第10話 帰宅後の唯花

 時刻は22時過ぎのこと。


 ——ぼふん。

 と、ソファーにうつ伏せに倒れ、顔と体を埋める者がいた。

 次に足をぱたぱたとさせ——ぼんぼんぼんぼんと音を鳴らす者がいた。


 これは帰宅してすぐ起きていることでもある。

 いきなりこんなことをする妹には当然、冷めた目を向ける兄がいた。


「あのよ、唯花。別にそれをするのはいいんだが、せめて『ただいま』くらい言わねえか?」

「……」

 無視である。

 いや、今の言葉も耳に入らないくらいの状態なのだろう。

 そう思えるほどに脱力しきっている。

 たった一人でソファーを占領する妹に近づく俊道は、わずかな間に座って再びの声をかけるのだ。


「まあ……よかったな、いろいろと」

「ん」

 やっと耳に届いたのか、ここで頷きながら返事をする唯花。


「たくさん食ってもらったか?」

「ん」

「迷惑かけなかったか?」

「ん」

 続けて質問すれば、全て同じ反応をする。

 冷たい返しをしているようにも感じるが、いつもこんな風ではないのだ。

 今はこれが精一杯なのだろう。


「……」

「……」

 聞きたいことを全て聞き終えれば、かける言葉もなくなる。

 テレビの音声だけがリビングに響く時間が何分続いただろうか。


「てか……ソファーに仰向けって息苦しいだろ? ほら早く顔上げろ」

「……」

 ビニール袋、顔被り耐久をしていたこともあって耐性はついているが、それでも限界がある。

 のっそりと体を起き上がらせれば、すぐにツッコミを入れる俊道がいる。


「お、おいおい。顔真っ赤じゃねえか。どんだけ嬉しかったんだよ」

「違う。ソファーで顔が擦れただけ」

「耳まで赤い理由にはならんだろそれ」

「……なにか言った?」

「特になにも」

 ジトリと責めるように目を細めた妹に、これ以上の茶々は入れない判断をする兄。

 これはもう長年の勘みたいなもの。


「ね、兄貴」

 そして、その勘は的中したと言っていいだろう。

 未だ赤みのある顔でこう質問する唯花である。


「そういえば明日のご飯はなに食べたいの? 用意するために教えて」

「ああ、そういえばもろもろ約束してたな」

「した」

「じゃあそうだなあ……」

 顎に手を当てて考え込む俊道。

 妹の負担をできるだけ増やさないように、特別な時にしかリクエスト料理はお願いしないようにしているのだ。


 つまり、これは貴重な機会だということ。


「よし決めた! 明日は肉たっぷりのカレーを頼む」

「うーん。野菜ごろごろはダメ? 栄養バランスが偏る」

「あ、じゃあポテトサラダも頼む。その他はもうスーパーの惣菜で」

「わかった。けど……」

「けど?」

「ポテトサラダに使うじゃがいも、兄貴が潰してくれる? あれすごく力いるの」

「おう! そのくらいなら任せろ」

 気持ちのいい返事で返す俊道。

 お互いに助け合って生活しているからこそ、特にギスギスすることもなく過ごせているのだ。


明後日あさってのご飯はなにが食べたい? 明後日まで兄貴のリクエストだった」

「あー、明後日はうどんでいいや」

「え? そんなに簡単なのでいいの?」

「その分、ちょいと長めにゲームに付き合ってくれ。最近、勝てねえモンスターがクエストに出てきてよ」

「わかった。唯花が協力してあげる——」

 この言葉で終わっていたら、とても可愛らしかっただろう。


「——兄貴ゲーム下手だから」

「ゲーム下手なのは同じゃねえか。ヘタすりゃオレよりも下手じゃね?」

「唯花はモンスターハントー上手いよ」

「なに言ってんだ。ゲーム上手いヤツはいきなり大タル爆弾設置して味方殺したりしねえよ。シビレ罠設置中に殺されたりしねえよ」

「あれはわざと」

 ——腕を組んで挑発げに。


「ほーん。じゃあ今からゲームするか?」

「やる」

 証明してやると言わんばかりに、握り拳を作ってパンチする唯花であるが、行動が合ってるとは言えないだろう。


「先に死んだ方は罰ゲームにしよ」

「いいねえ。そんじゃ、最初に死んだ方は明日の洗濯物やるってことでどうだ?」

「兄貴ビビってる」

「お前言いやがったな。じゃあ風呂掃除も追加だ!」

「呑む」

 そうして、ゲーム機を準備して急遽始まったモンスターハントー。


 討伐モンスターの突進による第一死亡を獲得したのは——ハンマー使いの唯花だった。


 死因はシビレ罠を設置しようとしたこと。

 罰ゲームがかかった条件下での死亡によって、皮肉にも真実が明らかになってしまったのだった。

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