐにその現場を目撃する。


「いいじゃねえかあ、姉ちゃん。ほら、俺の連絡先!」

「申し訳ありません。当店では連絡先の交換が禁止でして」

「こっそりなら平気だって。な!」

 かなりお酒に酔っているのだろう。

『こっそり』とは無縁の大きな声だ。

 それに加えて強面の容姿からは圧を感じるが、泣き言は言っていられない。


「——失礼いたします」

 間に入った瞬間に、チェリーレッドの髪色を持つ愛莉あいりとアイコンタクトを図れば、小慣れたウインクを返してくる一つ上の先輩。

 不意にこれをされたら、目を奪われてしまうが、今はそんな心の余裕はない。


「お客様。そちらの張り紙にあります通り——」

 と、言葉を繋げていれば、速やかにインカムに口を近づける愛莉がいる。


「あ、一階……ですか? わかりました。すぐに向かいます」

 実際にインカムからの通信はなにも入っていない。

 それでも自然な演技でこの場を離れていく愛莉である。


 客からのナンパという場数を踏んでいるのは見ての通り。

『サンキュね』と伝えてくるように、こっそり涼真の尻を叩く彼女でもあった。




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