第9話 二人の夕食

「あー。残念なお知らせだ」

「ん」

「とっちーは来れないんだって。バイト先の友達と予定入れてたみたい」

 近所にあるスーパーで食材を買い、帰宅した後のこと。

 苦笑いを浮かべる涼真は、スマホを見せながら伝えていた。


「——ごめんね」

「え? 唯花ちゃんが謝ることなんてなにもないよ。こればっかりは時の運でもあるしさ?」

「それでもごめんね」

 先手を打つように兄にこっそりと電話し、話を通したのは誰にも言えない内緒ごと。

 その時、俊道から言われていることでもある。

『一応騙す形になるんだから、それとなく涼真に謝ることも忘れずにな』と。

 唯花にとって“それとなく”の答えが、この二回の謝罪。


「……えっと、本当に大丈夫だよ? 予定が入ってるかもって予想はしてたし、唯花ちゃんと二人きりでも不都合はなにもないしね」

「嬉しい」

「ははっ」

 涼真は知らない。今の言葉で唯花が抱いていた罪悪感を全て振り払っていたことを。


「って、むしろこっちがごめんね。料理を作ってほしいなんてワガママ言っちゃって」

「ううん、全部任せて」

「ありがとう」

 ポン、と膨らみのある胸を叩いた唯花。

 意図せずに某所を弾ませた彼女を気遣うように、すぐ視線を逸らした涼真である。


「そ、それはそうと……この材料どうしよっか? とっちーも参加する予定で買ってるから二人で使うには多いと思うし、あまりは唯花ちゃんが持って帰る?」

「唯花がいろいろ作り置きする。明日も食べて」

「いいの!?」

「あ……条件つけたい」

「もちろん大丈夫! いやぁ、本当助かるよ!」

 友達の妹にここまで働かせるのは面目ないが、一人暮らしをしている涼真にとって、家庭料理を食べられる機会はなかなかないのだ。


 また、母親の教育の賜物なのか——言い方にも角が立つが——料理をする時の唯花は変にならないのだ。

 普段の様子からは包丁を二刀流で持ってポーズを決めたり、フライパンをシンバルに見立てて音を奏でたりそうだが、そのようなことは一切ない。

 別のスイッチが入るように、『ただ料理に集中する大学生』になるのだ。


「それで、唯花ちゃんの言う条件って?」

「涼真さんが兄貴と遊ぶ時、唯花も誘ってほしい。今度は3人で集まるのがいいと思う」

「了解! 絶対誘うよ」

「絶対だよ」

「もちろん!」

 もしここに俊道がいたら、唯花の首根っこを掴んで別室に運んでいただろう。

 そして、言っていただろう。

『どの口が言ってんだ』と。『しれっと涼真を味方にしてんじゃねえよ』と。


 だが、その人物がここにいないのだ。

 ちゃっかりできることは、ちゃんとちゃっかりする唯花である。


「もし守れなかったら、唯花の言うことなんでも一つ聞いて」

「自分にできる範囲のことならね」

「なら……守らなくても大丈夫かも」

「いやいや、作り置きまでしてもらうんだから必ず守るよ」

 約束は必ず守らなければいけないもの。特に今回はお願いまでしている立場なのだ。

 なにがなんでも破るわけにはいかない。

 ただ、なんとも言えないような、どこか複雑そうな表情を浮かべているような気もする唯花である。


「っと、それじゃあ今のうちに洗濯物とか取り入れるね? 恥ずかしい話なんだけど、実はまだ干しっぱなしで」

「ん、唯花はお料理作り始める」

「よろしくお願いします。洗濯物が畳み終わったら、すぐご飯を炊くようにするから。って、先にご飯を炊いた方が良さそうだね」

「きて」

「ははっ、ちょっと窮屈になるけどごめんね」

「大丈夫」

 そうしてキッチンに手招きされる涼真は、一緒に作業をしていく。

 米ぎをしている最中、何度かに渡って唯花の肩が当たってくるのは、きっとキッチンが狭いせいだろう。


 彼女に不都合を取らせないためにも、素早く作業を進める涼真だった。



 * * * *



 それから夕食を含め、明日の作り置きの料理が完成したのは、一時間と30分後のこと。


「涼真さん、美味しい?」

「あー! もーめちゃくちゃ美味いよ! 実はあの時からずっと食べたいの我慢してて!!」

「ふふ、いっぱい作ったから、いっぱい食べてね」

 二人でテーブルを囲む現在。

 瞳を輝かせながら、それはもう美味しそうにご飯を食べる涼真がいた。

 手料理にガッついてるそんな相手を見て、両手で頬杖をつきながら目を細める唯花がいた。


「……よかった」

 と、小声を漏らして。


「っ! 唯花ちゃんもお腹空いてるでしょ? 見てないで一緒に食べよう!? 本当に美味しいよ!」

「ん、そうする」

 なんて返事をする唯花は頬杖を止めて、箸を手に持つ。

 そして再び、頬張っている涼真を見つめるのだ。


 唯花にとってこの光景は特別なもの。

 今まで頑張った成果が出たものでもあるのだから。

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